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第19話 投げKISSをあげるよ
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掛け時計はちょうど16時59分を指していた。カチカチという秒針の微かな音が静かな第2多目的室に響いている。耳を澄ますと軽音楽部のギターの演奏の音も聞こえる。あれは、andymoriの『投げKISSをあげるよ』か。掛け時計の隣には、世界遺産の写真がついたカレンダーが掛けられている。
「文化祭から2週間かぁ」
カレンダーを見ながら、ヒマリは呟いた。今日は9月22日。退屈な木曜日だ。
「そうね」
アカネがカードを出しながら言った。あがりのようだ。僕たちはいま大富豪をしている。もちろん発案はアカネ。
僕もカードを出しながら言った。
「でも、長い二週間だったなぁ」
そう。文化祭後の1週間は本当に長かった。クラスでは目立たぬ存在だった僕たちは、一躍学校中の有名人になってしまったのだ。
ヒマリはライブを見たクラスメイトたちから毎日のようにカラオケに誘われているらしい。今日も少し声が枯れているような気がする。カラオケでクラスメイトたちと前より仲良くなったようで、たまにヒマリの様子を覗きに行くアカネ曰く、「少し口が悪かった」らしい。素が出始めているのだろう。
一方、僕とアカネはライブのときにキスしていたところをクラスメイトに目撃されていたようで、あの日からまるで夫婦のような扱いを受けている。アカネはクラスメイトの女子たちに僕の好きなところをしつこく聞かれたらしく、いかにも迷惑そうにしていたが、表情を見る限り満更でもないようだ。少しずつクラスメイトと話す機会も増えてきているような気がする。そんなアカネの様子を嬉しそうに眺めていると、近くのクラスメイトたちが僕のことをニヤニヤしながらイジってくる。中にはアカネをどう口説いたのか教えてくれないかと恋愛相談を持ちかけてくる者までいた。
そんなこんなで、クラス内での僕たちの生活は一変したのだが、この第2多目的室での過ごし方は何ら変わらない。そしてやっぱりこの場所が一番落ち着くのだ。
「有名人って面倒くさいんだね。初めて知ったよ。私、死んでも芸能人にはなりたくないな」
ヒマリは少し枯れた声で呟いた。萎れているヒマリを見てアカネは笑いながら言った。
「有名であっても、そうじゃなくても私たちは私たちよ。堂々としてればいいわ。それこそ、投げKISSをあげるようなつもりでね」
「そういえば二人とも、月刊文集に出す作品はもう書いた?」
ヒマリが尋ねた。月刊文集? 僕とアカネは顔を見合わせる。
「忘れたの? 部の活動内容がはっきりしてないって話だったから、一人一作ぐらいは何か書こうって話したじゃん」
そういえばそうだった。ヒマリが入部届を出したときに、部の活動内容を月刊文集への作品提供としたことを生徒会に伝えたんだった。すっかり忘れていた。
「そういうヒマリは何か書いたの?」
アカネが尋ねるとヒマリは今日刊行されたばかりの月刊文集を机のうえに出した。開いて見ると、確かに目次に島﨑向葵とある。作品名は……『優等生ヒマリの憂鬱』。少し読んでみると、その名の通り読んでいる側が憂鬱になりそうな文章から始まっている。何ていうか、苦労してるんだな……
「っていうか私たちも出てきてるじゃない!? 出演料払いなさいよ、出演料」
「別に出演料はいらないから自由に書いていいわよって言ってたけど?」
「誰よそんなこと言ったのは!?」
「アカネちゃんだよ」
「誰よアカネちゃんってのは!?」
お前だよ。っていうか勝手に僕の出演料もタダにしたのか。まあ、元々請求するつもりはないけど。
「とにかく、二人とも、ちゃんと何か書いてよ」
「はーい」
僕とアカネは小学生みたいに返事をした。
「ところでアカネちゃん、それは何?」
ヒマリはアカネの側に置いてある旅行雑誌を指さした。
「福井。今度コーセーと行くつもりなの」
発案は僕だ。僕が一緒にどこかに遠出したいと言ったらアカネは喜んで了承してくれた。それどころか自分で観光雑誌を買って、当日どこに行くか毎日のように考えている。大阪旅行も楽しんでいたし、自分から行こうとしないだけで、意外と旅行好きのようだ。
「そうだ。ヒマリも一緒にいかない?」
僕が言うと、ヒマリがブンブン首を振った。一秒間に10回は振ってる。そんなに振ったら首痛めるよ。
「二人のデートの邪魔はできないよ」
「別に気にしないわよ。デートならいつでも出来るし。それに、賑やかになっていいじゃない」
僕も頷く。ヒマリは少し悩んだ後、妙に自信あり気な顔で、
「じゃあこのゲームに負けたら行くね」
そう言ってヒマリはカードを出した。手札によほど自信があるのか。
僕はカードを出すまでの一瞬、あの夏休みを思い出した。僕は思う。生きるということは、とても辛いことだ。居場所を失ったり、自信を失ったり、親友を失ったり、僕らは多くの物を失い、その度に明日を信じられなくなる。もういっそ、夜が明けなければと思う。だけど、親友や恋人、そして家族。側にいる人たちの言葉が、想いが、僕たちの心に風を吹かし、太陽が煌めく明日へと導いてくれる。諦めかけた人生が、一瞬にして希望に満ち溢れる。
これは友情とか愛とか、そんな大したものではない。小さなきっかけから自分自身を変革する、そういう地球上の片隅で行われる些細な営みだ。しかし、この営みに、もし名前をつけるなら、僕は少しばかり奮発して、大袈裟な名前をつけてやろうと思うのだ。
僕は同じ数字のカードを4枚同時に出した。ヒマリの顔が歪む。僕は明るい声で宣言した。
「革命」
「文化祭から2週間かぁ」
カレンダーを見ながら、ヒマリは呟いた。今日は9月22日。退屈な木曜日だ。
「そうね」
アカネがカードを出しながら言った。あがりのようだ。僕たちはいま大富豪をしている。もちろん発案はアカネ。
僕もカードを出しながら言った。
「でも、長い二週間だったなぁ」
そう。文化祭後の1週間は本当に長かった。クラスでは目立たぬ存在だった僕たちは、一躍学校中の有名人になってしまったのだ。
ヒマリはライブを見たクラスメイトたちから毎日のようにカラオケに誘われているらしい。今日も少し声が枯れているような気がする。カラオケでクラスメイトたちと前より仲良くなったようで、たまにヒマリの様子を覗きに行くアカネ曰く、「少し口が悪かった」らしい。素が出始めているのだろう。
一方、僕とアカネはライブのときにキスしていたところをクラスメイトに目撃されていたようで、あの日からまるで夫婦のような扱いを受けている。アカネはクラスメイトの女子たちに僕の好きなところをしつこく聞かれたらしく、いかにも迷惑そうにしていたが、表情を見る限り満更でもないようだ。少しずつクラスメイトと話す機会も増えてきているような気がする。そんなアカネの様子を嬉しそうに眺めていると、近くのクラスメイトたちが僕のことをニヤニヤしながらイジってくる。中にはアカネをどう口説いたのか教えてくれないかと恋愛相談を持ちかけてくる者までいた。
そんなこんなで、クラス内での僕たちの生活は一変したのだが、この第2多目的室での過ごし方は何ら変わらない。そしてやっぱりこの場所が一番落ち着くのだ。
「有名人って面倒くさいんだね。初めて知ったよ。私、死んでも芸能人にはなりたくないな」
ヒマリは少し枯れた声で呟いた。萎れているヒマリを見てアカネは笑いながら言った。
「有名であっても、そうじゃなくても私たちは私たちよ。堂々としてればいいわ。それこそ、投げKISSをあげるようなつもりでね」
「そういえば二人とも、月刊文集に出す作品はもう書いた?」
ヒマリが尋ねた。月刊文集? 僕とアカネは顔を見合わせる。
「忘れたの? 部の活動内容がはっきりしてないって話だったから、一人一作ぐらいは何か書こうって話したじゃん」
そういえばそうだった。ヒマリが入部届を出したときに、部の活動内容を月刊文集への作品提供としたことを生徒会に伝えたんだった。すっかり忘れていた。
「そういうヒマリは何か書いたの?」
アカネが尋ねるとヒマリは今日刊行されたばかりの月刊文集を机のうえに出した。開いて見ると、確かに目次に島﨑向葵とある。作品名は……『優等生ヒマリの憂鬱』。少し読んでみると、その名の通り読んでいる側が憂鬱になりそうな文章から始まっている。何ていうか、苦労してるんだな……
「っていうか私たちも出てきてるじゃない!? 出演料払いなさいよ、出演料」
「別に出演料はいらないから自由に書いていいわよって言ってたけど?」
「誰よそんなこと言ったのは!?」
「アカネちゃんだよ」
「誰よアカネちゃんってのは!?」
お前だよ。っていうか勝手に僕の出演料もタダにしたのか。まあ、元々請求するつもりはないけど。
「とにかく、二人とも、ちゃんと何か書いてよ」
「はーい」
僕とアカネは小学生みたいに返事をした。
「ところでアカネちゃん、それは何?」
ヒマリはアカネの側に置いてある旅行雑誌を指さした。
「福井。今度コーセーと行くつもりなの」
発案は僕だ。僕が一緒にどこかに遠出したいと言ったらアカネは喜んで了承してくれた。それどころか自分で観光雑誌を買って、当日どこに行くか毎日のように考えている。大阪旅行も楽しんでいたし、自分から行こうとしないだけで、意外と旅行好きのようだ。
「そうだ。ヒマリも一緒にいかない?」
僕が言うと、ヒマリがブンブン首を振った。一秒間に10回は振ってる。そんなに振ったら首痛めるよ。
「二人のデートの邪魔はできないよ」
「別に気にしないわよ。デートならいつでも出来るし。それに、賑やかになっていいじゃない」
僕も頷く。ヒマリは少し悩んだ後、妙に自信あり気な顔で、
「じゃあこのゲームに負けたら行くね」
そう言ってヒマリはカードを出した。手札によほど自信があるのか。
僕はカードを出すまでの一瞬、あの夏休みを思い出した。僕は思う。生きるということは、とても辛いことだ。居場所を失ったり、自信を失ったり、親友を失ったり、僕らは多くの物を失い、その度に明日を信じられなくなる。もういっそ、夜が明けなければと思う。だけど、親友や恋人、そして家族。側にいる人たちの言葉が、想いが、僕たちの心に風を吹かし、太陽が煌めく明日へと導いてくれる。諦めかけた人生が、一瞬にして希望に満ち溢れる。
これは友情とか愛とか、そんな大したものではない。小さなきっかけから自分自身を変革する、そういう地球上の片隅で行われる些細な営みだ。しかし、この営みに、もし名前をつけるなら、僕は少しばかり奮発して、大袈裟な名前をつけてやろうと思うのだ。
僕は同じ数字のカードを4枚同時に出した。ヒマリの顔が歪む。僕は明るい声で宣言した。
「革命」
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