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空白の十日間
episode5 空白の十日間①
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カランカランと鈴が鳴る。開いた扉から姿を現したのは私服姿のヒデくん。私の横にいる白いワンピース姿のしーちゃんが「こっちこっち」と手招きする。彼は私たちに気づくと、窓際のテーブル席に足を向けた。
そう、ここが生徒会室でもなければ、今日が平日でもない。閑静な土曜日、私たちは街の小さな珈琲店「喫茶セゾン」に集合したのだ。
「俺が集合かけたってのに、一番遅くて悪いな」
ヒデくんが申し訳なさそうにしていると、しーちゃんが微笑みながら首を横に振る。
「ううん。私たちが早く来すぎちゃっただけだから。ねえ、書記ちゃん?」
私もこくんと肯く。実は私たち二人はもう三十分以上も談笑しているのだ。集合の四十分前に来店したときには目を疑ったものだ。しかし、それでも少し気まずそうなヒデくんは私たちの前の席につく。
「ヒデくん、ここのコーヒーおいしいのよ」
「そうなのか? じゃあ俺も頼もっかな」
メニューを開くと、コーヒーの種類の多さとサイドメニューの豊富さに目を丸くした。
「へえ、小さな店なのに色々あるんだな」
「そうなの。私もなに頼むかすごく悩んだわ」
実際、しーちゃんが注文をしたには来店から二十分も後だった。彼女いわく重度の優柔不断らしい。私は悩むヒデくんのためにおすすめを教える。
「初めてのお客さんにはマイルドブレンドが無難かな。あと、お腹が空いてるならパンケーキもおすすめだよ」
ヒデくんは二、三度肯くと、バイトの伊藤さんを呼び、マイルドブレンドとパンケーキを注文した。
「ミルクとコーヒーシュガーはあっちにあるよ」
私がカウンターの端に置かれた木箱を指さすと、ヒデくんとしーちゃんは感心した様子で私を見た。
「書記ちゃん詳しいのね」
「まるで常連さんだな」
コーヒーを一口飲むと、目を丸くする二人にちょっとした種明かしをする。
「常連っていうか、私ん家だからね、ここ」
数秒間、しーちゃんとヒデくんがキョトンとしながら顔を見合わせる。まるで時が止まったみたいだ。そして、二人は私の目をほうを向くと、身を乗り出しながら叫んだ。
「わ、私ん家!?」
あまりの剣幕に思わずむせそうになる。そんなに驚くことだろうか。
「正確に言うと、ここの二階が私ん家なんだけどね。あっ、お母さん。コーヒーありがと」
お母さんがミルクとコーヒーシュガーを添えて、ヒデくんのコーヒーを持ってきた。強張った顔の二人にお母さんがニッコリと微笑みかける。
「ハルちゃんのお友達ね。いつもこの娘と仲良くしてくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね」
二人は真剣な顔で肯いた。やはり同級生の母親と対するのは緊張するものなのだろうか。そう思っていると、二人から意外な感想が飛び出す。
「書記ちゃんのお母さん、美人さんね。ちょっとドキドキしちゃった」
「ああ。一瞬、女優さんか何かかと思ったよ」
母親の容姿を褒められるほどむず痒いことはない。私は苦笑いしながら早急な話題転換を試みる。
「それより、今日はどうしたの、ヒデくん?」
ヒデくんの顔が少し真面目になった。実はプライベートで私たちが会うことはほとんどない。私たちを休日に呼ぶということは、つまり何かあったのだ。
「実はな、二人に頼みがあるんだ」
「頼み?」
ヒデくんは自身を落ち着けるために、コーヒーを一口飲む。「ふう」と息を吐くと、まっすぐした目で私たちを見た。
「ああ、ごく個人的な頼みなんだ」
そう言ってヒデくんはテーブルの上に、例の学校史を出した。表紙をめくり、歴代の生徒会長の名前がずらりと並んだページを見せる。
「学校史に関する頼みって、個人的なお願いっていうより、生徒会長としての依頼じゃないの?」
私がもっともな疑問を呈すると、ヒデくんは首を横に振り、ページのある部分を指さした。
「ええっと、第15代生徒会長、松葉修三……もしかして、ヒデくんのおじいちゃん?」
ヒデくんはまっすぐな目で肯いた。なるほど、この祖父にしてこの子あり、というわけか。ただの喫茶の娘の私とは大違いだ。
「でも、それがどうしたの?」
私が怪訝そうにしていると、学校史とにらめっこしていたしーちゃんが小さく呟いた。
「たしかに、不思議ね」
私がますます首を傾げると、ヒデくんが在任期間のところを指さす。
「1969年9月3日~9月12日……え? 十、日間?」
十日間。つまり一週間と三日だ。私は十日間という時間の長さを思い出してみる。ああ、息を吹けば飛んでしまいそうなほど、あっという間じゃないか。私があまりの短さに絶句していると、ヒデくんが口を開いた。
「俺のじいちゃんは、どうやら十日間だけ生徒会長をやっていたらしい。そんな話、一度も聞いたことなかった。ただ……」
少し俯きながら、錆びついた扉を開けるみたいに、過去を思い出しながら話し出す。
「じいちゃんが死ぬ三日前、俺は入院してたじいちゃんに会いに行ったんだ。そのとき、俺が生徒会長になったことを報告したら、一言、こんなことを言ったんだ。『お前は俺に似とらんから大丈夫じゃ』って」
似とらん。一見すると、単純に自分と孫の性格の違いついて話しているように感じる。しかし、そうではないことは明らかだ。
「そのときはどういう意味か、さっぱり分からなかった。だけど、この学校史を見てはっきりした。じいちゃんは、この空白の十日間を思い出しながら言っていたんだ」
ヒデくんは膝の上で握りしめていた拳を、テーブルの上に置いた。
「俺は知りたい。空白の十日間に何があったのか。じいちゃんが、どういう思いであの言葉を言ったのか。どうしても、知りたいんだ」
祖父の遺言の意味を知りたい。これほど個人的で切実な頼みはないだろう。私がしーちゃんのほうをうかがうと、彼女はコーヒーをゆっくりと味わった後、ヒデくんに柔らかく微笑みかけた。
「私も気になるわ。一緒に考えてもいいかしら?」
ヒデくんの表情がパッと明るくなる。しーちゃんに続いて私も賛同した。
「私も微力ながらお役に立てたら嬉しいな」
律儀に頭を下げるヒデくん。彼のもって来た謎に少しばかり胸をときめかせながら私はコーヒーをすすった。かくして、ヒデくんの祖父が経験したであろう空白の十日間を巡る、コーヒーのように苦酸っぱい推理がモクモクと湯気を立て始めたのだ。
とはいえ、資料を集めないことには推理のしようがない。したがって、話は自然と別の方向へと進んでいく。
「そういえば、今年の文化祭、私の友達の間では、けっこう好評なのよ。思い切って二日間に変えたおかげで、ステージ企画がじっくり見れたって」
「ああ。昨年みたいに模擬店とステージ企画が同時開催じゃあ、客が分散するからな。しーちゃんがスケージュールの改善案を立ててくれたおかげだよ」
「いやいや、すごいのは先生を説得したヒデくんのほうよ。文化祭を二日間にしてくれなんて、なかなか言えないわ」
そう、今年の文化祭は例年とは違い二日間開催されたのだが、この変更は二人の活躍によるものなのだ。まずヒデくんが昨年までの文化祭の問題点を挙げ、しーちゃんが改善案を考案、そしてヒデくんが先生たちを説得し、文化祭の日数を一日増やすことに成功したというシナリオ。三人寄ればなんとやらと言うが、はっきり言ってこの二人がいれば、あと一人はほとんど必要ないのである。
「でも、私の案を全部資料にまとめてくれた書記ちゃんも、大活躍と言えるんじゃないかしら?」
「そうだな。あの資料がなかったら先生を説得するのは不可能だったろうし」
それでも、もう一人を必要としてくれるのがこの二人なのである。仮に私が活躍していたとしても、その活躍は二人ありきのものだということを、この二人は失念している。私たちを車に例えると、ヒデくんはガソリン、しーちゃんはエンジン、私がタイヤ、つまり私は二人が生み出す動力によって動かされるだけの一部品に過ぎないのである。それなのに、この二人はタイヤほど重要なものはないと言わんばかりに褒めてくる。「なんだか調子が狂うなぁ」と思っていると、甘い香りが近づいてきた。
「はい、パンケーキよ。それにしても、三人とも仲いいわね。まるでなにかのトリオみたい」
お母さん、本気で言ってるのかしら。私がこの三人と同列と並ぶとしたら、それこそお笑いものだ。しかし、私のブルーな気持ちをよそに、みんな私をトリオの一員として認めている様子。まったく、私の「身の程」がいよいよ分からなくなってくる。
「ねえ、二人はどうしてそんなに私を贔屓してくれるの?」
お母さんがいなくなった後、私がポツリと呟くと、ヒデくんがパンケーキを頬張りながら、あっけらかんと答える。
「俺の性格知ってるだろ? 俺は贔屓は嫌いなんだ。ただ正当に評価しているだけだよ」
しーちゃんも「おいしい」とパンケーキを口に運びながら、ヒデくんに続く。
「そうよ。書記ちゃんはちょっと謙虚すぎだわ。もっと自信を持っていいはずよ」
コーヒーの水面に映る私の顔を眺める。「身の程を知るべし」。そう思って、いままで地味にひっそりと生きてきた。どうせ私なんて、大した人間じゃないと、そう思ってきた。
でも、と思いながら、二人の顔を見る。私を評価してくれるこの二人は、私が最も信頼している人たちだ。もしかしたら、私の「身の程」は、もう少し高い位置にあるのかもしれない。そう思えてきた。
「ヒデくん、しーちゃん。今回の推理、私もちょっと頑張ってみる。私も、推理してみる」
驚いた顔の二人。でも、一番驚いているのは私自身だ。「身の程を知るべし」をモットーに生きてきた私が、自分の「身の程」を知るために、初めて「身の程」を弁えぬ挑戦を試みるのだ。真面目な顔の私の背中をしーちゃんがそっと叩く。
「楽しみだわ、書記ちゃんの推理。なんだか、わくわくしてきちゃった」
ヒデくんもシシっと白い歯を見せる。
「実は意外と推理の才能があるんじゃないかって、密かに思ってたんだ。期待してるぜ」
私は両の拳を握りしめながら「うん」と肯いた。
式春香。通称「書記ちゃん」。モットーは「身の程を知るべし」。依頼者と探偵の影に隠れ、ささやかな活躍をする地味な女の子。しかし彼女はいま、自らの「身の程」を知るために、探偵にならんとしといたのだった。
そう、ここが生徒会室でもなければ、今日が平日でもない。閑静な土曜日、私たちは街の小さな珈琲店「喫茶セゾン」に集合したのだ。
「俺が集合かけたってのに、一番遅くて悪いな」
ヒデくんが申し訳なさそうにしていると、しーちゃんが微笑みながら首を横に振る。
「ううん。私たちが早く来すぎちゃっただけだから。ねえ、書記ちゃん?」
私もこくんと肯く。実は私たち二人はもう三十分以上も談笑しているのだ。集合の四十分前に来店したときには目を疑ったものだ。しかし、それでも少し気まずそうなヒデくんは私たちの前の席につく。
「ヒデくん、ここのコーヒーおいしいのよ」
「そうなのか? じゃあ俺も頼もっかな」
メニューを開くと、コーヒーの種類の多さとサイドメニューの豊富さに目を丸くした。
「へえ、小さな店なのに色々あるんだな」
「そうなの。私もなに頼むかすごく悩んだわ」
実際、しーちゃんが注文をしたには来店から二十分も後だった。彼女いわく重度の優柔不断らしい。私は悩むヒデくんのためにおすすめを教える。
「初めてのお客さんにはマイルドブレンドが無難かな。あと、お腹が空いてるならパンケーキもおすすめだよ」
ヒデくんは二、三度肯くと、バイトの伊藤さんを呼び、マイルドブレンドとパンケーキを注文した。
「ミルクとコーヒーシュガーはあっちにあるよ」
私がカウンターの端に置かれた木箱を指さすと、ヒデくんとしーちゃんは感心した様子で私を見た。
「書記ちゃん詳しいのね」
「まるで常連さんだな」
コーヒーを一口飲むと、目を丸くする二人にちょっとした種明かしをする。
「常連っていうか、私ん家だからね、ここ」
数秒間、しーちゃんとヒデくんがキョトンとしながら顔を見合わせる。まるで時が止まったみたいだ。そして、二人は私の目をほうを向くと、身を乗り出しながら叫んだ。
「わ、私ん家!?」
あまりの剣幕に思わずむせそうになる。そんなに驚くことだろうか。
「正確に言うと、ここの二階が私ん家なんだけどね。あっ、お母さん。コーヒーありがと」
お母さんがミルクとコーヒーシュガーを添えて、ヒデくんのコーヒーを持ってきた。強張った顔の二人にお母さんがニッコリと微笑みかける。
「ハルちゃんのお友達ね。いつもこの娘と仲良くしてくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね」
二人は真剣な顔で肯いた。やはり同級生の母親と対するのは緊張するものなのだろうか。そう思っていると、二人から意外な感想が飛び出す。
「書記ちゃんのお母さん、美人さんね。ちょっとドキドキしちゃった」
「ああ。一瞬、女優さんか何かかと思ったよ」
母親の容姿を褒められるほどむず痒いことはない。私は苦笑いしながら早急な話題転換を試みる。
「それより、今日はどうしたの、ヒデくん?」
ヒデくんの顔が少し真面目になった。実はプライベートで私たちが会うことはほとんどない。私たちを休日に呼ぶということは、つまり何かあったのだ。
「実はな、二人に頼みがあるんだ」
「頼み?」
ヒデくんは自身を落ち着けるために、コーヒーを一口飲む。「ふう」と息を吐くと、まっすぐした目で私たちを見た。
「ああ、ごく個人的な頼みなんだ」
そう言ってヒデくんはテーブルの上に、例の学校史を出した。表紙をめくり、歴代の生徒会長の名前がずらりと並んだページを見せる。
「学校史に関する頼みって、個人的なお願いっていうより、生徒会長としての依頼じゃないの?」
私がもっともな疑問を呈すると、ヒデくんは首を横に振り、ページのある部分を指さした。
「ええっと、第15代生徒会長、松葉修三……もしかして、ヒデくんのおじいちゃん?」
ヒデくんはまっすぐな目で肯いた。なるほど、この祖父にしてこの子あり、というわけか。ただの喫茶の娘の私とは大違いだ。
「でも、それがどうしたの?」
私が怪訝そうにしていると、学校史とにらめっこしていたしーちゃんが小さく呟いた。
「たしかに、不思議ね」
私がますます首を傾げると、ヒデくんが在任期間のところを指さす。
「1969年9月3日~9月12日……え? 十、日間?」
十日間。つまり一週間と三日だ。私は十日間という時間の長さを思い出してみる。ああ、息を吹けば飛んでしまいそうなほど、あっという間じゃないか。私があまりの短さに絶句していると、ヒデくんが口を開いた。
「俺のじいちゃんは、どうやら十日間だけ生徒会長をやっていたらしい。そんな話、一度も聞いたことなかった。ただ……」
少し俯きながら、錆びついた扉を開けるみたいに、過去を思い出しながら話し出す。
「じいちゃんが死ぬ三日前、俺は入院してたじいちゃんに会いに行ったんだ。そのとき、俺が生徒会長になったことを報告したら、一言、こんなことを言ったんだ。『お前は俺に似とらんから大丈夫じゃ』って」
似とらん。一見すると、単純に自分と孫の性格の違いついて話しているように感じる。しかし、そうではないことは明らかだ。
「そのときはどういう意味か、さっぱり分からなかった。だけど、この学校史を見てはっきりした。じいちゃんは、この空白の十日間を思い出しながら言っていたんだ」
ヒデくんは膝の上で握りしめていた拳を、テーブルの上に置いた。
「俺は知りたい。空白の十日間に何があったのか。じいちゃんが、どういう思いであの言葉を言ったのか。どうしても、知りたいんだ」
祖父の遺言の意味を知りたい。これほど個人的で切実な頼みはないだろう。私がしーちゃんのほうをうかがうと、彼女はコーヒーをゆっくりと味わった後、ヒデくんに柔らかく微笑みかけた。
「私も気になるわ。一緒に考えてもいいかしら?」
ヒデくんの表情がパッと明るくなる。しーちゃんに続いて私も賛同した。
「私も微力ながらお役に立てたら嬉しいな」
律儀に頭を下げるヒデくん。彼のもって来た謎に少しばかり胸をときめかせながら私はコーヒーをすすった。かくして、ヒデくんの祖父が経験したであろう空白の十日間を巡る、コーヒーのように苦酸っぱい推理がモクモクと湯気を立て始めたのだ。
とはいえ、資料を集めないことには推理のしようがない。したがって、話は自然と別の方向へと進んでいく。
「そういえば、今年の文化祭、私の友達の間では、けっこう好評なのよ。思い切って二日間に変えたおかげで、ステージ企画がじっくり見れたって」
「ああ。昨年みたいに模擬店とステージ企画が同時開催じゃあ、客が分散するからな。しーちゃんがスケージュールの改善案を立ててくれたおかげだよ」
「いやいや、すごいのは先生を説得したヒデくんのほうよ。文化祭を二日間にしてくれなんて、なかなか言えないわ」
そう、今年の文化祭は例年とは違い二日間開催されたのだが、この変更は二人の活躍によるものなのだ。まずヒデくんが昨年までの文化祭の問題点を挙げ、しーちゃんが改善案を考案、そしてヒデくんが先生たちを説得し、文化祭の日数を一日増やすことに成功したというシナリオ。三人寄ればなんとやらと言うが、はっきり言ってこの二人がいれば、あと一人はほとんど必要ないのである。
「でも、私の案を全部資料にまとめてくれた書記ちゃんも、大活躍と言えるんじゃないかしら?」
「そうだな。あの資料がなかったら先生を説得するのは不可能だったろうし」
それでも、もう一人を必要としてくれるのがこの二人なのである。仮に私が活躍していたとしても、その活躍は二人ありきのものだということを、この二人は失念している。私たちを車に例えると、ヒデくんはガソリン、しーちゃんはエンジン、私がタイヤ、つまり私は二人が生み出す動力によって動かされるだけの一部品に過ぎないのである。それなのに、この二人はタイヤほど重要なものはないと言わんばかりに褒めてくる。「なんだか調子が狂うなぁ」と思っていると、甘い香りが近づいてきた。
「はい、パンケーキよ。それにしても、三人とも仲いいわね。まるでなにかのトリオみたい」
お母さん、本気で言ってるのかしら。私がこの三人と同列と並ぶとしたら、それこそお笑いものだ。しかし、私のブルーな気持ちをよそに、みんな私をトリオの一員として認めている様子。まったく、私の「身の程」がいよいよ分からなくなってくる。
「ねえ、二人はどうしてそんなに私を贔屓してくれるの?」
お母さんがいなくなった後、私がポツリと呟くと、ヒデくんがパンケーキを頬張りながら、あっけらかんと答える。
「俺の性格知ってるだろ? 俺は贔屓は嫌いなんだ。ただ正当に評価しているだけだよ」
しーちゃんも「おいしい」とパンケーキを口に運びながら、ヒデくんに続く。
「そうよ。書記ちゃんはちょっと謙虚すぎだわ。もっと自信を持っていいはずよ」
コーヒーの水面に映る私の顔を眺める。「身の程を知るべし」。そう思って、いままで地味にひっそりと生きてきた。どうせ私なんて、大した人間じゃないと、そう思ってきた。
でも、と思いながら、二人の顔を見る。私を評価してくれるこの二人は、私が最も信頼している人たちだ。もしかしたら、私の「身の程」は、もう少し高い位置にあるのかもしれない。そう思えてきた。
「ヒデくん、しーちゃん。今回の推理、私もちょっと頑張ってみる。私も、推理してみる」
驚いた顔の二人。でも、一番驚いているのは私自身だ。「身の程を知るべし」をモットーに生きてきた私が、自分の「身の程」を知るために、初めて「身の程」を弁えぬ挑戦を試みるのだ。真面目な顔の私の背中をしーちゃんがそっと叩く。
「楽しみだわ、書記ちゃんの推理。なんだか、わくわくしてきちゃった」
ヒデくんもシシっと白い歯を見せる。
「実は意外と推理の才能があるんじゃないかって、密かに思ってたんだ。期待してるぜ」
私は両の拳を握りしめながら「うん」と肯いた。
式春香。通称「書記ちゃん」。モットーは「身の程を知るべし」。依頼者と探偵の影に隠れ、ささやかな活躍をする地味な女の子。しかし彼女はいま、自らの「身の程」を知るために、探偵にならんとしといたのだった。
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