35 / 40
Ⅲ. 光の方へ
episode7 体調不良
しおりを挟む
月曜日の放課後、生徒会室に向かうと、チヒロが一人で文化祭の劇の準備をしていた。昨日の話を思い出して、気まずい感じがする。
「お、おつかれ、チヒロ。なにか手伝おうか」
「大丈夫。これくらいなら一人でも出来る」
「そ、そう」
俺はぎこちなく席に座り、作業を始めようとする。俺がパソコンを開こうとした瞬間、チヒロは顔を上げた。
「それよりも会長のお見舞いにでも行ってきてあげたら?」
「お見舞い?」
「知らないの? 会長、風邪で寝込んでるらしいよ。まあただの風邪なら、文化祭までには治ると思うけど」
俺はパソコンから手を離す。そういえば、ヒマリさんのお母さんはシングルマザーじゃなかったか? だとしたら、もしかすると、ヒマリさんは家に一人でいるかもしれない。俺はリュックを背負うと、急いで生徒会室を出ようとする。
「チヒロ、ごめん。俺、行ってくるよ」
チヒロは作業をしながら手をヒラヒラさせた。
廊下ですれ違ったシオンに訊ねたところ、今日、生徒会室には早川さんしかいないらしい。僕は絶好のタイミングを逃すまいと菓子折り片手に生徒会室に向かった。扉を開けると、やはり早川さんが一人で黙々と作業をしている。僕が口を開こうとすると、ダンボールをカッターで切断しながら訊ねた。
「今日も事情聴取ですか?」
友人に誘拐予告の話を聞いたのだろうか。僕は菓子折りを机に置き、シオンのものと思われる椅子に座った。
「いや、今日は謝りに来たんだ。君を疑ってしまったことをね」
早川さんは作業の手を止めずに会話を続ける。
「疑って当然です。動機は十分にありますから。それにしても、どうして私が犯人じゃないと思ったんですか?」
「役さ」
「役?」
僕は机の上に劇の台本を出す。昨日ヒマリから借りたのだ。
「君の役は魔女だ。つまり、ヒマリをシオンのもとに向かわせる役。シオンに惚れられたヒマリに恨みがあるなら、こんな役は引き受けないよ」
「……たまたまです」
「君が台本を書いたのに?」
「……」
黙り込む早川さんのもとに行き、彼女の手伝いをする。彼女は少し驚いた表情で僕を見る。
「それに、劇の邪魔をしたいなら、こんなに熱心に劇の準備をしないさ」
早川さんは数秒間俯き黙りこむ。一つ息を吐くと、口を開いた。
「私にとっての最悪は、シオンに振られることです」
彼女は唇を固く結んだ。目を閉じ、自分を落ち着かせようとした後、なんとか言葉を繋いだ。
「そして、それよりもっと最悪なのは、私を振ったシオンが、好きな人に振られることです」
僕は、震える彼女の背中をさすってやった。ダンボールに、涙が滲む。
「優しいんだね」
僕がそう言うと、早川さんは首を振った。
「優しくなんかありません。これは、ずっと好きだった人に振られた、惨めな私の、最後の悪あがきです」
きっと早川さんは、二人を近づけるためにあんな台本を書いたのだろう。そして今日も、シオンをヒマリのお見舞いに向かわせて、彼の背中を静かに押している。僕は声を殺して泣き続ける少女の背中をいつまでもさすってやった。
ヒマリさんにお見舞いに行くと連絡すると、もしかしたら寝ちゃうかもしれないから、鍵は開けとくと連絡が来た。俺は走ってヒマリさんの家に行き、到着すると勢いよく玄関の扉を開ける。
「シオンです。お邪魔します」
返事がない。寝ているのだろうか? 俺は階段を駆け上がり、ヒマリさんの部屋の扉を開ける。
「ヒマリさん、大丈夫ですか?」
「あっ」
俺は慌てて扉を閉める。ヒマリさんはタオルで体を拭いていた。そう、ヒマリさんは完全に上半身裸だったのだ。俺は扉の前で頭を抱える。……終わった。土下座をすれば許してくれるだろうか。それとも切腹でもしない限り、顔を合わせてくれないだろうか。よし、切腹しよう。
俺は切腹のための包丁をキッチンに取りに行こうとすると、部屋の扉が開く。前にタオルを持っているが、上には何も着ていない。俺が急いで土下座の姿勢をとると、ヒマリさんは慌てて制止する。
「いいって、そんな。それより背中拭いてくれない? 届かなくって」
俺は恐る恐るヒマリさんの部屋に入る。ヒマリさんはベッドに座るとタオルを俺に手渡した。
「その、ヒマリさん……見えてます」
「さっきも見たでしょ。いいから、体拭いてちょうだい。汗がひどくって」
俺はそっとヒマリさんの真っ白な背中を拭く。震える手付きで体を拭く俺に、ヒマリさんはクスっと笑った。どうやら怒ってはないらしい。
「胸、思ったより小さかったでしょ?」
「いや、その……」
返答に窮する。こんな時、なんと答えるのが正解なのだろう。「そんなことないです」とお世辞を言うべきか、それとも「小さくてもヒマリさんは素敵です」と励ますべきか……必死に無難な言葉を探す俺を見て、ヒマリさんはまたまたクスっと笑った。
「お姉ちゃんもこんな感じだったし、ママも小柄なほうだから、遺伝的には成長の見込みがないんだよね。もう少し大人っぽい体つきになれたらよかったんだけど、ママを恨むわけにもいかないしね」
どうやら幼い体にコンプレックスを抱えているらしい。俺が背中を洗い終えると、ヒマリさんは俺の方を向き、少し申し訳なさそうな顔をして見せた。
「変なもの見せちゃった上に、背中まで拭かせちゃってごめんね」
何が「ごめん」なものか。この人は時々、自分を低く見積もり過ぎることがある。いつか誰かの犠牲になって死んでしまうのではないかと、心配になってしまう。ヒマリさんはもっと自分の魅力に目を向けるべきだ。人が生きるために浴びるべき光とは、どこか遠く、遥か彼方から放たれるものではない。すぐ近くに、そう、自分の胸を叩けばそこにあるものなのだ。俺は側に置いてあったパジャマと下着を押し付けながら言った。
「正直に告白すると、ヒマリさんの裸を見て、少し……いや、かなり欲情してしまいました。だから、早く服を着てください。でないと、襲ってしまいそうで」
ヒマリさんは茹でダコのように真っ赤になった。慌てて後ろを向き、服を着る。着替えながら小さな声で「ありがと」と言った。
「どうぞ、食べてください」
俺は切った林檎とお粥を小テーブルに置く。ヒマリさんは小さく頷き、ゆっくりと食べ始めた。
「来てくれてありがとね、シオン。ママは『仕事休もうか?』って言ってくれたんだけど、見栄張って断っちゃったの。でも正直、辛かったし、寂しかった。人間って体調が悪くなると、嫌なことばっかり考えるって言うけど、本当なんだね」
嫌なこと。きっとお姉さんのことを考えていたのだろう。俺は興味本位でヒマリさんに訊ねてみた。
「ヒマリさんのお姉さんって、どんな人だったんですか?」
ヒマリさんは、しばらく「うーん」と唸った後、一言で亡き姉を表現した。
「勝手な人」
「勝手……ですか」
ヒマリさんは笑いながら頷いた。
「そう、勝手な人。いつも冗談ばかり言ってて、まともなことをほとんど喋らないの。まだ私が幼かった頃、お姉ちゃんはいつも楽しいホラを吹いて私を笑わせてくれた。私が少し大きくなると、引っ込み思案な私を強引に引っ張ってあちこち連れ回した。さらに大きくなると、一緒にギターを弾いて遊んだ。もう言葉はいらなかった。私の隣には、いつもお姉ちゃんがいたの」
ヒマリさんの話を聞いて、なんとなく、不器用な人だったんじゃないかと思った。まっすぐ生きたくても生きられない二人の姉妹は、互いに寄り添って生きてきたのだろう。そんなことを考えていると、ヒマリさんは少し顔を暗くしながら話を続けた。
「去年、お姉ちゃんは自殺した。色々なことがあって自殺したんだけど、一言で言えば、私を庇って自殺した。私はお姉ちゃんに、もっと自分勝手に生きてほしかったんだけど、よりにもよって私のために死んじゃうだもん。勝手だよ」
ヒマリさんは怒っているような、悲しんでいるような表情で、もう一度お粥を食べ始めた。なんとなく、分かった。要は、似たもの姉妹なのだ。もしヒマリさんがお姉さんと同じ状況に陥ったら、きっと同じ行動をとると思う。
現に、誘拐予告があっても全然自身の安全を気にかけないし、パンツを見られようと、裸を見られようと、気にしない。後輩から好意を寄せられても、それを受け取っていいのか迷ってしまう。つまり、どうしても自分を大切に出来ないのだ。眼の前に光があっても、あえて闇の方に足を進めてしまう。ヒマリさんは、そんな人だ。
目一杯光を浴びて欲しいのに、この人は平気で自分を粗末にしてしまう。人の気も知らないで。
「ほんと、勝手ですよね」
俺はそう言って、林檎を一つ、乱暴に口に含んだ。
夜22時頃にヒマリさんのお母さんは帰ってきた。寝ているヒマリさんの看病をしている俺を見て、お母さんは目を丸くした。
「あら、ヒマリのお友達?」
「後輩です。すみません、勝手にお邪魔して」
「いいえ。むしろありがとね。私、職場でもずっと心配で心配で。助かったわ」
俺がお辞儀をして退出しようとすると、お母さんは、「もしかして」と言って、俺に訊ねた。
「この娘の……彼氏さん?」
「いいえ、その……まだです」
俺が苦笑いしながらそう言うと、お母さんはパッと明るい顔になった。
「そうなの。それじゃあ、正式に彼氏になったら、またいらっしゃい。うんとおもてなしするわ」
「じゃあ、振られないように頑張らないとですね」
俺とお母さんは一緒に笑った。お母さんは目を細めて、寝ている愛娘を眺めながら言う。
「よかったわね、ヒマリ。貴女、愛されてるわ」
俺はもう一度お辞儀をして部屋を出た。ヒマリさんの家を出ると、空には七色の星が瞬いていた。
「お、おつかれ、チヒロ。なにか手伝おうか」
「大丈夫。これくらいなら一人でも出来る」
「そ、そう」
俺はぎこちなく席に座り、作業を始めようとする。俺がパソコンを開こうとした瞬間、チヒロは顔を上げた。
「それよりも会長のお見舞いにでも行ってきてあげたら?」
「お見舞い?」
「知らないの? 会長、風邪で寝込んでるらしいよ。まあただの風邪なら、文化祭までには治ると思うけど」
俺はパソコンから手を離す。そういえば、ヒマリさんのお母さんはシングルマザーじゃなかったか? だとしたら、もしかすると、ヒマリさんは家に一人でいるかもしれない。俺はリュックを背負うと、急いで生徒会室を出ようとする。
「チヒロ、ごめん。俺、行ってくるよ」
チヒロは作業をしながら手をヒラヒラさせた。
廊下ですれ違ったシオンに訊ねたところ、今日、生徒会室には早川さんしかいないらしい。僕は絶好のタイミングを逃すまいと菓子折り片手に生徒会室に向かった。扉を開けると、やはり早川さんが一人で黙々と作業をしている。僕が口を開こうとすると、ダンボールをカッターで切断しながら訊ねた。
「今日も事情聴取ですか?」
友人に誘拐予告の話を聞いたのだろうか。僕は菓子折りを机に置き、シオンのものと思われる椅子に座った。
「いや、今日は謝りに来たんだ。君を疑ってしまったことをね」
早川さんは作業の手を止めずに会話を続ける。
「疑って当然です。動機は十分にありますから。それにしても、どうして私が犯人じゃないと思ったんですか?」
「役さ」
「役?」
僕は机の上に劇の台本を出す。昨日ヒマリから借りたのだ。
「君の役は魔女だ。つまり、ヒマリをシオンのもとに向かわせる役。シオンに惚れられたヒマリに恨みがあるなら、こんな役は引き受けないよ」
「……たまたまです」
「君が台本を書いたのに?」
「……」
黙り込む早川さんのもとに行き、彼女の手伝いをする。彼女は少し驚いた表情で僕を見る。
「それに、劇の邪魔をしたいなら、こんなに熱心に劇の準備をしないさ」
早川さんは数秒間俯き黙りこむ。一つ息を吐くと、口を開いた。
「私にとっての最悪は、シオンに振られることです」
彼女は唇を固く結んだ。目を閉じ、自分を落ち着かせようとした後、なんとか言葉を繋いだ。
「そして、それよりもっと最悪なのは、私を振ったシオンが、好きな人に振られることです」
僕は、震える彼女の背中をさすってやった。ダンボールに、涙が滲む。
「優しいんだね」
僕がそう言うと、早川さんは首を振った。
「優しくなんかありません。これは、ずっと好きだった人に振られた、惨めな私の、最後の悪あがきです」
きっと早川さんは、二人を近づけるためにあんな台本を書いたのだろう。そして今日も、シオンをヒマリのお見舞いに向かわせて、彼の背中を静かに押している。僕は声を殺して泣き続ける少女の背中をいつまでもさすってやった。
ヒマリさんにお見舞いに行くと連絡すると、もしかしたら寝ちゃうかもしれないから、鍵は開けとくと連絡が来た。俺は走ってヒマリさんの家に行き、到着すると勢いよく玄関の扉を開ける。
「シオンです。お邪魔します」
返事がない。寝ているのだろうか? 俺は階段を駆け上がり、ヒマリさんの部屋の扉を開ける。
「ヒマリさん、大丈夫ですか?」
「あっ」
俺は慌てて扉を閉める。ヒマリさんはタオルで体を拭いていた。そう、ヒマリさんは完全に上半身裸だったのだ。俺は扉の前で頭を抱える。……終わった。土下座をすれば許してくれるだろうか。それとも切腹でもしない限り、顔を合わせてくれないだろうか。よし、切腹しよう。
俺は切腹のための包丁をキッチンに取りに行こうとすると、部屋の扉が開く。前にタオルを持っているが、上には何も着ていない。俺が急いで土下座の姿勢をとると、ヒマリさんは慌てて制止する。
「いいって、そんな。それより背中拭いてくれない? 届かなくって」
俺は恐る恐るヒマリさんの部屋に入る。ヒマリさんはベッドに座るとタオルを俺に手渡した。
「その、ヒマリさん……見えてます」
「さっきも見たでしょ。いいから、体拭いてちょうだい。汗がひどくって」
俺はそっとヒマリさんの真っ白な背中を拭く。震える手付きで体を拭く俺に、ヒマリさんはクスっと笑った。どうやら怒ってはないらしい。
「胸、思ったより小さかったでしょ?」
「いや、その……」
返答に窮する。こんな時、なんと答えるのが正解なのだろう。「そんなことないです」とお世辞を言うべきか、それとも「小さくてもヒマリさんは素敵です」と励ますべきか……必死に無難な言葉を探す俺を見て、ヒマリさんはまたまたクスっと笑った。
「お姉ちゃんもこんな感じだったし、ママも小柄なほうだから、遺伝的には成長の見込みがないんだよね。もう少し大人っぽい体つきになれたらよかったんだけど、ママを恨むわけにもいかないしね」
どうやら幼い体にコンプレックスを抱えているらしい。俺が背中を洗い終えると、ヒマリさんは俺の方を向き、少し申し訳なさそうな顔をして見せた。
「変なもの見せちゃった上に、背中まで拭かせちゃってごめんね」
何が「ごめん」なものか。この人は時々、自分を低く見積もり過ぎることがある。いつか誰かの犠牲になって死んでしまうのではないかと、心配になってしまう。ヒマリさんはもっと自分の魅力に目を向けるべきだ。人が生きるために浴びるべき光とは、どこか遠く、遥か彼方から放たれるものではない。すぐ近くに、そう、自分の胸を叩けばそこにあるものなのだ。俺は側に置いてあったパジャマと下着を押し付けながら言った。
「正直に告白すると、ヒマリさんの裸を見て、少し……いや、かなり欲情してしまいました。だから、早く服を着てください。でないと、襲ってしまいそうで」
ヒマリさんは茹でダコのように真っ赤になった。慌てて後ろを向き、服を着る。着替えながら小さな声で「ありがと」と言った。
「どうぞ、食べてください」
俺は切った林檎とお粥を小テーブルに置く。ヒマリさんは小さく頷き、ゆっくりと食べ始めた。
「来てくれてありがとね、シオン。ママは『仕事休もうか?』って言ってくれたんだけど、見栄張って断っちゃったの。でも正直、辛かったし、寂しかった。人間って体調が悪くなると、嫌なことばっかり考えるって言うけど、本当なんだね」
嫌なこと。きっとお姉さんのことを考えていたのだろう。俺は興味本位でヒマリさんに訊ねてみた。
「ヒマリさんのお姉さんって、どんな人だったんですか?」
ヒマリさんは、しばらく「うーん」と唸った後、一言で亡き姉を表現した。
「勝手な人」
「勝手……ですか」
ヒマリさんは笑いながら頷いた。
「そう、勝手な人。いつも冗談ばかり言ってて、まともなことをほとんど喋らないの。まだ私が幼かった頃、お姉ちゃんはいつも楽しいホラを吹いて私を笑わせてくれた。私が少し大きくなると、引っ込み思案な私を強引に引っ張ってあちこち連れ回した。さらに大きくなると、一緒にギターを弾いて遊んだ。もう言葉はいらなかった。私の隣には、いつもお姉ちゃんがいたの」
ヒマリさんの話を聞いて、なんとなく、不器用な人だったんじゃないかと思った。まっすぐ生きたくても生きられない二人の姉妹は、互いに寄り添って生きてきたのだろう。そんなことを考えていると、ヒマリさんは少し顔を暗くしながら話を続けた。
「去年、お姉ちゃんは自殺した。色々なことがあって自殺したんだけど、一言で言えば、私を庇って自殺した。私はお姉ちゃんに、もっと自分勝手に生きてほしかったんだけど、よりにもよって私のために死んじゃうだもん。勝手だよ」
ヒマリさんは怒っているような、悲しんでいるような表情で、もう一度お粥を食べ始めた。なんとなく、分かった。要は、似たもの姉妹なのだ。もしヒマリさんがお姉さんと同じ状況に陥ったら、きっと同じ行動をとると思う。
現に、誘拐予告があっても全然自身の安全を気にかけないし、パンツを見られようと、裸を見られようと、気にしない。後輩から好意を寄せられても、それを受け取っていいのか迷ってしまう。つまり、どうしても自分を大切に出来ないのだ。眼の前に光があっても、あえて闇の方に足を進めてしまう。ヒマリさんは、そんな人だ。
目一杯光を浴びて欲しいのに、この人は平気で自分を粗末にしてしまう。人の気も知らないで。
「ほんと、勝手ですよね」
俺はそう言って、林檎を一つ、乱暴に口に含んだ。
夜22時頃にヒマリさんのお母さんは帰ってきた。寝ているヒマリさんの看病をしている俺を見て、お母さんは目を丸くした。
「あら、ヒマリのお友達?」
「後輩です。すみません、勝手にお邪魔して」
「いいえ。むしろありがとね。私、職場でもずっと心配で心配で。助かったわ」
俺がお辞儀をして退出しようとすると、お母さんは、「もしかして」と言って、俺に訊ねた。
「この娘の……彼氏さん?」
「いいえ、その……まだです」
俺が苦笑いしながらそう言うと、お母さんはパッと明るい顔になった。
「そうなの。それじゃあ、正式に彼氏になったら、またいらっしゃい。うんとおもてなしするわ」
「じゃあ、振られないように頑張らないとですね」
俺とお母さんは一緒に笑った。お母さんは目を細めて、寝ている愛娘を眺めながら言う。
「よかったわね、ヒマリ。貴女、愛されてるわ」
俺はもう一度お辞儀をして部屋を出た。ヒマリさんの家を出ると、空には七色の星が瞬いていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード
セキトネリ
ライト文芸
ぼくの中学高校の友人で仲里というヤツがいる。中学高校から学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。
ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。
「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」
「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」
「ぼくだけ?」
「そういうこと」
「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。
「うん、ありがと」
ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。1975年だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。
黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに生足。玄関に立った彼女の目線とぼくの目線が同じくらい。
ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って。スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。
「よこはま物語」四部作
「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156
「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913
「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151
「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/461940836
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード
セキトネリ
ライト文芸
ぼくの中学高校の友人で仲里というヤツがいる。中学高校から学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。
ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。
「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」
「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」
「ぼくだけ?」
「そういうこと」
「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。
「うん、ありがと」
ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。1975年だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。
黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに生足。玄関に立った彼女の目線とぼくの目線が同じくらい。
ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って。スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。
「よこはま物語」四部作
「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156
「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913
「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151
「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる