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Ⅱ. 革命
第拾弐話 幸福の陽光と残酷な推理
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「さて、それでは第2回推理大会を始めましょう。今回の目的はミドリお姉ちゃんの話を完全な形にすること。前回と同じく、アカネちゃん、私、コーセーくんの順でいきましょう」
「名探偵は最後でなくっちゃね」
名探偵って、「俺は毒薬を飲まされ、目が覚めたら……」的なことは何もないし、卓越した推理能力を持ち合わせているわけじゃないんだが。心中でささやかな抗議をしていると、アカネが元気よく手を挙げた。
「さて、ではアカネ、行きまーす。今回の件で重要なのは、いじめがあったか、なかったか、よね。私はね、なかったと思うのよ」
「どうして?」
ヒマリが前のめりになりながら訊ねる。
「簡単よ。いじめってそうそう隠せるもんじゃないから。本当にいじめがあったなら、誰か気づくはずだわ。だって、よく考えてごらん。いじめといったらどんなものがあるか。暴力、無視、SNSを使ったもの、悪事の強要、人を辱める行為……暴力なら傷跡が残るし、無視ならクラスメイトが当然気づくはず。SNSも誰か見ているはずだし、万引きとかの悪事の強要もバレないはずがない。こんな具合で、いじめには必ず跡が残る。自殺事件まで起こって、その跡が見つからないなんて、おかしいわ」
なるほど。確かにいじめが本当にあったのなら、クラスの誰かが気づくはずだ。でも、藤原さんの話だと、クラスでマシロ先輩の自殺の原因に心当たりのありそうな人はいなかった。ということは、いじめはなかった可能性が高い。
「じゃあ、どうしてお姉ちゃんは自殺することになったの?」
ヒマリがさらに前のめりになって訊ねる。
「ミドリさんがいじめをでっちあげたからよ」
「でっちあげた?」
「だって、本当にいじめがなかったのなら、そうならざるをえないじゃない。最初にマシロ先輩がいじめられてるって言ったのはミドリさんでしょ?」
たしかに、いじめがなかったのなら、ミドリさんはないはずのものをあるといったことになる。まさにでっちあげだ。
「じゃあ、なぜでっちあげたのか。それは、ワカさんとマシロ先輩を仲良くさせたかったからよ」
「はあ?」
ヒマリが呆れた様子で首をひねる。
「ワカさんとマシロ先輩は元々そこまで仲がよくなかった。でも、二人を仲良くさせないと春からマシロ先輩は一人ぼっちになってしまう。そこで一計を案じた。名付けて、『悲劇のヒロイン大作戦』よ」
「なんか前にも聞いた気がするんだけど……」
「気のせいだわ」
同じ名前しか思いつかないなら、作戦名なんてそもそも言わなきゃいいのに。僕は思わず苦笑した。
「まず、ミドリさんがモエさんに嘘のいじめを報告する。すると優しいモエさんは心配してマシロ先輩に頻繁に会うようになる。結果、二人は仲良くなる、という寸法よ」
なるほど、単純だ。でも、それならなんで自殺なんてしたんだ?
「二人は軽い気持ちでこの作戦を実行した。『屋上事件』のこともあって、嘘の信憑性は高い。モエさんはまんまと信じてくれた。ところが、モエさんが先生に報告しようとしたところで、嘘がバレてしまった」
アカネはパンと手を叩いた。静かな和室に音が響く。
「モエさんはマシロ先輩とミドリさんに激怒。特に発案者のミドリさんと険悪な仲になった。マシロ先輩としては、モエさんに謝りたい気持ちはあるが、かといって自分のためを思って作戦を考案してくれたミドリさんを擁護しないわけにはいかない。板挟み状態になったマシロ先輩は思い悩み自殺。これが私の仮説よ」
たしかにこれならミドリさんもモエさんもどちらも「自分のせい」と言うだろう。だけど……
「却下だね」
「そうだね」
「えー」
アカネは頬を膨らませて拗ねる。
「だってアカネちゃん、普通にモエ姉にお姉ちゃんと仲良くしてあげてって言えばそれで済むじゃん。こんな壮大な計画を実行しないと友達ができないのはアカネちゃんぐらいだよ」
「それに、モエさんが学校の先生にいじめを報告するって言ったときミドリさんなんて言ってたか覚えてる? 『頼んだ』なんて、自らの嘘を暴くような発言するわけないでしょ」
アカネはぐうの音も出ない様子で、腕を組みながら低く唸った。
「じゃあ、次にいきましょ。ヒマリ、この名探偵に一泡吹かせてあげなさい」
僕たちは対決しているわけじゃないんだけどなぁ……子供っぽく拗ねるアカネを見て、僕とヒマリは顔を見合わせて笑った。
「では、私の仮説を発表します。私はアカネちゃんと違い、いじめはあったと思います。そして、お姉ちゃんの自殺の原因もいじめだと考えます。問題は、いじめがどのように行われたかです」
口を尖らせ不満顔をしているアカネをよそに、ヒマリは淡々と説明を続ける。
「アカネちゃんから說明があった通り、いじめを隠すことは非常に困難です。では、どのようにいじめを行えばよいか。簡単です。学校でいじめをしなければよいのです」
なるほど。いじめをするのはたしかに学校の生徒だが、いじめを必ず学校で行わなければならない法はない。
「遠藤さんは学校ではお姉ちゃんと仲良くしているように見せて、学校外では酷いいじめをしていたのではないでしょうか? 藤原先輩の話でも、遠藤さんがスタバに誘ってましたけど、あれはお姉ちゃんに無理矢理奢らせていたのかもしれませんね。また、他校の遠藤さんの友人もいじめに参加していた可能性もあります。このように、学校外でいじめを行うことで、いじめがバレるリスクをなくす工夫をしていたのではないでしょうか?」
さすが優等生。簡潔で分かりやすい説明だ。仮説を支える根拠もしっかりしている。ただ……
「却下だね」
「ありえないわ」
今度はヒマリが頬を膨らませ拗ねた顔をする。
「遠藤さんにその計画性があるなら、なんで『屋上事件』のときはあんな杜撰なやり方でいじめをしたのよ。遠藤さんには悪いけど、話聞いた感じだと自分の欲に忠実な直球タイプに思えてならないわ」
「それに、学校外でいじめをするなら、なんでわざわざクラスで仲良く振る舞う必要があるの? 因縁の二人が仲良くしてたら、より目立っていじめがしづらいと思うけど。実際、藤原さんも疑ってたし」
ヒマリはがっくり項垂れた。どうやら降参らしい。
「はあ、じゃあ、名探偵さん。後は任せました」
「今度は逃げちゃだめよ」
なんだか二人からの期待がすごくて話しづらいのだが……まあ、ある程度、自信はあるのだけれど。
「まずいじめがあったか、なかったか、というところだけど、これはあったというか、なかったというか……」
「はあ? どういうことよ?」
「つまり、仲良くすることがいじめだったんだ」
二人はピンときてない様子で首を傾げている。
「藤原さんが言ってたでしょ。『私だったら、自分をいじめた相手と自分を振った男と仲良くするなんて、死んでも出来ない。そんな屈辱的なことをするぐらいなら自殺したほうがマシだ』って。まあ、振られたの方は間違いなんだけど。ともかく、マシロ先輩は遠藤さんから仲良くすることを強制されていたんだよ」
「なんでそんなことを?」
「山口祐也と縒りを戻すためさ」
やっと二人は合点がいったようだ。ヒマリが「なるほど」と呟いた。
「いじめた相手と仲良くすれば、いじめの件は過去のことになって流されると思ったんだね。いじめが許されれば、縒りを戻すことも夢じゃない。まあ、山口裕也と談笑するまで漕ぎつけたんだし、ある程度、作戦は成功したと見ていいんじゃないかな」
談笑の先にはいけないだろうけど、なんて思いながら話を続ける。
「ただ、マシロ先輩からするとかなり酷なことだ。前にいじめられた相手と顔色をうかがいながら仲良くしなきゃならない。さっさと二人が付き合ってくれればいいが、片方が自分に惚れてるんだからどうしようもない。その上、二人がうまくいかなければ責められるのはマシロ先輩だ。裏ではずいぶん罵声を浴びせられてたんじゃないかな」
ヒマリの表情が暗くなった。いじめられている自分の姉の姿を想像してしまったのだろう。
「かといって、『山口くんは実は私に惚れているんです』とは口が裂けても言えない。いじめを報告しようにも、『仲良くさせられてるんです』なんて、へんちくりんなことを言うことになる。きっと取り合ってくれないだろう。つまり、完全に詰みだ」
ヒマリが「ちょっと待って」と僕を制する。
「お姉ちゃんは過去に遠藤さんにいじめれてたんだよ。お姉ちゃんが声をあげれば、きっと信じてくれた人はいたはずだよ」
「ミドリさんが言ってたみたいに、気が弱くて声があげられなかったんじゃない?」
「でも、自殺する勇気に比べれば、そんな……」
そうだ。ただ単にシャイだから言えなかったんじゃない。さて、ここからは修羅の道だ。僕にとってじゃない。ヒマリにとってだ。僕は大きく息を吐き、目を瞑りながら口を開いた。
「ヒマリ、この先の推理は、君にとってあまりに酷だ。もしかしたら、君の人生を破滅に導いてしまうかもしれない。はっきり言って、僕にもこれ以上を言う勇気があまりない。責任がとれない。でも、それでも聞きたいというのなら、話す。どうだ、聞きたいか?」
ヒマリはほとんど迷わなかった。彼女はまっすぐな目で僕を見て頷いた。
「どんなに後悔してもお姉ちゃんはもう帰ってこない。だからせめて、後悔だけはしておきたいの。お姉ちゃんのことが大好きだった一人の妹として」
僕は大きくため息をついた。断ってくれたらどんなに楽だったか。でも、仕方がない。ヒマリが腹をくくってるんだ。僕もくくらなければならない。
「マシロ先輩は何故声をあげなかったんだ。単純だ。弱みを握られていたから。マシロ先輩にとっての弱みとは? 自分の身体? 違う。マシロ先輩は自己犠牲の人だ。『死んでも死なない』と言い放った人だ。多少の脅しで怯むような人じゃない」
ヒマリの喉が大きく鳴った。自分の手が震えているのを感じる。
「でも、一つだけ、あるもののためなら死んでもいいと言ったことがある。ある意味で亡くなった父親の形見であり、ギターや、もしかしたらミドリさんよりも大事だったもの。マシロ先輩が最も愛したもの。もう分かるだろ」
窓から射した陽光が絶望した少女の顔を照らした。彼女の顔は真っ青だった。唇は震え、言葉を失っていた。彼女の頬を静かに雫が伝った。
「君のお姉さんは、君を庇って自殺したんだ」
「名探偵は最後でなくっちゃね」
名探偵って、「俺は毒薬を飲まされ、目が覚めたら……」的なことは何もないし、卓越した推理能力を持ち合わせているわけじゃないんだが。心中でささやかな抗議をしていると、アカネが元気よく手を挙げた。
「さて、ではアカネ、行きまーす。今回の件で重要なのは、いじめがあったか、なかったか、よね。私はね、なかったと思うのよ」
「どうして?」
ヒマリが前のめりになりながら訊ねる。
「簡単よ。いじめってそうそう隠せるもんじゃないから。本当にいじめがあったなら、誰か気づくはずだわ。だって、よく考えてごらん。いじめといったらどんなものがあるか。暴力、無視、SNSを使ったもの、悪事の強要、人を辱める行為……暴力なら傷跡が残るし、無視ならクラスメイトが当然気づくはず。SNSも誰か見ているはずだし、万引きとかの悪事の強要もバレないはずがない。こんな具合で、いじめには必ず跡が残る。自殺事件まで起こって、その跡が見つからないなんて、おかしいわ」
なるほど。確かにいじめが本当にあったのなら、クラスの誰かが気づくはずだ。でも、藤原さんの話だと、クラスでマシロ先輩の自殺の原因に心当たりのありそうな人はいなかった。ということは、いじめはなかった可能性が高い。
「じゃあ、どうしてお姉ちゃんは自殺することになったの?」
ヒマリがさらに前のめりになって訊ねる。
「ミドリさんがいじめをでっちあげたからよ」
「でっちあげた?」
「だって、本当にいじめがなかったのなら、そうならざるをえないじゃない。最初にマシロ先輩がいじめられてるって言ったのはミドリさんでしょ?」
たしかに、いじめがなかったのなら、ミドリさんはないはずのものをあるといったことになる。まさにでっちあげだ。
「じゃあ、なぜでっちあげたのか。それは、ワカさんとマシロ先輩を仲良くさせたかったからよ」
「はあ?」
ヒマリが呆れた様子で首をひねる。
「ワカさんとマシロ先輩は元々そこまで仲がよくなかった。でも、二人を仲良くさせないと春からマシロ先輩は一人ぼっちになってしまう。そこで一計を案じた。名付けて、『悲劇のヒロイン大作戦』よ」
「なんか前にも聞いた気がするんだけど……」
「気のせいだわ」
同じ名前しか思いつかないなら、作戦名なんてそもそも言わなきゃいいのに。僕は思わず苦笑した。
「まず、ミドリさんがモエさんに嘘のいじめを報告する。すると優しいモエさんは心配してマシロ先輩に頻繁に会うようになる。結果、二人は仲良くなる、という寸法よ」
なるほど、単純だ。でも、それならなんで自殺なんてしたんだ?
「二人は軽い気持ちでこの作戦を実行した。『屋上事件』のこともあって、嘘の信憑性は高い。モエさんはまんまと信じてくれた。ところが、モエさんが先生に報告しようとしたところで、嘘がバレてしまった」
アカネはパンと手を叩いた。静かな和室に音が響く。
「モエさんはマシロ先輩とミドリさんに激怒。特に発案者のミドリさんと険悪な仲になった。マシロ先輩としては、モエさんに謝りたい気持ちはあるが、かといって自分のためを思って作戦を考案してくれたミドリさんを擁護しないわけにはいかない。板挟み状態になったマシロ先輩は思い悩み自殺。これが私の仮説よ」
たしかにこれならミドリさんもモエさんもどちらも「自分のせい」と言うだろう。だけど……
「却下だね」
「そうだね」
「えー」
アカネは頬を膨らませて拗ねる。
「だってアカネちゃん、普通にモエ姉にお姉ちゃんと仲良くしてあげてって言えばそれで済むじゃん。こんな壮大な計画を実行しないと友達ができないのはアカネちゃんぐらいだよ」
「それに、モエさんが学校の先生にいじめを報告するって言ったときミドリさんなんて言ってたか覚えてる? 『頼んだ』なんて、自らの嘘を暴くような発言するわけないでしょ」
アカネはぐうの音も出ない様子で、腕を組みながら低く唸った。
「じゃあ、次にいきましょ。ヒマリ、この名探偵に一泡吹かせてあげなさい」
僕たちは対決しているわけじゃないんだけどなぁ……子供っぽく拗ねるアカネを見て、僕とヒマリは顔を見合わせて笑った。
「では、私の仮説を発表します。私はアカネちゃんと違い、いじめはあったと思います。そして、お姉ちゃんの自殺の原因もいじめだと考えます。問題は、いじめがどのように行われたかです」
口を尖らせ不満顔をしているアカネをよそに、ヒマリは淡々と説明を続ける。
「アカネちゃんから說明があった通り、いじめを隠すことは非常に困難です。では、どのようにいじめを行えばよいか。簡単です。学校でいじめをしなければよいのです」
なるほど。いじめをするのはたしかに学校の生徒だが、いじめを必ず学校で行わなければならない法はない。
「遠藤さんは学校ではお姉ちゃんと仲良くしているように見せて、学校外では酷いいじめをしていたのではないでしょうか? 藤原先輩の話でも、遠藤さんがスタバに誘ってましたけど、あれはお姉ちゃんに無理矢理奢らせていたのかもしれませんね。また、他校の遠藤さんの友人もいじめに参加していた可能性もあります。このように、学校外でいじめを行うことで、いじめがバレるリスクをなくす工夫をしていたのではないでしょうか?」
さすが優等生。簡潔で分かりやすい説明だ。仮説を支える根拠もしっかりしている。ただ……
「却下だね」
「ありえないわ」
今度はヒマリが頬を膨らませ拗ねた顔をする。
「遠藤さんにその計画性があるなら、なんで『屋上事件』のときはあんな杜撰なやり方でいじめをしたのよ。遠藤さんには悪いけど、話聞いた感じだと自分の欲に忠実な直球タイプに思えてならないわ」
「それに、学校外でいじめをするなら、なんでわざわざクラスで仲良く振る舞う必要があるの? 因縁の二人が仲良くしてたら、より目立っていじめがしづらいと思うけど。実際、藤原さんも疑ってたし」
ヒマリはがっくり項垂れた。どうやら降参らしい。
「はあ、じゃあ、名探偵さん。後は任せました」
「今度は逃げちゃだめよ」
なんだか二人からの期待がすごくて話しづらいのだが……まあ、ある程度、自信はあるのだけれど。
「まずいじめがあったか、なかったか、というところだけど、これはあったというか、なかったというか……」
「はあ? どういうことよ?」
「つまり、仲良くすることがいじめだったんだ」
二人はピンときてない様子で首を傾げている。
「藤原さんが言ってたでしょ。『私だったら、自分をいじめた相手と自分を振った男と仲良くするなんて、死んでも出来ない。そんな屈辱的なことをするぐらいなら自殺したほうがマシだ』って。まあ、振られたの方は間違いなんだけど。ともかく、マシロ先輩は遠藤さんから仲良くすることを強制されていたんだよ」
「なんでそんなことを?」
「山口祐也と縒りを戻すためさ」
やっと二人は合点がいったようだ。ヒマリが「なるほど」と呟いた。
「いじめた相手と仲良くすれば、いじめの件は過去のことになって流されると思ったんだね。いじめが許されれば、縒りを戻すことも夢じゃない。まあ、山口裕也と談笑するまで漕ぎつけたんだし、ある程度、作戦は成功したと見ていいんじゃないかな」
談笑の先にはいけないだろうけど、なんて思いながら話を続ける。
「ただ、マシロ先輩からするとかなり酷なことだ。前にいじめられた相手と顔色をうかがいながら仲良くしなきゃならない。さっさと二人が付き合ってくれればいいが、片方が自分に惚れてるんだからどうしようもない。その上、二人がうまくいかなければ責められるのはマシロ先輩だ。裏ではずいぶん罵声を浴びせられてたんじゃないかな」
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ヒマリが「ちょっと待って」と僕を制する。
「お姉ちゃんは過去に遠藤さんにいじめれてたんだよ。お姉ちゃんが声をあげれば、きっと信じてくれた人はいたはずだよ」
「ミドリさんが言ってたみたいに、気が弱くて声があげられなかったんじゃない?」
「でも、自殺する勇気に比べれば、そんな……」
そうだ。ただ単にシャイだから言えなかったんじゃない。さて、ここからは修羅の道だ。僕にとってじゃない。ヒマリにとってだ。僕は大きく息を吐き、目を瞑りながら口を開いた。
「ヒマリ、この先の推理は、君にとってあまりに酷だ。もしかしたら、君の人生を破滅に導いてしまうかもしれない。はっきり言って、僕にもこれ以上を言う勇気があまりない。責任がとれない。でも、それでも聞きたいというのなら、話す。どうだ、聞きたいか?」
ヒマリはほとんど迷わなかった。彼女はまっすぐな目で僕を見て頷いた。
「どんなに後悔してもお姉ちゃんはもう帰ってこない。だからせめて、後悔だけはしておきたいの。お姉ちゃんのことが大好きだった一人の妹として」
僕は大きくため息をついた。断ってくれたらどんなに楽だったか。でも、仕方がない。ヒマリが腹をくくってるんだ。僕もくくらなければならない。
「マシロ先輩は何故声をあげなかったんだ。単純だ。弱みを握られていたから。マシロ先輩にとっての弱みとは? 自分の身体? 違う。マシロ先輩は自己犠牲の人だ。『死んでも死なない』と言い放った人だ。多少の脅しで怯むような人じゃない」
ヒマリの喉が大きく鳴った。自分の手が震えているのを感じる。
「でも、一つだけ、あるもののためなら死んでもいいと言ったことがある。ある意味で亡くなった父親の形見であり、ギターや、もしかしたらミドリさんよりも大事だったもの。マシロ先輩が最も愛したもの。もう分かるだろ」
窓から射した陽光が絶望した少女の顔を照らした。彼女の顔は真っ青だった。唇は震え、言葉を失っていた。彼女の頬を静かに雫が伝った。
「君のお姉さんは、君を庇って自殺したんだ」
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