『サイコー新聞部』シリーズ

Aoi

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Ⅱ. 革命

第拾壱話 ふりだしに戻る推理と進展する恋

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 島崎さんは一言で言えばミステリアスな人だった。『屋上事件』で一躍有名になった彼女は多くの人の目を引いたが、彼女はいつも座席に座って窓の外を眺めるばかりだったので、彼女が何を考えているのか、どんな人なのか、まったく分からなかったのだ。しかし、そんな彼女に話しかける生徒が一人だけいた。それが意外なことに遠藤さんだったのだ。雨降って地固まるということなのだろうか。授業間の休憩時間、遠藤さんは島崎さんと楽しそうに談笑していた。

 クラスが発足して数日経ったある日、私は時を見計らって島崎さんに話しかけに言った。遠藤さんと本当に仲良くしているのならいいのだが、万が一いじめが続いているのだとしたら見過ごせない。
「島崎さん、ちょっといい?」
「ひゃ、はい」
 私が声をかけると彼女は肩をビクンと震わせ、おびえた様子で私の顔を見た。
「最近、遠藤さんと仲がいいみたいね」
「そ、そうですね。はい」
「私の勘違いだったら申し訳ないんだけど、もしかしていじめられたりしてない? 私は先生と繋がりが深いし、相談してくれたら力になれるはずよ」
 島崎さんは慌てて首を横に振った。
「ち、ちがうんです。その、え、遠藤さんから、『仲良くしてほしい』って言われて、それで……」
「『仲良くしてほしい』って……島崎さん、あんなことされて、遠藤さんのこと恨んでないの?」
「う、恨んでなんか……その、ちゃんと仲直りしたし、それに、えっと……」
 この様子だと、本当にいじめはないらしい。それにしても、いじめられた相手と仲良くするなんて、島崎さんは人が良すぎるんじゃないか? まあ、これは二人の問題だし、外部者が口出しすべきことではないのだろうが。
「そう。ごめんなさいね。変なこと聞いちゃって。私の勘違いだったみたいだわ」
「い、いえ、そんな……あっ、そ、そういえば、藤原さんって、生徒会、でしたよね?」
「ええ」
 生徒会がどうしたのだろう? もしかして、生徒会に入りたいとか? いや、それはないか。
「その、妹が今年、この高校に入学して、それで、その、たぶん、せ、生徒会入ると思うので、い、妹を、よ、よろしくお願いします!」
 島崎さんがすごい勢いで頭を下げる。まるでプロポーズでもするかのような頭の下げ方だ。私は困惑しながら答える。
「そ、そうなのね。こちらこそ、ぜひ仲良くなりたいわ。名前はなんて言うの?」
「ヒ、ヒマリです」
「ヒマリさんね。どんな子かしら? 楽しみだわ」
 私がそう言うと、島崎さんの目元に少しだけ安堵あんどの色が見えた。

 ある日登校すると、なんと島崎さん、遠藤さん、そして山口くんが話していた。まさに因縁の3人じゃないか。クラスがざわつく。私は自席について聞き耳を立てた。
「マシロ、土曜日に一緒にスタバ行かない?」
「ス、スタバ? えっ、う、うん。いいけど」
「よっしゃー。約束破んないでよ」
「破らないよ。え、遠藤さんこそ、その、ち、遅刻しないでよね」
「島崎さん、コイツ遅刻魔だから気をつけて」
「なによ裕也、彼氏ぶっちゃって。私の顔も見たくないんじゃなかったの」
「いや、二人が仲直りして仲良してるっていうから、俺も意地張っててもしかたないかなって」
「そ、そうだよ。も、元はと言えば、二人が、その、喧嘩別れしたから、あ、あんなことが起こったんだし、だから、その、仲良くしなきゃだめだよ」
「マシロは優しいなぁ。こんないい子なのに、私ったらあんなことして……本当にごめんね」
「い、いいよ。もう何回も謝ってくれたし。それよりも、えっと、も、もっと仲良くしてくれると、その、嬉しいな」
「マシロ、アンタって子は。本っ当にありがとね」
「う、うん」
 目を見張るような光景だ。この3人が談笑する日がくるとは誰が予想できただろうか。こんな信じがたい光景が見られるのも、きっと島崎さんの心の広さ故だろう。私だったら、自分をいじめた相手と自分を振った男と仲良くするなんて、死んでも出来ない。そんな屈辱的なことをするぐらいなら自殺したほうがマシだ。でも、島崎さんはやってのけた。まったく、すごい子だ。私は密かに彼女に尊敬を寄せるようになった。

 5月8日月曜日、教室に島崎さんの姿はなかった。朝のホームルームで担任の先生が彼女の自殺を伝えた。横目で遠藤さんを見ると、彼女は顔を覆っていた。過去の自分を責めているのか、あるいは友人が死んだ悲しみに打ちひしがれているのか。ホームルームが終わると、遠藤さんは立ち上がり、教室から飛び出していった。騒がしい教室の中で、私は頭を抱えた。いったい彼女の身に何があったのだろう? 彼女はなぜ自殺したのだろう? 教室のあちこちで憶測が飛び交ったが、誰一人として彼女の自殺の原因を知る者はいなかった。島崎さんはまるで霧のように私たちの前から姿を消したのだった。

 藤原さんは静かに手を合わせた。
「私が知っているのはこんなところね。どう? 大したことなかったでしょ?」
「いえ、とんでもありません。本当に有益な情報を教えていただきました」
「そう? ならよかったんだけど」
 ヒマリの言っていることは単なるお世辞ではないだろう。藤原さんが話した内容は僕たちの意表を突くものだった。これは推理に悩みそうだ。
「それじゃあ、私はこれで失礼するね。原田さん、中村さん、ヒマリさんをよろしくね」
 そう言って彼女は画面から姿を消した。ヒマリがタブレットの電源を落とすと、僕たちは一斉に唸った。
「モエ姉の話と矛盾してるね」
「そうね。いじめどころか仲良くなっちゃってるんだもの。モエさんの話か藤原さんの話か、どっちかが嘘じゃないと成り立たないわ」
 アカネはお手上げとでも言うように、メモ用紙を宙に投げた。メモ用紙がひらひらと舞う。
「ワカさんの話でミドリさんの話を否定し、モエさんの話で新たな仮説を立てる。そして藤原さんの話でモエさんの仮説を否定する、となると……」
「ふりだしに戻る、ね」
 ヒマリが大きくため息をついた。
「とにかく、情報は出揃でそろったね。色々思うところはあるけど、各々で推理をして仮説を出し合おう」
「第2回推理大会ね」
 ヒマリがうなずく。僕はヒマリの家で行われた第1回推理大会を思い出した。あれからもう2ヶ月間近く経っているのか。
「それじゃあ、昼食の後に開催しよう。気づけばもう12時だ」
「腹が減っては推理は出来ぬってことね」
 そんなことを話していると、扉を叩く音がした。扉の向こうからお婆さんの元気な声が聞こえる。
「ご飯ですよ」

「推理大会終わったらどうする?」
 アカネが生姜焼しょうがやきをつつきながら訊ねる。
「推理が合っているか、ミドリさんのところで確認する必要があるね」
「そう言うと思って、ミドリお姉ちゃんにはもうアポをとってあるよ。明日の朝に堺駅前のカフェ集合だって」
 さすがヒマリ、用意周到だ。
「宿はどうする?」
「宿の延長もお婆さんに頼んどいた。少し費用はかかるけど、いいかな?」
「全然いいよ」
「旅行が長引くのに反対する理由がないわ」
 僕たちは諸手もろてを挙げて賛成した。
「で、結局、今日の夕方はどう過ごすのよ」
「二人でデートでもしてきたら?」
「はあ!?」
 アカネが思わず食卓を叩く。
貴女あなたはどうするのよ」
「私のことは気にしないで。せっかく大阪まで来たんだし、デートの一つぐらいしてもらわないと、私が申し訳ないよ」
「そうは言っても……ねえ、コーセー?」
 デートか。ヒマリを一人にするのは心苦しいし、さすがに断るか。……いや、
「ヒマリ、悪いけど、今日の夕方は一人で過ごしてくれないか」
 ヒマリが目を輝かせ、アカネが目を丸くした。
「そうこなくっちゃ。アカネちゃん、デートの話、後で聞かせてね」
「う、うん……」
 ヒマリが嬉しそうにアカネをひじでつつく。僕は勢いよく生姜焼しょうがやきをかきこんだ。おいしい。やはり、タダ飯なんて食うもんじゃない。僕からもアカネに愛を伝えなければ。愛は受け取るものではなく、与え合うものだ。自分の力で、自分の恋を進展させるんだ。僕はそう決意しながら夕食を平らげた。



 
 







 
 
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