『サイコー新聞部』シリーズ

Aoi

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Ⅱ. 革命

第玖話 風来坊と似非風来坊

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 ある日、ライブハウスに行くとミドリちゃんが控室で項垂うなだれていた。ミドリちゃんとは長い付き合いだが、こんなに悄然しょうぜんとしている彼女は初めて見た。
「ミドリちゃん、どうしたの?」
「ワカ、この子ずっとこんな調子でさ。何かあったって聞いても答えてくれないの」
 モエちゃんが困り顔で私に助けを求める。私がミドリちゃんの隣に座ると、私の顔を見て彼女は泣き始めた。いつもクールな彼女がここまで感情を露わにするとは只事ただごとではない。私は彼女の背中をさすってやった。
「よしよし、なにかあったの?」
「マシロが、マシロが、グス」
「マシロちゃんがなにかあったの?」
 ミドリちゃんはしばらく泣いた後、時々声を詰まらせながら文化祭での出来事を話し始めた。
「私、マシロの大事なものを奪っちゃった。謝りたいけど、マシロが話し掛けないでって、それで、グス」
「そっかぁ、じゃあマシロちゃんはもうライブハウスに来れないのかぁ」
「まじかー。それはショックだね」
 マシロちゃんと演奏するのはすごく楽しかったんだけど、もう出来ないなんて……でも、今一番ショックを受けているのはミドリちゃんだ。ミドリちゃんにとってマシロちゃんはかけがえのない親友だもの。そしてマシロちゃんにとってのミドリちゃんもきっと同じはずだ。
「でもミドリちゃん、きっとマシロちゃんも貴女と別れたくないって思ってるはずよ。だって貴女たち本当に仲良しだったじゃない」
「そうそう。マシロも今頃、あんなこと言うんじゃなかったって頭抱えてるよ」
「だけど、だけど、グス」
 泣き止まないミドリちゃんを慰めていると、私のスマートフォンが鳴った。
「ミドリちゃん、ほら」
 私がスマホの画面を見せると、ミドリちゃんは勢いよく立ち上がり、かばんを持って控室を飛び出していった。

 カラオケ店に行くと、マシロちゃんが暗い顔でフライドポテトをつまんでいた。私たちが個室のドアを開けると、マシロちゃんはミドリちゃんの顔を見るやいなや頭を下げた。
「ミドリ。ごめんなさい、あんなこと言って」
 マシロちゃんがこんなに真剣に謝っているのを初めて見た。ミドリちゃんを突き放してしまったことがよほどこたえていたのか。
「なんでアンタが謝るの? 私が全部悪いのに」
 ミドリちゃんが泣きべそをかきながら言うと、マシロちゃんは首を横に振った。
「私、間違ってた。パパが残してくれたのは、ギターでもバンドでもない。貴女あなたなの。パパのお陰で私はロックを始めて、貴女あなたと出会えた。私が何よりも大事にすべきだったのは貴女あなたとの絆だったの。それに今まで気づいてなかった。私が馬鹿だったわ」
 マシロちゃんはミドリちゃんに近寄ると彼女を強く抱きしめた。ミドリちゃんの目から大粒の涙があふれた。
「マジロ~」
「ちょっと、鼻水つけないで! ミドリったら」
 ミドリちゃんを必死にがそうとするマシロちゃんを見て、私とモエちゃんは大笑いした。

 こうして二人の仲は、元に戻るどころか、より一層深くなった。バンドが解散しても、私たちの交流は続き、特にマシロちゃんとミドリちゃんは毎日のようにカラオケに行き遊んだ。いわゆる『屋上事件』が起きたときには、ミドリちゃんはもちろん、元々バンドメンバー全員で彼女を慰めた。とはいえ、彼女は意外と元気そうにしていた。
「みんな、大袈裟おおげさに捉えすぎよ。ただ好きな人に振られただけのことじゃない」
 快活にそう言い放つ彼女は一見全く平気そうに見えたが、彼女の黒い瞳はどこか悲哀を含んでいるようにも見えた。
 ミドリちゃんが大阪に引っ越すことが決まっても、マシロちゃんは大きな動揺は見せなかった。むしろミドリちゃんの方が別れを惜しんだ。
「マシロ、ごめんね。一緒にいられなくて」
 泣きじゃくるミドリちゃんの頭をマシロちゃんは優しくでた。
貴女あなたのせいじゃないでしょ。それに、離れていても、私にとって貴女あなたが大切な人だということは変わらないわ。貴女あなたのことずっと好きでいるから。だから、そんなに泣くことないわ」
 マシロちゃんの瞳はあまりに澄んでいた。目の前のミドリちゃんではなく、別のなにか抽象的で大きなものを見ているような気がした。
 ミドリちゃんが大阪に行くと、マシロちゃんは私やモエちゃんと遊ぶ機会が多くなった。しかし、ミドリちゃんがいなくなったのがショックだったのか、顔はいつもより少し暗かった。
「マシロちゃん、やっぱり寂しい?」
 私がそう訊くと、マシロちゃんは無理矢理笑ってみせた。痛々しい笑顔だった。
「寂しくなんかないわ。だって、離れていても、私たちは親友だもの」
 新学期が明けて数週間すると、突然マシロちゃんと音信不通になった。心配した私たちが彼女の家に向かうと、彼女の母親からマシロちゃんが自殺したことを聞かされた。あまりに突然のことで、目の前が真っ暗になるような気がした。私とモエちゃんはなぜマシロちゃんが自殺したのか、一緒に考えた。しかし、彼女が何を思い自殺したのか、さっぱり分からなかった。私が急いでミドリちゃんに電話すると、親友を失った彼女は電話越しで泣き叫んだ。そして、「私のせいだ、私のせいだ」と何度も繰り返した。

「これが私の知っている全てよ」
 ワカさんは話し終えると一つ小さく息を吐いた。
「まあ、なんでミドリちゃんが『私のせいだ』なんて言ったのかは未だに分からないけどね。でも、私の見た限りではマシロちゃんとミドリちゃんは自殺の直前までずっと仲良しだったわよ」
 ヒマリは少しホッとしたような表情を見せる。マシロ先輩の自殺の原因はどうしてもミドリさんであってほしくないみたいだ。
「ワカさん、ありがとう。お陰で色々分かったよ」
「いえいえー。またいつでも連絡してねー」
 こうして第一の証人喚問しょうにんかんもんが終了した。

「さて、情報を整理しようか」
 僕がそう言うと、二人は真剣な眼差しで頷いた。
「まず、ミドリさんが言っていた、喧嘩別れが原因で自殺、という話は否定されたね」
 二人がうなずき同意を示す。
「そして、ミドリさんはマシロ先輩のことを相当大切に思っていたようだ。つまり、前にアカネが言ったみたいに、意図的にむごいことをしていたのを隠したくて僕たちに嘘をついたという線はちょっと薄い。まあ、完全に否定は出来ないけど」
「つまり、ミドリさんの話と私が前にてきとうに言った仮説の二つが否定されたってことね。代案はないの?」
 アカネが問うと僕は少し唸った。
「残念だけど、情報がこれだけじゃあ仮説は立たないね」
「じゃあ次の人に話を聞こっか。次は元Green Peace Sistersのドラム、田村萌恵さん」
「どんな人なの?」
「そうだね……一言で言うならモエ姉は風来坊って感じかな。お姉ちゃんは似非えせ風来坊だけど。そしてバンド一の常識人」
「マシロ先輩と似てるんだが似てないんだか」
 ヒマリは苦笑いしながらタブレットを操作する。しばらくすると眠たそうな女性が映し出された。「ふあ、おはよーヒマリ」
「モエ姉、もう11時だよ……」
「いやー、夏休みは寝るのに忙しくてね。あんまり忙しいから眠たくてしょうがないのよ」
 そう言ってモエさんは薄く笑って見せた。なるほど、たしかに飄々とした人だ。
「紹介するね。コーセーくんとアカネちゃん。部活の先輩で友達なんだ」
「よろしくー。田村萌恵、モエでいいよー」
「お願いします」
 僕に合わせてアカネも頭を下げる。
「それでモエ姉、今日は……」
「マシロとミドリの話、でしょ? それもワカがしてない話」
 察しがいい人だ。話が早くて助かる。
「さて、そいじゃ始めましょか。そうだな、何から話そうか……よし、あそこからにしよう」
 モエさんは少し目を細めると、頬杖ほおづえをつきながらゆっくりと話し始めた。
 

    
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