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Ⅱ. 革命
第捌話 貧民と大富豪
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「なるほどね。犯人は現場におらずってことか」
アカネが簡単に要約する。
「この問題を解決するために必要なものは2つ。一つは犯人についての情報。もう一つは現場についての情報。この2つの情報を持っている人に話を聞いて、ミドリさんの話を修正・補完する。これが僕たちが明日すべきことだ」
「それなら何人か心当たりがあるよ。明日オンラインで話が聞けるか確認してみるね」
そう言えば、ヒマリはタブレットを持ってきていたっけ。それなら大阪からでも話を聞くことは可能か。
「オンライン? 便利な時代になったわねぇ」
「おじさん、今時、オンライン会議ぐらい当たり前ですよ。ちゃんと時代についてきてください」
「そっちこそ、タブレットを持つには早すぎるんじゃないのかい? お嬢ちゃん」
「おじさん、最近では小学生もタブレットを使って勉強してますよ」
「えっ、マジ?」
ついに即興漫才まで出来るようになったか。赤の他人がこの会話を聞いたら二人を姉妹かなにかと勘違いするんじゃないだろうか?
「そんなことより、そろそろ出ないとのぼせちゃうよ」
ヒマリだろうか、誰かが湯船から出る音がした。
「じゃあ、僕は目隠ししてるよ」
僕は更衣室の端にある椅子に座って、タオルを巻いて目隠しにした。更衣室の扉が開く音がする。少しすると近くで水が滴る音がした。ヒマリがなにかアカネに耳打ちしているのが聞こえる。いったい何を話しているのだろう?
「……コーセー、ちょっといい?」
「どうしたの、アカネ?」
僕が顔を上げて訊くと、急に視界が明るくなった。眼の前には素っ裸のアカネがいる。
「えっと、その、私たちにはまだ早いかもだけど、別に見られてもいいって言うか、むしろ見てほしいっていうか……いや、見てほしいってそういう意味じゃなくて、えっと、その」
顔を赤く染めているアカネの前で、泡を食ったかのように慌てふためいている僕に、ヒマリは悪戯っぽく笑いかけた。
「コーセーくん、据え膳食わぬは男の恥、タダ飯食うのはやめてよね」
「僕も見せろってこと!?」
「いや、コーセーくんが包茎なのはさっき見て分かったから、普段からもう少し彼氏してあげてねってこと」
やっぱりばっちり見られてたか。分かっていても言わないで欲しかった。しかも彼女の前で。
「あっ、いや、私は気にしないわよ」
しかもその彼女にフォローされている。情けないったらありゃしない。くそ、ヒマリめ。
「バカ! エッチ! 変態! 痴漢! アホ! エロ女! そして、島崎向葵!」
僕は思いつく限りの悪態をついて風呂場に駆け込んだ。
「遅かったね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
僕が部屋に戻るとアカネがヒマリにルールを教えながら二人で大富豪をしていた。アカネは黒のスクエア形メガネ、ヒマリは銀縁の丸メガネをかけている。なかなか新鮮な姿だ。
「コーセーもやる? ヒマリが弱すぎて退屈してるのよ」
「じゃあ参加しようかな」
僕も混ざって3人で大富豪をする。ルールが曖昧なヒマリはうんうん唸りながらカードを見つめている。一方のアカネは得意げな顔でどんどんカードを減らしていく。
「大富豪って嫌なゲーム。弱い人はどんどん立場が悪くなっていく。弱い者いじめみたい」
「それが社会の在り方なのよ。諦めなさい。ほい、あがり」
「僕もあがり」
ヒマリが膨れっ面をする。これで三連敗だ。
「貧民が大富豪になるにはどうすればいいの?」
「まあ、地道に一つずつ階級を上げてくしかないわね。でもそれが難しいのよ。何かきっかけがないとね。例えば、『革命』を起こすとか」
「『革命』かぁ」
「まあ、そうそう起こんないけどね。結局、最初が肝心なのよ」
最初が肝心、か。身も蓋もないが、たしかにそうかもしれない。スタートダッシュでしくじった後、そこから挽回するのは難しい。アカネやヒマリにしたって、僕の前でこそ快活に振る舞っているが、クラスでは相変わらず日陰者だ。彼らにスポットライトが当たる日が来るとしたら、それこそまさに「革命」的だろう。
しかし、視点を変えれば、僕の前でここまで楽しそうにしていることもまた、彼らにとっては「革命」的なのかもしれない。アカネには恋人ができ、ヒマリには友人ができた。これは数ヶ月前の彼らからすると生活を一変するほどの大事件だろう。そして、その「革命」は、まさに彼らの意識改革・自己変革による産物なのではないだろうか? 「恋心は墓場まで」というモットーを捨てて告白を試みたアカネ。優等生を気取るのをやめて僕たちにタメ口で喋るようになったヒマリ。そう、「革命」とは、どこまでも自分勝手な自己変革のことなのだ。
僕もなにか変わらなければいけない。受け身だけじゃだめだ。一人で勝手に誰かを愛して、一人で勝手に満足する。そんなエゴイズム極まる「革命」を僕もしなければならない。そうしなければ、僕は一生タダ飯食い乞食のままだ。窓の外の弓張月を眺めながら、そんなことを思ってしまった。
朝食を食べ終わると、僕たちは作戦会議を始めた。ミドリさんの嘘を暴き、マシロ先輩自殺の真相を突き止めるための作戦会議だ。
「連絡がとれたのは全部で3人。一人目はGreen Peace Sistersの元ベース、前田若菜さん。ミドリお姉ちゃんが大阪に行く直前まで交流があったみたいだし、いい話が聞けるんじゃないかな」
つまり、犯人側の情報が得られるってわけか。そう思っていると、アカネが手を挙げて訊ねた。
「前田さんってどんな人なの? ベーシストっていうと、なんか暗くて変な人って感じがするけど」
「たしかに、少し天然っぽいところはあるけど、お淑やかでいい人だよ。実家が建設会社の社長らしくって、いわゆるお嬢様なの。かと言って、鼻につくところは全くなくてね、なんというかお花畑みたいな人だったよ」
お花畑か。僕はテーブルに腰掛けてゆっくり紅茶を飲む女性をイメージする。ロックとはまったく正反対な気がするが……
「さて、そろそろ時間だし、会議を始めるね」
そう言ってヒマリはタブレットを操作した。画面に黒髪ロングの女性が映し出される。なるほど、お淑やかだ。
「ヒマリちゃん、お久しぶりー。元気だった?」
「うん、ワカさんも元気そうだね」
「うんうん、元気だよー」
前田さんがニコニコしながら手を振る。彼女の背後にお花畑が見えるような気がする。
「紹介するね。部活の先輩で友達のコーセーくんとアカネちゃん」
「はじめましてー。ワカです」
僕たちがワカさんに頭を下げると、彼女もペコリと頭を下げた。
「それでワカさん、私たち、お姉ちゃんとミドリお姉ちゃんの話を聞きたいの」
「二人の話? 一言でまとめちゃえば、ずっと仲良しだったよ」
「『ずっと』って、文化祭の後も?」
「あー、文化祭。たしかに、あれ以来マシロちゃんはライブハウスに来なくなっちゃったけど、二人は普通にカラオケとか行って仲良くしてたよ」
これでミドリさんの話が嘘であることが確定したわけだ。ヒマリの表情が少し曇る。
「喧嘩とかはなかったんですか?」
僕が訊くと、ワカさんは思い出すように斜め上を見た。
「喧嘩ねぇ。まあ、文化祭の日は少し険悪な感じだったけど、それくらいかなぁ」
「その時のこと、詳しく教えてくれませんか?」
ワカさんは顎に人差し指をやりながら、思い出すように話し始めた。
アカネが簡単に要約する。
「この問題を解決するために必要なものは2つ。一つは犯人についての情報。もう一つは現場についての情報。この2つの情報を持っている人に話を聞いて、ミドリさんの話を修正・補完する。これが僕たちが明日すべきことだ」
「それなら何人か心当たりがあるよ。明日オンラインで話が聞けるか確認してみるね」
そう言えば、ヒマリはタブレットを持ってきていたっけ。それなら大阪からでも話を聞くことは可能か。
「オンライン? 便利な時代になったわねぇ」
「おじさん、今時、オンライン会議ぐらい当たり前ですよ。ちゃんと時代についてきてください」
「そっちこそ、タブレットを持つには早すぎるんじゃないのかい? お嬢ちゃん」
「おじさん、最近では小学生もタブレットを使って勉強してますよ」
「えっ、マジ?」
ついに即興漫才まで出来るようになったか。赤の他人がこの会話を聞いたら二人を姉妹かなにかと勘違いするんじゃないだろうか?
「そんなことより、そろそろ出ないとのぼせちゃうよ」
ヒマリだろうか、誰かが湯船から出る音がした。
「じゃあ、僕は目隠ししてるよ」
僕は更衣室の端にある椅子に座って、タオルを巻いて目隠しにした。更衣室の扉が開く音がする。少しすると近くで水が滴る音がした。ヒマリがなにかアカネに耳打ちしているのが聞こえる。いったい何を話しているのだろう?
「……コーセー、ちょっといい?」
「どうしたの、アカネ?」
僕が顔を上げて訊くと、急に視界が明るくなった。眼の前には素っ裸のアカネがいる。
「えっと、その、私たちにはまだ早いかもだけど、別に見られてもいいって言うか、むしろ見てほしいっていうか……いや、見てほしいってそういう意味じゃなくて、えっと、その」
顔を赤く染めているアカネの前で、泡を食ったかのように慌てふためいている僕に、ヒマリは悪戯っぽく笑いかけた。
「コーセーくん、据え膳食わぬは男の恥、タダ飯食うのはやめてよね」
「僕も見せろってこと!?」
「いや、コーセーくんが包茎なのはさっき見て分かったから、普段からもう少し彼氏してあげてねってこと」
やっぱりばっちり見られてたか。分かっていても言わないで欲しかった。しかも彼女の前で。
「あっ、いや、私は気にしないわよ」
しかもその彼女にフォローされている。情けないったらありゃしない。くそ、ヒマリめ。
「バカ! エッチ! 変態! 痴漢! アホ! エロ女! そして、島崎向葵!」
僕は思いつく限りの悪態をついて風呂場に駆け込んだ。
「遅かったね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
僕が部屋に戻るとアカネがヒマリにルールを教えながら二人で大富豪をしていた。アカネは黒のスクエア形メガネ、ヒマリは銀縁の丸メガネをかけている。なかなか新鮮な姿だ。
「コーセーもやる? ヒマリが弱すぎて退屈してるのよ」
「じゃあ参加しようかな」
僕も混ざって3人で大富豪をする。ルールが曖昧なヒマリはうんうん唸りながらカードを見つめている。一方のアカネは得意げな顔でどんどんカードを減らしていく。
「大富豪って嫌なゲーム。弱い人はどんどん立場が悪くなっていく。弱い者いじめみたい」
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「僕もあがり」
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「まあ、地道に一つずつ階級を上げてくしかないわね。でもそれが難しいのよ。何かきっかけがないとね。例えば、『革命』を起こすとか」
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「まあ、そうそう起こんないけどね。結局、最初が肝心なのよ」
最初が肝心、か。身も蓋もないが、たしかにそうかもしれない。スタートダッシュでしくじった後、そこから挽回するのは難しい。アカネやヒマリにしたって、僕の前でこそ快活に振る舞っているが、クラスでは相変わらず日陰者だ。彼らにスポットライトが当たる日が来るとしたら、それこそまさに「革命」的だろう。
しかし、視点を変えれば、僕の前でここまで楽しそうにしていることもまた、彼らにとっては「革命」的なのかもしれない。アカネには恋人ができ、ヒマリには友人ができた。これは数ヶ月前の彼らからすると生活を一変するほどの大事件だろう。そして、その「革命」は、まさに彼らの意識改革・自己変革による産物なのではないだろうか? 「恋心は墓場まで」というモットーを捨てて告白を試みたアカネ。優等生を気取るのをやめて僕たちにタメ口で喋るようになったヒマリ。そう、「革命」とは、どこまでも自分勝手な自己変革のことなのだ。
僕もなにか変わらなければいけない。受け身だけじゃだめだ。一人で勝手に誰かを愛して、一人で勝手に満足する。そんなエゴイズム極まる「革命」を僕もしなければならない。そうしなければ、僕は一生タダ飯食い乞食のままだ。窓の外の弓張月を眺めながら、そんなことを思ってしまった。
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「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」
「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」
「ぼくだけ?」
「そういうこと」
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