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Ⅰ. 透明少女
第8話 推理大会
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「ーーということなんです」
ヒマリが昨日の出来事を全て話し終えると、コーセーは低く唸った。コーセーにもなにか引っかかるところがあるようだ。
「今日考えるべきはただ一つ。なぜ姉は自殺したのか、ということです。まず、私とアカネさんが見解を発表します。コーセーさんはその間に考えを整理してください。最後にコーセーさんの意見を聞かせていただきます。そして3人の考えのうち、どれが妥当かを吟味します。これが本日の推理大会の流れです」
ロックンローラーとはいえ、さすが優等生と言ったところか。なかなか天晴な司会ぶりだ。ヒマリが自分の推理を話そうとする前に私が手を挙げる。
「最初は私でもいい? きっとヒマリの方が気合入ってるし、とっておきは後に残しておいたほうがいいでしょ?」
ヒマリは頷いた。本当は最初のほうが話しやすいと思ったからなのだが、まあいいだろう。
「まず、マシロ先輩は小学生か中学生の頃に牧玄弥に片思いをしていた。ところが、マシロ先輩はなかなか牧玄弥と仲を深めることが出来なかった。そして高校に入ると今度は山口裕也に近づこうとした。ここまでは昨日ヒマリに話したことと一緒ね」
ヒマリは真剣な顔で頷いた。
「私が一つ気になったのは、なぜ山口裕也にターゲットを移したのかということよ。山口裕也は野球部のエースで次期キャプテン。そのうえ優男ときたらモテないわけがない。なぜマシロ先輩は敢えて倍率の高い山口裕也を狙ったのか。それは……」
ヒマリがテーブルから身を乗り出す。小さく喉が鳴る音がした。
「山口裕也に振られたかったからよ」
ヒマリは呆気にとられて口をあんぐり開けている。コーセーは小さく「なるほど」と呟いた。どうやら私の考えを理解しているらしい。
「そもそもマシロ先輩の目的は最初から変わっていなかったのよ。つまり、ずっと牧玄弥のことが好きだったのね。ところがシャイなマシロ先輩は思いを寄せる幼馴染に接近することができなかった。そこで一計を案じた。名付けて、『悲劇のヒロイン大作戦』よ」
「『悲劇のヒロイン大作戦』?」
ヒマリが首を捻った。私は指を鳴らしてみせる。我ながらいい音だ。毎日、コーセーが来る前にこっそり部室で練習していただけのことはある。
「まず、マシロ先輩は屋上での告白計画を自ら遠藤さんたちにバラす。そうすれば遠藤さんたちは自分を敵対視するに違いない。告白の阻止だけでなく、いじめに発展することもきっと予想していたんだわ。目論見は見事達成され、マシロ先輩は悲劇のヒロインになる。そこで牧玄弥に相談を持ちかけるの。『私、いじめられてるの』ってね。そうすれば牧玄弥が自分のヒーローになってくれると考えたのよ。そしてマシロ先輩の計画通り、牧玄弥はヒーローになった。あとは、ヒーローとヒロインが結ばれるだけね。マシロ先輩は意を決して告白した。『あの時は助けてくれてありがとう。私、あの事件で、牧くんのことが好きになったの。だから、どうか付き合ってください』ってね。ところが……うまくいかなかった」
私は手に取ったポテトチップスを落としてみせた。ポテトチップスは皿の上で真っ二つに割れた。
「結果、長年の計画が失敗したショックでマシロ先輩は自殺した。これが私の推理よ」
ヒマリは何度も頷きながら拍手した。私の推理はお姫様のお気に召したようだ。しかしコーセーは顎に手をやって考え込んでいる。何か納得いかないところがあったのだろうか?
「素晴らしい推理でした! さすがアカネさんですね。では、次は私の見解を発表させていただきますね」
ヒマリの顔が少し引き締まった。思わずこちらも背筋が伸びる。
「私はやはり自殺の原因が失恋だとは思えません。もっと惨い目に遭ったのだと思うのです」
どうやらヒマリにとって、失恋は立ち直り可能なものでないといけないらしい。図太いお姫様だ。
「順を追って説明しますね。まず、姉は高校入学前、牧先輩のことが好きだった。しかし、姉は牧先輩との恋を断念。高校では山口先輩に思いを寄せるようになる。アカネさんの推理とは違い、本気で好きになったのです。姉は山口先輩に告白し、例の『屋上事件』が起こった。私はこの『屋上事件』の主犯が、実は山口先輩と牧先輩だったのではないかと思うのです」
『屋上事件』の主犯が山口裕也と牧玄弥? いったいどういうことだろう? 思わずポテトチップスを取ろうとした手が止まる。
「山口先輩は、実は姉と遠藤さんが自分に好意を抱いていたことを知ったのです。ただ、二人と付き合うつまりは全くなく、むしろ二人の存在を迷惑に感じていた。そのことを同じ部活の牧先輩に相談すると、牧先輩は二人を同時に振る方法を提案した。それが『屋上事件』です」
コーセーは2、3回小さく頷いた。どうやらオチが分かったらしい。一方の私は思案投げ首だ。仕方なくオレンジジュースを飲む。
「まず、牧先輩は姉に屋上での告白計画を勧める。かつて自分が好きだった幼馴染が自分の恋を応援してくれている。姉は喜んで賛成したでしょう。次に牧先輩は遠藤さんに姉の告白計画を知らせる。こうすることで『屋上事件』を意図的に起こしたのです。あとは牧先輩が遠藤さんのいじめを糾弾すれば、山口先輩は遠藤さんと簡単に別れられる。これが『屋上事件』の真相だったのです」
なるほど。これはたしかに惨い。牧玄弥もヒマリもよくこんなことが思いつくものだ。やはり趣味がロックだからだろうか。
「姉はきっと、どこかで『屋上事件』の真相に気づいたのでしょう。かつて愛した幼馴染が自分を利用していたことを知り、姉は牧先輩を激しく憎んだ。そして姉はあの手紙を書き、牧先輩を屋上に呼び出した。『屋上事件』のことを問い詰め、最悪の場合、屋上から彼を突き落とそうと考えたのです。ところが、何らかの理由で計画は失敗。それなら自分が死んでやると思い自殺した。牧先輩に罪悪感を抱かせ苦しめようと思ったのです。これが、私の考える姉の自殺の原因です」
凄まじい推理だ。まるで昼ドラでも見ているような気分だった。これならマシロ先輩が自殺の原因には十分なりうるだろう。私は盛大に拍手してやる。
「なかなかいい推理じゃない。ヒマリもやるわね」
ヒマリは面映そうに頭を掻いた。
「今の2つの推理について、コーセーさんはどう思われますか?」
コーセーは少し渋い顔をした。
「まずアカネの『悲劇のヒロイン大作戦』だけど、幼馴染に話しかけるのも躊躇われるほどシャイな人が立てるには、あまりに大胆すぎる作戦じゃないかな?」
私は思わず唸った。たしかにそうだ。少し勇気を振り絞って牧玄弥に告白するほうがよほど楽に違いない。
「それと、ヒマリの推理にもちょっと無理があるかな。もし山口裕也がマシロ先輩と遠藤さんのことを迷惑に感じていたとしても、もっとシンプルな方法をとることが出来たはずだ。牧玄弥に頼んで、二人ともに告白を促して両方の告白を断るとか、実は別に好きな人がいると嘘の噂を流すとかね」
ヒマリも唇を噛む。ヒマリはどうやら、自殺の原因になりうる惨い展開を考えることに執着し過ぎたようだ。
「じゃあ、コーセーはどう考えるのよ」
私が少し拗ねたような言い方で訊くと、コーセーは少し考えた後、申し訳無さそうな顔をした。
「悪いけど、僕の推理をこの場で実証するには難しそうだ。それにもう少し考えを整理したいしね。僕の番は月曜日までお預けにしてもらってもいいかな?」
私は小さく舌打ちした。まあ仕方ない。デザートはとっておくことにしよう。私は鞄を持って立ち上がった。
「じゃあ今日はもうお開きにしましょう。面白い推理を期待しているわ、名探偵」
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「最初は私でもいい? きっとヒマリの方が気合入ってるし、とっておきは後に残しておいたほうがいいでしょ?」
ヒマリは頷いた。本当は最初のほうが話しやすいと思ったからなのだが、まあいいだろう。
「まず、マシロ先輩は小学生か中学生の頃に牧玄弥に片思いをしていた。ところが、マシロ先輩はなかなか牧玄弥と仲を深めることが出来なかった。そして高校に入ると今度は山口裕也に近づこうとした。ここまでは昨日ヒマリに話したことと一緒ね」
ヒマリは真剣な顔で頷いた。
「私が一つ気になったのは、なぜ山口裕也にターゲットを移したのかということよ。山口裕也は野球部のエースで次期キャプテン。そのうえ優男ときたらモテないわけがない。なぜマシロ先輩は敢えて倍率の高い山口裕也を狙ったのか。それは……」
ヒマリがテーブルから身を乗り出す。小さく喉が鳴る音がした。
「山口裕也に振られたかったからよ」
ヒマリは呆気にとられて口をあんぐり開けている。コーセーは小さく「なるほど」と呟いた。どうやら私の考えを理解しているらしい。
「そもそもマシロ先輩の目的は最初から変わっていなかったのよ。つまり、ずっと牧玄弥のことが好きだったのね。ところがシャイなマシロ先輩は思いを寄せる幼馴染に接近することができなかった。そこで一計を案じた。名付けて、『悲劇のヒロイン大作戦』よ」
「『悲劇のヒロイン大作戦』?」
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「まず、マシロ先輩は屋上での告白計画を自ら遠藤さんたちにバラす。そうすれば遠藤さんたちは自分を敵対視するに違いない。告白の阻止だけでなく、いじめに発展することもきっと予想していたんだわ。目論見は見事達成され、マシロ先輩は悲劇のヒロインになる。そこで牧玄弥に相談を持ちかけるの。『私、いじめられてるの』ってね。そうすれば牧玄弥が自分のヒーローになってくれると考えたのよ。そしてマシロ先輩の計画通り、牧玄弥はヒーローになった。あとは、ヒーローとヒロインが結ばれるだけね。マシロ先輩は意を決して告白した。『あの時は助けてくれてありがとう。私、あの事件で、牧くんのことが好きになったの。だから、どうか付き合ってください』ってね。ところが……うまくいかなかった」
私は手に取ったポテトチップスを落としてみせた。ポテトチップスは皿の上で真っ二つに割れた。
「結果、長年の計画が失敗したショックでマシロ先輩は自殺した。これが私の推理よ」
ヒマリは何度も頷きながら拍手した。私の推理はお姫様のお気に召したようだ。しかしコーセーは顎に手をやって考え込んでいる。何か納得いかないところがあったのだろうか?
「素晴らしい推理でした! さすがアカネさんですね。では、次は私の見解を発表させていただきますね」
ヒマリの顔が少し引き締まった。思わずこちらも背筋が伸びる。
「私はやはり自殺の原因が失恋だとは思えません。もっと惨い目に遭ったのだと思うのです」
どうやらヒマリにとって、失恋は立ち直り可能なものでないといけないらしい。図太いお姫様だ。
「順を追って説明しますね。まず、姉は高校入学前、牧先輩のことが好きだった。しかし、姉は牧先輩との恋を断念。高校では山口先輩に思いを寄せるようになる。アカネさんの推理とは違い、本気で好きになったのです。姉は山口先輩に告白し、例の『屋上事件』が起こった。私はこの『屋上事件』の主犯が、実は山口先輩と牧先輩だったのではないかと思うのです」
『屋上事件』の主犯が山口裕也と牧玄弥? いったいどういうことだろう? 思わずポテトチップスを取ろうとした手が止まる。
「山口先輩は、実は姉と遠藤さんが自分に好意を抱いていたことを知ったのです。ただ、二人と付き合うつまりは全くなく、むしろ二人の存在を迷惑に感じていた。そのことを同じ部活の牧先輩に相談すると、牧先輩は二人を同時に振る方法を提案した。それが『屋上事件』です」
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「姉はきっと、どこかで『屋上事件』の真相に気づいたのでしょう。かつて愛した幼馴染が自分を利用していたことを知り、姉は牧先輩を激しく憎んだ。そして姉はあの手紙を書き、牧先輩を屋上に呼び出した。『屋上事件』のことを問い詰め、最悪の場合、屋上から彼を突き落とそうと考えたのです。ところが、何らかの理由で計画は失敗。それなら自分が死んでやると思い自殺した。牧先輩に罪悪感を抱かせ苦しめようと思ったのです。これが、私の考える姉の自殺の原因です」
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私は思わず唸った。たしかにそうだ。少し勇気を振り絞って牧玄弥に告白するほうがよほど楽に違いない。
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「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」
「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」
「ぼくだけ?」
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