『サイコー新聞部』シリーズ

Aoi

文字の大きさ
上 下
6 / 40
Ⅰ. 透明少女

第6話 ヒーロー

しおりを挟む
「ヒーローって、あのヒーローですか?」
 ヒマリは目を丸くして言った。ヒーローといえば、弱きを助け強きをくじく勇敢な戦士のことだ。あの牧玄弥がマシロ先輩のヒーロー? 三つ編みの3年生は意外そうな顔をして、
「あれ? 知らないの? 『屋上事件』で牧くんは島崎さんを救ったのよ」
「『屋上事件』?」
「そう、屋上で始まったから『屋上事件』。そのまんまでしょ? そうね、何から話そうかしら……」
 三つ編みの3年生は昔を思い出すように話し始めた。

「『屋上事件』の発端ほったんは3月11日の放課後、屋上で起きたわ。島崎さんは野球部のエースで次期キャプテンと言われていた山口裕也やまぐちゆうやくんを呼び出したの。言うまでもなく、愛の告白をするためよ。でも、その告白はうまくいかなかった。
 彼女の告白計画はクラスの皆にバレていたの。そして、クラスの中心メンバーの一人だった遠藤美和子えんどうみわこさんは、島崎さんの告白を阻止しようと考えた。遠藤さんは山口くんの元カノで、彼とは数ヵ月前に喧嘩別れしてたの。彼女、けっこう気が強い子だったから。
 遠藤さんがよりを戻そうとするのを、彼女と仲が良いクラスメイトたちは皆応援した。そして、島崎さんをまるで遠藤さんの恋路こいじを邪魔する悪女のように見做した。島崎さんはクラスでは目立つ方ではなかったから、味方が少なかったの。
 島崎さんがまさに告白しようとしたその時、遠藤さんは屋上の扉を開けて『ちょっと待って』と叫んだ。後ろには遠藤さんを応援する大勢のクラスメイト。流れは完全に遠藤さんの方に傾いた。あんなに喧嘩の仲裁人ちゅうさいにんがいたら、断る方が難しいわよね。結果、山口くんは遠藤さんともう一度付き合うことになった。クラスはお祭り騒ぎ。結婚披露宴けっこんひろうえんみたいな雰囲気だったわね。
 一方の島崎さんは「好き」の一言も言えず、おまけにクラスメイトからは完全に敵扱い。机を教室の外に運び出されるようないじめも起こった。しかも山口くんがいないところでやるんだから陰湿いんしつよね。もし山口くんがいじめに気づいたら、温厚な彼がいじめをやめるよう言うことは明らかだったから。
 そんな島崎さんを救ったのが、牧くんだったの。牧くんは同じ野球部の山口くんにいじめを報告し、遠藤さんを中心とするクラスメイトたちにいじめをやめるよう言わせた。もちろん、牧くん本人も声をあげた。牧くんの友だちにも協力をあおぎ、一大勢力を築きあげた。結果、遠藤さんたちは一気にクラスの悪者になり、山口くんと遠藤さんは破局。山口くんは島崎さんに深謝しんしゃした。こうして島崎さんはクラスでの立ち位置を取り戻した。これが世に言う『屋上事件』よ」

 チラとヒマリの方を見やると、彼女の手が震えていた。姉をいじめた遠藤さんたちへの怒りか。それとも、姉の苦しみに気づけなかった不甲斐ふがいない自分自身への怒りか。
「島崎さんと牧くんは幼馴染と聞いていたし、この事件をきっかけに付き合ってもおかしくないとは思っていたけど、まさかサイコー新聞で牧くんを屋上に呼び出していたとはね……サイコー新聞なんて普段読まないから気づかなかったわ」
 分かってはいたが、サイコー新聞を読まないことは言わないで欲しかった。これでも一応、毎月それなりに骨を折って作っているのだ。それを普段読まないなんて言われたら、それこそ骨を折られたように痛い。とはいえ、情報は十分得られた。私たちは三つ編みの3年生にお礼を言ってその場を去った。

「牧玄弥の話と三つ編みの人の話、そしてあのラブレターの3つを、三つ編みの如くより合わせるとこうなるわね。まず、マシロ先輩は小学生か中学生の頃に牧玄弥に片思いをしていた。ところが、彼と付き合うのは無理だと半ば諦め、高校では山口裕也にシフトチェンジ。そしたら、あの『屋上事件』が起きてしまった。結果、山口祐也と付き合うことは出来なかったものの、牧玄弥が自分のヒーロー的存在になってくれた。舞い上がったマシロ先輩は牧玄弥に告白するも振られてしまう。最終的に、長年の片恋かたこいはかなく散った悲傷ひしょうから自殺。まるでジェットコースターのような恋ね」
 私が棚の上のリナリアの花を眺めながら、半ば感心したように言うと、ヒマリが小さくうなった。まだ何か納得がいかないようだ。
「でも、失恋が原因で自殺するとはやはり思えません。よほど手酷てひどい振られ方をしたのなら別ですけど、牧先輩だって姉を突き放すような言い方で告白を断ったわけではないでしょうから」
貴女あなたは恋をしたことがないからそう言えるのよ」
「なんで私の初恋がまだだと断定できるんですか?」
「いや、何ていうか……ちっちゃいし」
「ちっちゃくても恋は出来ます!」
 ヒマリは半泣きになりながら訴えかけた。どっちの「ちっちゃい」を気にしているのか分からないが、相当コンプレックスに感じているらしい。そう思っているとヒマリが少しねた顔で言った。
「でも中村先輩だって、失恋をしたことはまだないでしょう?」
 たしかにそうだ。恋をしたことはあるが、失恋をしたことはない。実ることも枯れることもない、造花のような私の恋だ。
「そんなに納得がいかないなら、コーセーにも相談してみたら? アイツ、あれでもけっこう頭切れるのよ。多分童貞だし、恋にはうといけど」
 コーセーは温厚を絵に書いたような性格で、司会役や仲裁役に回ることが多いが、一人で考えさせるとなかなか深い思索や鋭い推理することがある。
「そうですね。処女2人と童貞1人とはいえ、三人寄れば文殊もんじゅの知恵と言いますし、きっとこの恋の謎も解くことが出来ますよ。そうだ! 明日私の家に来ませんか? 月曜日に考えてもいいんですけど、なんというか、待ちきれないというか……」
 元来がんらいせっかちな性格なのか、それとも姉の死が絡んでいるから気がいてるのか。どちらにせよ、明日は暇だし、コーセーも塾はなかったはずだ。断る理由がない。
「しかたないわね。明日の朝、裏口から侵入してあげるわ」
「お願いですから表から上がってきてください」
「注文の多い料理店ね」
「うち、料理店じゃありませんし、服を脱がしたり、体に塩をかけさせたりもしません」
「分かったわ。あらかじめ服を脱いで、体に塩をかけた状態で来店するわ」
「道中で逮捕されても知りませんよ」
 ヒマリは絶対零度ぜったいれいどの眼でこちらを見る。開いた窓から冷たい風が吹き抜けた。寒気を感じるのはきっと風のせいだろう。そう思いながら窓の外を見るとすっかり日が暮れてしまっている。私たちはそそくさと帰り支度をして解散した。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

ナツキス -ずっとこうしていたかった-

帆希和華
ライト文芸
 紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。  嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。  ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。  大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。  そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。  なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。  夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。  ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。  高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。      17才の心に何を描いていくのだろう?  あの夏のキスのようにのリメイクです。  細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。  選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。   よろしくお願いします!  

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード

セキトネリ
ライト文芸
 ぼくの中学高校の友人で仲里というヤツがいる。中学高校から学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。  ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。 「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」 「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」 「ぼくだけ?」 「そういうこと」 「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。 「うん、ありがと」  ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。1975年だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。  黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに生足。玄関に立った彼女の目線とぼくの目線が同じくらい。  ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って。スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。 「よこはま物語」四部作 「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156 「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913 「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151 「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/461940836

よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード

セキトネリ
ライト文芸
 ぼくの中学高校の友人で仲里というヤツがいる。中学高校から学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。  ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。 「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」 「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」 「ぼくだけ?」 「そういうこと」 「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。 「うん、ありがと」  ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。1975年だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。  黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに生足。玄関に立った彼女の目線とぼくの目線が同じくらい。  ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って。スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。 「よこはま物語」四部作 「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156 「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913 「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151 「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピ

よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード

セキトネリ
ライト文芸
無事美姫を救出した一同。しかし、ジミー・周からの情報で加賀町警察署に台湾グループのスパイがいることがわかりさあ大変。 「よこはま物語」四部作 「よこはま物語 壱½、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/343943156 「よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/245940913 「よこはま物語 参、ヒメたちのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/59941151 「よこはま物語 壱、ヒメたちとのエピソード」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/913345710/461940836

処理中です...