シュバンツの守り人

Aoi

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第一話「脳筋魔術師」

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 東洋諸国と西欧連合国の狭間にある大海。その海上に一隻の船が浮かぶ。白い煙を上げながら西欧へと向かう旅行船の上で僕は……

 船酔いしていた。

「女神の涙よ。枯れた大地に降り注ぎ芳醇なる恵みをもたらせ。恢復ヒール
「……」
「女神の涙よ。枯れた大地に降り注ぎ芳醇なる恵みをもたらせ。恢復ヒール
「……」
「女神の涙よ。枯れた大地に降り注ぎ芳醇なる恵みをもたらせ。恢復ヒール
「……」
「女神のな……」
「それ、効くのか?」
「……ええ」
「どのくらい?」
「……1秒」
「1秒かぁ」

 船の端で蒼い顔してうずくまえる僕を船乗りのおじさんが呆れたように見下ろす。もうかれこれ一週間以上船酔いし続けているのだ。

「東洋のエリート魔術師様も、船酔いの前には無力だな」
「……」

「東洋は魔術大国だのなんだのと呼ばれて浮かれてやがるが、大自然の前には魔術も科学も塵屑みてえなもんだ」
「……」

「つまり、大自然に翻弄されながらも逞しく生きる我ら船乗りこそが、最も偉大な人種というわけだ。そうだろう、兄ちゃん?」
「……」

「おい、なんかツッコめよ」
「……」

「ほら、カモン! ツッコミ!」
「……」

「ツッコミ! ツッコミ! ツッコミ! ツッコ……」
「船酔いしてる奴にしゃべらすんじゃねえ!」
「おー、ナイスツッコミ」

 この陽気なおじさんは、船酔いで潰れた僕の介抱をしてくれている。いや、ただ絡みに来ただけかもしれないが。
 とはいえ、おかげで東洋諸国から西欧連合国まで約一ヶ月の船旅もなんとか乗り切れそうだ。天候は快晴。この調子なら、あと3日で西欧に着くだろう。
 でも……

「叫んだら吐き気が……オロロロ」
「おい兄ちゃん!?」

 乳白色の霞漂う蒼海をゆらりと進む一隻の船。潮風吹く蒼空には白い鴎が二羽、三羽。世界地図の西端に位置する大国が港町、シュバンツはもう間もなくである。


 ---
「はいどうも。ようこそシュバンツへ」

 船着き場の受付で白髪の老爺に切符を渡すと、眩い白光を受けた港町が僕を出迎えた。
 港の前では幾人の商人が舶来品を売り、数多の観光客がその前を横切る。
 商業通りの背後には汽笛を鳴らす機関車が轟轟と走り抜け、そのまた背後には名山・シュツ山が聳え立つ。
 そして……

「あれがヴェストかぁ……」

 世界魔術師協会第4支部・通称ヴェスト。シュツ山の山頂付近に植え付けられたように出っ張っている威風堂々たる木造の建築物。そして僕の左遷先である。

「あれ、登るんだよなぁ……」

 目前に屹立する山に思わず溜息をつく。第4支部はなんでこんなに立地が悪いのか。早く移転したらいいのに。
 山頂から見下ろす木造建築に悪態をつきながら、船酔いの身体を引きずって僕は渋々歩き出した。

 ---
「この……クソ立地……」

 急な坂道を登ること約20分。細い道を抜け、やっと開けた場所に出た。道の脇にある公園のベンチに座り一息つくと、柵を隔ててシュバンツの町が一望できた。青い海、白い町。

「立地は最悪だけど、景色はいい。なんか残念美人みたいだな」

 そう悪態をついてみるが、やはり絶景は絶景。高所から見下ろす町の風景の美しさは、まさにシャツ山が名山と呼ばれる所以であった。
 太古の大魔術師たちもこぞってこの地に足を運び、絶景を眺望しながら思索に耽ったらしいのだが、彼らの足跡は道中の石碑や石像で確認することができる。
 例えば、この公園の端に置かれた麗しい美女の像。ナイスプロポーションの彼女は古代の大魔術師にして水系魔術の始祖・水王である。台座には名言らしきものが刻まれていた。

「なになに。水王曰く、
『早起きは三文の徳なり。而れども寝坊は百両の幸福なり。少年よ枕を抱け』と」

 いや、起きろよ。
 水王へのリスペクトが完全消滅したところで、ふと何処かから視線を感じた。
 誰だろう?

 視線を感じた方に目を向けると、道を隔てた向こう側の台地に一人の少女が佇んでいた。
 少し癖のある黒髪のボブヘア。小柄な体躯に幼い顔立ち。少し焼けた肌。彼女が東洋の出身であることは一目で分かった。

「それにあの制服……彼女も魔術師か」

 少女の目線の先には古びた墓石が立っている。お墓参り? いや、それにしては墓が古すぎる。あれは少なくとも百年以上前に立てられたものだ。

「ただの散歩かな。それにしても可愛い子だなぁ。怠惰の水王よりはタイプだ」

 可憐な少女に見惚れていると、橙に染まる彼女の頬を見て、いつの間にか太陽が傾き始めていることに気がつく。
 いけない。初日から遅刻は洒落にならんぞ。僕は疲れた身体に鞭打って再び歩き出した。


 ---
 支部に着くと僧侶のような格好をしたロン毛の男が立っていた。
 口には煙草、耳にはピアス。まさに不良の完全装備。お前は破戒僧か。
 男は片手をポケットにつっこみながら、笑顔でこちらに手を振っている。

「遠路はるばるご苦労さん。俺は第4支部の支部局長アウゲンだ。よろしく」
「クラハシ・ユウキ3級魔術師です。よろしくお願いします」

 重力に従うように頭をがくりと下げる。約一ヶ月の船旅の後に、登山すること約二十分。礼を全うする気力は残っていなかった。
 しかし流石は破戒僧。無礼を気に留める様子は全くない。

「東洋で3級。ってことは西欧じゃあ1級相当ってところか?」
「どうでしょう。僕は固有魔術ユニークを持ってませんし」
「へえ、珍しいな。汎用魔術コモンは?」
「全部上級まで使えます」
「絵に描いたような優等生だな」
「絵に描いたボロ雑巾の間違いでは?」

 船旅と登山のダブルパンチを喰らった僕の身体は、もはやボロ雑巾同然だった。意識は朦朧とし、足取りはおぼつかない。
 疲労困憊の僕を見て、アウゲンは身体を仰け反り大笑いした。

「もしかしてお前、歩いて来たのか?」
「なに言ってるんですか? 飛行魔術は固有魔術ユニークですよ。僕には使えません」
「いや、ほら」

 アウゲンが指さした先にはロープウェイがある。なんだロープウェイか…… 

「ロープウェイ!?」
「お前、気づかなかったのかよ……」

 憐れみの目で僕を見つめるアウゲン。やめてくれ。破戒僧に憐れんでもらっても何のご利益もない。
 僕が一層項垂れるとアウゲンは後頭部を掻きながら気まずそうな顔をした。

「まあ、なんだ。今日は寮でゆっくり休んでくれ」

 そう言ってアウゲンは僕の鞄を取り上げた。やっと休める。僕は安堵の表情を浮かべて顔を上げると……

「と言いたいところだが」

 アウゲンが真面目な顔をしていた。なんだろう。まさか即日解雇とかないよね?
 顔面蒼白の僕をよそに、アウゲンは顎髭を触りながら遠くを見ている。

「お前の他にもお客さんが来ちまったみたいだ。それも招かれざる客がな」
「招かれざる客?」

「魔人だ」

 急に背筋が凍るような気がした。

 魔人。魔術を使う凶暴な化け物。そして、世界魔術師協会が定める最大駆逐対象。つまり、僕たち魔術師の敵だ。

「あれは多分2級案件……いや、下手すると1級案件かもな」
「それは大変ですね」

「しかも今1級の奴がみんな出払っちまってるんだよな」
「……それは大変ですね」

「局長の俺がここを離れるわけにもいかんしなー」
「……それは大変ですね」

「どこかに実力が1級相当の3級魔術師とかいないかなー」
「……いないと思いますよ」

「そっかー。いないのかー。クラハシ・ユウキって奴がいた気がするんだけどなー。気のせいだったのかなー」
「……」

「チラッ、チラッ」
「……」

「……まさか、Uターンですか」
「……ファイト!」

 『ファイト!』じゃねえよ! 

 なんだそのキラキラスマイルは! 経典の角で殴ってやろうか、この破戒僧!
 僕が半分ガチギレしていると、アウゲンは少し申し訳なさそうな顔を見せた。

「悪いな。ちょうどお前の相棒も向かってる。挨拶ついでに頼むよ」
「相棒? どんな方なんですか?」
「お前と同じ3級魔術師。階級は低いが、すごい奴だ」
「すごい奴?」
「ああ、色んな意味で、なんていうか、その……すごい奴だ」

「……まさか問題児ですか」
「……ファイト!」

 『ファイト!』じゃねえよ! 
 子守に来たんじゃねえんだぞ! 
 だんだん目の前の破戒僧が悪霊に見えてきた。経典読んだら祓えるんじゃないかな、コイツ。この僧侶祓おっかな。
 そんな風に心内で愚痴りながらも、僕は諦めたように溜息をついた。

「場所はどこですか」
「町役場のあたりだ。今度はロープウェイ使えよ」
「言われなくても」

 僕は目の前の破戒僧を殴りたい気持ちを活力に変えて、ロープウェイのある方へ歩き始めた。あの破戒僧、あとで絶対祓ってやる。


 ---
「お腹空いたなぁ」

 町役場の前の近くのベンチで項垂れながら僕はぼやいた。よく考えたら朝から何も食べてない。
 っていうか、本当にいるんだよな魔人。さっきから全然反応ないけど。

「誤反応とかやめてくれよ」

 そう呟きながら、さっきからまるで反応を示さない杖の先の魔法石を睨む。

 魔人の捜索は主に4級魔術師の仕事だ。彼らは10km間隔に離れた交番に常駐し、24時間体制で魔力感知を行う。 
 もし異常な魔力が検知されれば、すぐに各支部に連絡がなされ、3級以上の魔術師が迅速に現場に向かい対処する。

 しかし、魔力感知は広く浅くが基本。精度は高くないし、強い魔人ほど魔力を隠すのが巧い。
 魔術師が現場来たときにはすでにもぬけの殻、なんてことはしばしばだ。

「っていうか、相棒も来ないし。先行ってるんじゃなかったのかよ」

 町役場の周辺はすでに住民が避難しており、怖いほどしんと静まりかえっている。これは逃げられたパターンかな。
 大きく溜息をつきながら腰を上げようとした、その時……

「お前、ここで何をしている」

 魔人が現れた。

 鹿のような角。黒い瞳に長く鋭い爪。黒いマントを羽織った人型の化け物。紛れもなく魔人だ。
 いや、そんなことは分かっている。それよりも……

「しゃべっ……た」

 魔人は基本口を聞かない。自我をもたない怪物だ。でも、目の前のコイツはたしかにしゃべった。1級案件……いや、準特級案件か。
 まずい。ここは一旦ひいて……

「受け取れ。子どもだ。お前が逃げればそれを殺す」

 魔人は片手にぶら下げていた男の子をこちらに放り投げた。僕は慌てて彼をキャッチする。ひどく怯えていて、声も出ない様子だ。だが、外傷はない。

 それよりもあの魔人だ。奴は僕が撤退できないような状況を意図的に作った。つまり、知能がある。間違いない。これは1級より上の案件だ。

 膝が笑う。勝算は薄い。でも、戦うしかない。ここにいる魔術師は僕だけなのだから。僕は男の子をベンチにそっと置くと振り向き、杖を魔人に向けた。

「お前を殺す」
「……そうか」

 魔人が鋭い爪をこちらに向ける。互いの目線が交わった瞬間、僕たちの魔術がぶつかりあった。


 ---
「ハア……ハア……あと何発くらい喰らえば死ぬんだ?」
「うむ。だいたい六十発ぐらいだな」

 冗談じゃない。上級魔術を使うのにどれだけ魔力を使うと思ってるんだ。もう二十発は喰らわせたが、残りの魔力はあと半分。どうやっても足りない。

 こちらが魔術を使うのを躊躇っていると、魔人は容赦なく魔術をぶつけてくる。火の上級魔術・爆炎エクスプロージョンの亜種か。黒い焔が轟轟とこちらに迫る。

「荒れ狂う水流よ! 龍の息吹となりて敵を呑み込め! 渦潮トルネード!」

 火には水だ。水の上級魔術で魔人ごと吹き飛ばす。魔術の火力はほぼ同等。それなら、弱点属性の魔術をぶつける基本戦術でこちらが優位に立てる、はずなのだが……

「ハア……硬すぎるだろ」

 魔人は毛程も効いてる様子がない。これじゃあジリ貧だ。確実に負ける。

「仕方がない。この手は使いたくなかったけど……」

 僕はあたりを見渡す。大丈夫。誰も見ていない。僕は大きく息を吸い込んだ。

「勇敢なる守り人よ! 己が命を供物として神聖なる存在を守護せよ!」

 魔人の眉が微かに動く。驚くのも無理はない。この魔術は世界中で僕にしか使えないのだから。
 僕は振り返りベンチに横たわる男の子と目を合わせた。そして無理やり口角を上げて笑って見せた。

「大丈夫。僕が守るから」

「天に昇りし焔よ。業火となりて地上の罪人を燃やし尽くせ。爆炎エクスプロージョン

 黒炎が迫る。火の熱気が頬を撫でようとした瞬間、僕は小さく呟いた。


「天を埋め尽くし黒雲よ。風神の名の下に大地を更地とせよ。暴風雨テンペスト


 ----
 黒風白雨が渦巻く巨大な塊は、白光と共に爆発し、辺り一帯を吹き飛ばした。遅れて爆音が耳を刺す。砂煙漂う爆心地に立つ魔人は半身を失っていた。

「……特級魔術か」

 魔人はこちらを睨みつけながら身体を修復する。表情で分かる。効いている。

「お前の魔力量が明らかに上昇した。強化魔術? いや、それとも……」
「大地を覆いし砂どもよ。土神の名の下に生命を塵芥に帰せ。砂塵嵐ダストストーム

 間髪入れず特級魔術を放つ。あと撃てるのは1発。完全に治癒する前に叩いてやる。砂嵐の中から魔人が顔を出す。身体は全身血塗れ。防御を捨ててきたな。

「短期決戦か。悪くない」

 魔人が膨大な魔力を凝縮させる。あれは特級魔術か。こちらも杖を構える。

「さあ、どっちが最後に立ってるかな」

 緊張が走る。土煙が消え、視界が開ける。視線が交錯した。

「地獄より……」
「地中より……」
「うおりゃー!!!」

 ……え?


 ---
 それは魔術と言うにはあまりに原始的だった。
 詠唱もないし、魔法陣もない。形はいびつだし、何より馬鹿デカい。もはや、ただの水の塊だよ、アレ。
 っていうか絶対シュート回転したよな。野球かよ。魔人に吹き飛ばした後、思いっきり家屋の方に曲がって、どっか飛んでったぞ。どうすんだよこの惨状。

 魔術らしきものが発射されたあたりを見ると、黒髪の少女がマウンド上のピッチャーの如く腕を上げて立っている。
 いや、見逃し三振とったみたいな清々しい顔するな。野球なら間違いなくデッドボールだよ。僕は恐る恐る彼女に質問した。

「あの、さっきの馬鹿デカイ水の塊ってなんですか?」
「ん? 魔術だよ」

「いや、『うおりゃー!!!』って言いましたよね」
「言ったね」

「詠唱とか技名は……」
「詠唱って長いじゃん」
「はあ……」
「覚えるの苦手なんだよね」
「ええ……」

「技名は……なんだっけ?」
「……」
「あっ、水球ウォーターボール!」
「違います。断じて違います」

 引いた。脳筋すぎる。
 例えるなら、狙撃手が剛腕ふるって拳銃投げつけてるようなものだ。
 あるいは、剣士が聖剣を背負ったまま猛タックルしてくるようなものか。
 恐怖過ぎる。ホラー過ぎる。あれで死んだ魔人可哀想過ぎるだろ。

「なんか失礼なこと考えてない?」
「まさか。脳筋だなんて思ってませんよ」
「失礼な。私はインテリだよ」
「なるほど。脳筋だからインテリの意味を知らないんですね」
「そう言う君は失礼の意味知ってる?」

 よく見ると、シャツ山の公園で見かけたあの少女である。見た目は可憐な少女なんだが、まさか脳筋娘だったとは…… 
 ん? ちょっと待てよ。ここに来たってことは……

「もしかして貴女、僕の相棒ですか?」
「うん。そうみたい」
「あの、もう少し早く来てほしかったんですが……」
「ごめん。途中で眠くなっちゃって。公園で昼寝してた」
「ええ……」
「でも、ほら。寝坊って百両の幸福じゃん。仕方ないよね」
「すいません。どこの水王ですか?」
「ここの水王だよ」
「いや、どこの水王だよ」

 アウゲンさん。この娘ちょっとすごすぎます。僕の手には負えそうにありません。どうか返品させてください。

「君がまた失礼なことを考えてるのは見逃すとして、この子を帰さなきゃね」

 そう言うと少女はベンチに向かい、ぶるぶる震えている男の子を抱きかかえた。よしよしと頭を撫でようとした瞬間……

「うっ、うわーーん」
「えっ、なんで泣くの?」
「貴女が魔人に見えるんじゃないですか?」
「失礼な。私は天使だよ」

 いや、天使はあんな脳筋魔術使わねえよ。
 そんなツッコミを脳内で処理していると、けたたましい音が鳴る。戦闘の終了を知らせるサイレンだ。
 遠くから男の子の母親らしき人が駆けてくる。少女が男の子を渡すと、母親は我が子を抱き激しく泣いた。
 潮風が震える母子の肩を撫でる。その光景を見ただけで、命を賭けてよかったと思うことができた。


 ---
「それで……これ、どうする?」
「あー……」

 町役場の前は散々たる有り様だった。僕が撃った特急魔術で地面がえぐれてるし、なによりどこかの脳筋娘のせいで家屋がいくつか吹き飛んでいる。

「支払いはあの破戒僧にさせましょう」
「破戒僧って、アウゲンのこと?」
「だって破戒僧じゃないですか」
「まあ、破戒僧だね」
「破戒僧だからいいでしょう?」
「うーん……ま、いっか。破戒僧だし」

 よし、解決。
 だいたい、準特級案件に3級魔術師を派遣したアウゲンが悪い。そして、この脳筋娘を派遣をしたアウゲンが悪い。
 全ては破戒僧のせいだ。

「そういえば、名前を聞いてませんでしたね。僕はクラハシ・ユウキです」
「私はマイム。よろしく」

 マイムが手を差し出して握手を求める。小さな手だなぁ。この手からあの魔術もどきが出たのかぁ。ギャップ萌え……いや、萌えないなぁ。

 僕が手を握ろうとしたそのとき……

「ぐ~」
「わあ、すごいお……」
「ぐぎゅ~」
「……」
「……」
「……まずはご飯食べよっか」
「……そうですね」


 ---
 東国から左遷されてきた優等生魔術師と、詠唱と技名を知らない脳筋魔術師。 
 山と海に囲まれた小さな町を守る二人の魔術師は、皓々と輝く秋月の下でお腹を空かせながら商店街へと足を向かわせるのだった。
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