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二章_本編

十三話

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「んっ……、」


「兄上…、口抑えないで。」


湖から出た後、そう言いながら俺の服に手を入れるヴィンセント。

けれども今の俺にその言葉の返事を返せるほどの余裕もなく。

俺は自分の指を咥え必死に声が出ないようにする。

ヴィンセントの膝に対面で跨る俺はどうしてこうなったのか…。そう思わずには居られなかった。

目の前には見た事ない顔をしている我が義弟、ヴィンセント。

なんでこんな流れになったのか何も分からぬまま服の下に手を入れるヴィンセントにまともに抵抗もできない。

それにこんな欲情したような表情なんて見てしまえばどうやって抵抗すればいいのか分からない。

そんな事を考えながら必死に訳も分からぬ感覚にぎゅっと瞑っていた目をあける。


「…ヴィ…ンッ…!!」


「ふふっ、兄上、顔とろとろ。やっぱり兄上は可愛らしいですね。」


「……ヴィンッ!! いい加減になさい…っ、」


そう言いながら変な感覚に思わずヴィンセントの首に顔を埋める。

あぁ、いつも以上に言葉が思いつかなくて困る。

この状況を打破する方法も思いつかず、下手に動くこともできず段々と濡れた髪と服によって体が冷えていく。

そこで俺はハッと思い出す。

とてつもなく寒い…っ!!

それはとてつもなく阿呆っぽい発言だがとにかく、だ。

まだ冬に入ってないにしろ今の季節は秋。
しかもこの国がある地域は他のところに比べ、平均気温が低く、真冬になればマイナスはいかないものの前世、俺が住んでいた日本に比べかなりの極寒になる。


(ヴィンセントの体温でまだ比較的マシだが、このままでは確実に風邪をひく…。)



俺は前世でも今世でも一人で堪えることは得意だから問題ない。


しかし、ヴィンセントは駄目だ。
昔に一度、風邪を引いた時あんなに苦しんでいたのだ。


見舞いを行った時は俺の手を片時も離さず、息苦しそうな表情は思い出すだけでも胸が痛い。


俺は別に風邪を引いてもいいがヴィンセントが心配だ。


俺は埋めていた顔を上げ、意味深に動かすヴィンセントの手をぐっと掴み



「ヴィン…っ、もうやめなさい。このままではお前が風邪を引いてしまう。 」



そう言いながら困ったように上を見上げる。
体制的に上目遣いになるが……今は気にしたら負けだ。


俺の言葉に無言でこっちを見つめてくるヴィンセント。


その視線に答えるよう、掴んでいた腕を離し手と手を合わせるように握り直す。



「はぁ、こんなに冷たくなって…。夜になる前に早く王都へ向かおう。」



「兄上…ですが私は大丈夫ですのでっ! っていうか今の状況理解していますかっ?」



握りしめた手を引かれ、ヴィンセントの胸に飛び込むようにぎゅっと抱きしめられる。


ヴィンセントの顔が頭にのっているからか頭が重い…。


寒さで冷静さを失っていた頭が段々と冴え、この状況を客観的に見ることで距離感がおかしいことに気づく。


しかしこれは……もしかするとアランが言っていたヴィンセントなりの親睦の深め方なのだろうか。

だとするとこの距離感にも合点がいく。



そんな事を考えながら目の前にいるヴィンセントの問に頭を傾げながら答える。



「安心しなさい。私は分かっているからな。」


「いや、なにを?! 絶対違うって事だけは私にも分かります! だから聞きますがさっきみたいに私に触られて何か感じませんでしたか?」


「? 感じる? よく分からない。」


「こう胸が~的な。」



気持ち的な問題ってことか?
俺は心の中で顎に手を当てる。



もしや距離が近い事だろうか。

けれどそれは彼なりのやり方なんだろうから多分ちがう。


まぁさっきのヴィンセントの欲するような表情は気がかりだが。


そんな考察をしながら目の前にいる子犬のような顔をしたヴィンセントを見つめる。


しかし本当にいい顔だな。
流石主人公と言ったところか。

こんないい顔前世でも今世でもそう拝めるものではない。


そう思いながらじーっと見つめる俺の視線に居心地が悪そうに繋がれていない方の手で頬を挟む。

俺はふと我に返った。



「……?」



突然の行動に驚きで顔に力が入る。

いつまで経っても途切れない視線に目を逸らそうとした時だった。


息を飲むような音が聞こえ頬を掴む力が強くなる。

それは俺の目を逸らさせないとでも言うかのようだった。


暫く沈黙が続く。


するとポツポツと話し始めたヴィンセント。


「……兄上がなにも思って下さらないのは私がまだ子供だからですか?」


疑問に思いながらも悲しそうなその表情を俺はただ、じっと見つめていた。






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