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一章_出会い
八話
しおりを挟む「兄上! 気持ちよかったですねっ!兄上が私の体を洗おうとしたのは驚きましたが……」
無表情で詰めてくるのはよりいっそ怖かった、と言うヴィンセントの目は遠い目をしていた。
そんなに嫌だったのだったのか……。
今の所ヴィンセントに嫌われていそうではないが調子に乗るのは辞めておこう。
下手にヴィンセントの機嫌を損ねては俺の身が危ない。
すると横から思い出したかのように俺に向かって話してくる。
「兄上は人に洗われるの慣れていらっしゃったみたいですが……誰かに洗われた事が?」
そう言いながら少し原作に近しい雰囲気になる。
(もしかして俺、なんか地雷踏んだ?)
考え出すと冷や汗が止まらない。
けれど何がそんなにお気に召さなかったのか全くと言っていいほど検討がつかない。
とりあえず気にせず答えよう。
「……使用人だが。ヴィンも普段は使用人に洗ってもらう事になる。」
「あっ、そうでした。貴族ですもんね、当然っちゃ当然か……」
そう言うとあからさまに気分が下がったように見えるヴィンセント。
(何故そこでそんなに落ち込む……?! このまま訳も分からぬまま死ぬなんて絶対嫌だぞ俺!)
ヴィンセントが落ち込んでいる理由が分からず頭を悩ませていると横から小さな声が聞こえてくる。
「……兄上とこれで一緒に入るの終わりか、少し寂しいですね__」
と。
声音的に独り言だろうがその一言でなぜ落ち込んでいるのか理解した。
俺と入る風呂がこれで終わりと考えたら寂しくなったってことか。くぅ~っ、可愛いヤツめ!
俺は俯くヴィンセントの名前を呼び彼が此方を見たのと同時に口を開いた。
「……偶になら一緒に入ってやらん事もないが。」
「! いいのですか?!」
そう言いながら食い気味かつ笑顔でこちらを見るヴィンセント。
原作でも随一顔が良いと設定で書かれていただけある。横でウキウキとしながら歩く姿を見ると、とても可愛らしい。
けれどこんな天使でも扱い方を間違えればすなわち【死】だ。
傍から見ればこの子が人を殺すなど考えられないだろう。
恐怖で体が震えていると不思議そうに俺の顔を覗いてくる。
「兄上? 顔色がよろしくありませんが大丈夫ですか、?気分がよろしくないのでしたら話は明日でも……」
「……いや、大丈夫だ。気にする事はない。少しのぼせてしまったようだ。__もうすぐ部屋に着くからそこで君の話を聞かせてくれ。」
「はい……」
それから一言も話さず部屋への道を歩く。
そして、俺はドアの前に扉を開け先にヴィンセントを入らせた。
「こ、これが兄上の部屋……ですか。」
目をキラキラとさせながら部屋を見渡す。
そんな目で見るものだから何も恥ずかしいものはないけどヒヤヒヤしてくるな。
(……疾しい物は無いけど早く本題に入りたい。)
そう思っているとヴィンセントはソファの前に立ち指を指す。
「こちらに座ってもよろしいんですか?」
そう言いながら俺を見つめる瞳には不安の色が浮かんでいた。
ま、養子に迎え入れられたばかりの彼ではまだこの屋敷は落ち着かないか。
そう一人で納得しながら簡潔に良い、とだけ答え、向かいにあるソファに座り、話し始める。
「それで、話とはなんだ。」
その言葉を聞くとヴィンセントは体をピクっとさせ俯いてしまう。
そんなに後ろめたい話なんだろうか。
それから何分か経っても彼は話し始めない。
俺は小さく溜息をつき弟が何を考えているのか先に当て、話しやすいように雰囲気作りから始めようと。そう思い小説の内容を思い出す。
(_あぁ、そういえばヴィンセントにはここに来る前、唯一弟のように可愛がっていた子がいたと書いてあった事があるな。)
確かその子は”ロバート”と言ったか。 このまま待ってても何も進まない。
ならばこちらからこの話を一度切り出してみるのもありだな。
「ヴィン、君が悩んでいる理由は”ロバート”という少年の事か。」
「な、何故その名を貴方が知っているのですか。」
すると図星だったらしく目を見開くのと同時に警戒心が強くなった。
(これは下手な事を言ったら終わりだな)
そう思いながらも慎重にかつ、敵意が無いことを伝える為、話し始める。
「……君が来る前、少し君の事に関して調べさせてもらった。君が我が家の害になる人物ならばそれに伴って対処しなければいけない。」
ヴィンセントについて調べた、と言うのは事実だ。
俺がこの体に入り前、つまり本物のセドリアが彼の事を彼が入る少し前に彼の交流関係など家の害にならないか調べ尽くしていた。
やる事はえげつなかったセドリアでも家に対する愛情はあったし、大事になる前に対処し両親に褒めてもらいたかったってのもあるだろう。
俺はそう考えると悲しくなった。彼は彼なりにずっと頑張っていたのにな、と。
すると直ぐにヴィンセントの否定するような大きな声がかえってくる。
「なっ……私はそのような事は絶対にしません! 神に誓って、絶対に!」
そう言うとはぁはぁ、と息切れし此方を見るヴィンセント。
「分かっている。別に君が害になるような存在だとは思っていない。ロバートの事を話したのは、君が話しにくそうだったから此方から話しただけだ。」
そう言うとヴィンセントはハッとし今までの態度に関して謝ってくる。
「し、失礼な態度をとってしまいすみませんッ! 外から来るのですから調べるのは当然ですよね。」
「はぁ……何度言ったら分かる。たかがそんな事で私は怒らない。ヴィンは私がそんなに怖く見えるのか。」
「そんな事ありませんっ! とても優しそうに見えますよ! 少し表情が分かりにくいものですから……わ、笑ってみるとか?」
俺の顔色をうかがいながらそう言うヴィンセント。
つまりそれって俺に表情の変化がないから怖く見えるって遠まわしに言ってないか……?
しかしこの顔で笑う__笑えるのか?
この一日、表情筋が動いた感じが一切しなかったが。
「笑う……か。」
「はいっ! 笑う、でございます!」
「ふむ、笑う。こうか?」
「……兄上、さっきと何も変わっておりません。」
「…………そうか。」
それから無言の時間が流れる。
なんか気まずい__
折角アドバイスをくれたのに実行できなかった俺情けなさすぎる。申し訳なくて部屋に閉じこもってしまいたい。
……早く話を終わらして寝よう。
俺は咳払いをし、さっきの話の続きをし始めた。
「コホンっ……ロバートの件だが君が心配しているのはちゃんと暮らせているかどうかだろう。」
「はい、彼は楽しそうに暮らしているのでしょうか。」
「楽しそうかどうか分からんが調べた結果、ある男の養子になったと。」
「ある男……?その人は優しい方なのでしょうか。」
「いや、私も詳しくは分からない。が様子を見に行くことは出来る。」
「それはつまり?」
「私も丁度そこの村に用があった所だ。私が用を済ましている間に彼に会いに行くといい。私が話をつけておく。」
「! 本当によろしいのでしょうかっ!」
「あぁ、しかし少し行くのは遅くなるが良いな。」
「全然大丈夫です!ありがとうございますッ!」
そう言って喜ぶヴィンセントを見て安心したのと同時に、これからやる事の多さに頭が痛くなる。
(はぁ、あの村に用事など無いが私の安否の為だ。 死ぬよりはマシだろう……。)
その日はヴィンセントに夜遅いから、と伝え俺は一人になった部屋で倒れるように眠ったのであった。
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