朔の向こう側へ

星のお米のおたんこなす

文字の大きさ
上 下
32 / 36
アイウス編

十五本目『信じる者』①

しおりを挟む
「なんで何も言ってくれないんだ? ……セオドシア」

 ほんの、一言二言で良かったのだ。
 一時でも彼女セオドシアを信じるには、それで十分だった。

『ジェルマの言ってることは嘘っぱちだ。私の事を信じてくれ』

 そんな陳腐な取って付けたような台詞だって、デクスターの中では真実だと受け取るだろう。実際、彼が求めていたのはそういう言葉だった───だが、開かれた彼女の口から発せられたのは、そんな優しい言葉ウソでは無かった。

「──ジェルマの言う通りだ。あの朔も、月住人ムーン=ビーストも、全部私が作って──それを君に黙っていた」

 ───ピシッ。
 デクスターの中で、そんな何かにヒビが入った様な音が聞こえると、デクスターは喉元で堰き止めていた言葉を口に出してしまう。

「僕のお父さんが死んだ時……どんな気持ちだったんだ?」
「…………」

 デクスターは目元に血が一気に集まったみたいに熱くなって、言いながら涙を流してしまっていた。

(言ってしまった……敵が近くに居るのに……言うべきじゃないって分かってたのに……)

 分かっていても、止められない。
 ジリリッと鳴いて背に立つ化生のものに、背後で喋るように舌で舐められ、脅されているような気分だった。

「お父さんに乗り移った月住人倒す時……何を思ってたんだ? 他の月住人だって……どんな気分で倒してるんだ……?」

 優しく、強く、頼りになり──月住人となって死んでしまった父の顔。
 旅の間、苦楽を共にして見た彼女の様々な顔。
 それらが、デクスターの脳内を駆け巡る。
 そして、亡き父の笑顔と、彼女の笑顔がぶつかり合い、彼の中で弾け、言葉となった。

「なんでいつもヘラヘラ笑ってられたんだよッ!?」

 ジリリッ──ジリリッ───。

 背に立つそれはまだ鳴き止んでくれない。

「僕の作ったご飯食べる時も、月住人を倒す時も──ずっとずっと、人を馬鹿にしたようにヘラヘラヘラヘラと───なんで楽しそうに出来たんだよッ!?」

 父を亡くしたデクスターにとって、セオドシアは新しく出来た家族のように思えて来ていた。それなのに───。

「あの日──僕を連れてったのも、贖罪のつもりだったのか──?」

 出会った日全ての出来事が、彼の心を壊さんとする毒刃となって突き刺さる。
 言い切って、目に涙が溜まって何も見えない事に気付き、それを拭って改めて彼女の方を見る。
 ──それを目にした瞬間、彼の背に立っていた化生は、コトンと音を立てて、影も残さず消える。
 それは、旅をしてきて、一度だって見た事もない彼女のだった。
 不安。悲しみ。恐れ。そうした押し隠すことの出来ない幾つもの感情が混ぜこぜになって、ベッタリと張り付き、彼女を別人のようにやつれたように感じさせた。

「──作ったのは私だ、私は嘘は吐かない、君がそういう反応すると思って黙ってた───だから、許さなくていいよ」

 へらりと笑ってそう言う彼女を見たデクスターは、それ以上何も言わなくなり、矢筒に入っていた矢を一本取り出し、弓を構える。

「ほぉ? こりゃあ見物って奴だな」

「デクスター君……」
「…………」

 二人の間に流れる空気を煩わしく思ってか、ジェルマが囃立てるように口笛を吹き鳴らし、セオドシアはただデクスターの一連の行動を眺めていた。
 そして、彼はいつもの射撃のルーティンで、息をふぅっと息を吐くと──


 その矢をジェルマの喉に向けて発射し、命中させる。

「カハッ!?」
「えッ!?」
「──うぉおおおおおおおッ!!」

 デクスターは叫びながら、ジェルマに向かって更に矢を連射する。
 やたらめったらに射っている様に見えたそれは、肩、胸、脇腹、額、どの矢も外れる事なく命中する。

「えぇ……? すごぉ……」
「何ボサっとしてんの!? セオドシアも戦ってよ!!」
「いや、戦うけども──何故、私を撃たない?」

 そう聞くセオドシアに対し、矢を撃ち付くしたデクスターは、彼女に向かって口を開く。

「……セオドシアがあの空を作ったの『は』分かったよ……けど、作っただけで、こんな世界にしたんじゃない……でしょ?」
「え? まぁ、そうだけど……」
「ならこの話はここまで! 後でしっかり説明して貰うけど……兎に角グチグチ言ってないで戦うよッ!!」

 そう言って、デクスターは傷を治していくジェルマの方を覚悟を決めた眼差しで睨み、臨戦態勢をとる。

「デクスター君────グチグチって君、さっき凄い叫んでたよね? あと、矢が無くなったから君戦えないじゃん?」
「ほんっっっと正直過ぎるんだよセオドシアはッ!? さっきだって嘘吹いちゃえば良かったのにさ!!」

 そんな二人のやり取りを見て、ジェルマはゲラゲラと笑い声を上げる。

「フフハハハハハッ!! この俺を放っぽいて漫才とはなぁ? 超絶腹立つなぁ~?」

 ジェルマがそう言って手を広げると、凄まじい重圧が二人を襲う。

「うわっ!? 急に体がッ!?」
「『霊障』───気を付けて、どうやら本気を出すらしい」

 すると、ジェルマの足元から渦を巻いて黒い灰が彼を覆っていく。
 それを、セオドシアは一度、戦場で見ていたので、すぐに察する事が出来た。

「おいおい……炭化した兵士は死霊術に使えないんじゃ無かったのかい? 設定守れよコノヤロー」
「フフフ……それを出来る様にする為に、秘術を手に入れたって奴だぜ」

 地上から伸びるいくつもの黒い亡者の灰が繋がり、やがて朔に塞がれた夜すら覆う黒い嵐になった。
 それは徐々に大きくなっていき、ジェルマの姿を完全に覆い隠すと

 ──── ゴォオオオッ!!!!

  と言う音と共に、それはある生き物の形を象り始める。

「──あっ、不味い」
「御覧あれ──『灰燼に帰す者シン・アヴィス』ッ!!」

 ◆◆◆

 一方、『金剛の武者ダレラトール』を倒したパジェットは、イアンと共に潰れた拳や折れた脚の治療を受けていた。

「『霊障』が収まりましたね。しかし、この異常な熱さと乾きは一体……」
「向こうで俺から奪った夏式なつしきの秘術で奥義を使ってんのか?」
「だとしたら、ここまで熱気が伝わるなんて、相当の霊力を持っている証拠だ……死霊術師……はいいとしても、デクスターの身が危ない……早く助太刀に行かなければ……」

 その時である、突如ジェルマの屋敷が爆音を上げて吹き飛ばされたかと思えば、砂埃を突っ切って、上空に巨大な影が現れる。
 三人は唖然といった表情でもって、それを見上げ、その正体を知る。
 灰だ──。
 大量の灰と炎で形成された火の鳥が空高く舞い上がったのだ。

「な、何だありゃあッ!? 俺の秘術にあんな奥義ねぇぞッ!?」
「きっと死霊術を使った応用だろう……取り敢えず、そうとしか考えられん」
「あっ、見て下さい! 何かを追いかけて───大変!? デクスター君とセオドシアさんですわ!?」
「「何だ(です)って!?」」

 目を凝らしてよく見ると、セオドシアは『葬れぬ者ギガゴダ』の手のひらの上に乗り、デクスターは『影から移る者クラヴィス』に抱えられ、灰の怪鳥に追い掛けられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

いずれ最強の錬金術師?

小狐丸
ファンタジー
 テンプレのごとく勇者召喚に巻き込まれたアラフォーサラリーマン入間 巧。何の因果か、女神様に勇者とは別口で異世界へと送られる事になる。  女神様の過保護なサポートで若返り、外見も日本人とはかけ離れたイケメンとなって異世界へと降り立つ。  けれど男の希望は生産職を営みながらのスローライフ。それを許さない女神特性の身体と能力。  はたして巧は異世界で平穏な生活を送れるのか。 **************  本編終了しました。  只今、暇つぶしに蛇足をツラツラ書き殴っています。  お暇でしたらどうぞ。  書籍版一巻〜七巻発売中です。  コミック版一巻〜二巻発売中です。  よろしくお願いします。 **************

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

処理中です...