朔の向こう側へ

星のお米のおたんこなす

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アイウス編

十三本目『金剛の武者』

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「ゲェ~ゲッゲッゲッゲッ!! 奇襲成功~ッ!! どうだ見たかってんだこの肖像権違反野郎───いたっ!? なんだよデクスター君!? 弓で私の脛を打つのはやめたまえよ!」
「主人公登場じゃあないよ……遅いよ!! お陰でセオドシアの正体とかバレちゃって……もう兎に角、色々と大変な事になっちゃったんだからね!?」

 セオドシアの『葬れぬ者ギガゴダ』に轢かれたジェルマは、イアンの屋敷を吹き飛ばしながら飛んでいき、辺りには砂埃が舞っていた。

「まぁ、良くない? 死霊術師ってのは本当だし、そこらの兵士に私が捕まると思えないしね」
「~~~ッ!! それで片付けていい問題じゃ──……」
「よせデクスター、相手にするだけ体力の無駄だ、本人がそれでいいと言うのだから、この件は一旦置いといて……目の前の問題を解決せねばな」

 口喧嘩をする二人にパジェットがそう言うと、殴り飛ばされたジェルマは砂埃を、炎の翼を展開して吹き飛ばし、皮膚や衣服を修復しながらセオドシア達の元へと歩いてくる。

「ハッ、しっかり不死身かい。しかしその様子じゃしっかり痛みは感じている様だ……それとも計画がおじゃんになって怒り心頭なだけかな?」
「ぐっ……何故だ、一体どうやって奥義を……」

 ジェルマが素直な疑問を零すと、セオドシアは両手のひらをヒラヒラと向け、顔をへのへのもへじの様な変顔を披露しながら煽る。

「敵に教えるわけないだろう? 常識で考えたまえこの……ヴワァ~~~カ」
「……そういう所、ほんっっっと嫌いだったよ……」
(わかる……)

 そんなジェルマの言葉に、パジェットまで思わず共感してしまう程に、本物の彼女はウザかった。

 ◆◆◆

 セオドシアはああ言ったが、この話を読む読者には説明が欲しい者も居ると思うので、ここに記す。
 セオドシアは毎回月住人ムーン=ビーストを倒すと、その肉体から離れた彼らの魂を取り込む。本来一つしか魂の入らない筈の肉体にそんな事をすれば、魂は自身を捕らえる皮袋カラダを突き破る危険性があるのだが、セオドシアによって痛みの拷問を受けた魂は多少の不快感ストレスを彼女に与えるだけに留まり、彼女の死霊術のソフトウェアとして大人しく従う様になる。そしてこの取り込む行為は新たな手駒を増やす以外にも、別の使い方が出来る。それは、乗り移っていた肉体の残留思考───を覗く事が出来るのである。
 普段であれば、気味の悪い邪魔な広告の様なものでしかないのだが、今回はこれが役に立った。セオドシアが『影から移る者クラヴィス』の魂を取り込む際に覗いた記憶の内容は、リンゴ……の、フリをしたジェルマによって顔を熱され殺される光景だった。どうやらジェルマはリンゴと成り代わってイアンとそれに従事する者達に近付き、顔を熱する事でリンパ管や血管を拡張、整形することで偽装していたのであった。
 この時からセオドシアに罪を擦り付けるつもりで動き出している事を彼女自身知ったのだが、相手が事実を幾らでも捻じ曲げられる立ち位置に居り、実際死霊術師であるだけに弁解は無理だと考えこれを後回しにする事にした。やけにあっさり諦めるなと思われるだろうが、セオドシアも議員の持つ事が出来る秘術の存在は知っており、彼がそれを使って何をするかは大方の予想が付いた。そこで先ず彼女が始めたのは『自分が戦う事が出来ない程に負傷している』と偽装する事である。最初はデクスター達にも協力してもらおうかと考えたが、嘘偽りを嫌う馬鹿真面目な退魔師と嘘も吐いた事も無さそうな子供に話すのは危険と考え、シスター・セリシアにだけ協力を仰いだ。
 理由は治療された際に負傷の偽装を頼んだ為だったのだが、これが偶然にも功を奏した。シスターは秘密を持つ素振りを見せない程に口が堅く、パジェット達が敬愛する人物である事もあってそもそも疑われもせず。加えて彼女が持つ聖術による治療のお陰で大量の血液を消費しても問題なく活動する事が出来たのだ。これでセオドシアは二人に戦いを任せつつ、作戦の準備を着々と進める事が出来た。
 しかし、街中に血液をばら撒けばどうあっても気付かれてしまう。
 そこで彼女が目を付けたのは『影の中』である。クラヴィスの影の中が実際の座標軸と同じ場所に出る事が出来るのは実証済みである。
 セオドシアは影の中で血液の線を引き、攻撃に反応してクラヴィスの能力が発動する『陣』を作り、ジェルマの計画をにして現在に至るのであった。

 ◆◆◆

「まぁ、まとめて言っちゃうと、私が天才だからってぇ事~……って、ん? どわぁ~ッ⁉︎」

 腰に手を当てリズミカルに揺らすセオドシアの足元をジェルマは爆破し、門の上から落下させる。

「よくやった、ジェルマとやら」
「何褒めてんだい!? 危うく頭から真っ逆さまだったぞ!?」

 セオドシアは地面に衝突する前にギガゴダの上に乗って事なきを得ると、改めてジェルマと対峙する。彼は計画を台無しにされた怒りを表す様に、その手足からバチバチと火花を散らしていた。

「ふざけた真似をしてくれたって奴だ……まぁ、上手く行きすぎてもつまらないからなぁ……相手してやるよッ!!」

 するとジェルマは指を二回、崩れた屋敷に向かって鳴らすと、中から何かが飛び出し、彼の傍に降り立つ。

「遊んでやれ。『金剛の武者ダレラトール』」

 それは全長二メートルはある巨漢で、その皮膚は黒い光沢を放ち、頭部からは牛の様な二本の角が生えていた。
 その姿はまるで、鬼の様であり、排除すべき敵を捉えると、いびきに似た唸り声を鳴らし、威嚇する。

「ダレラトールぅ~? ダレダオマーエの間違いだろ、知らないぞあんな月住人」
「中々硬そうだな、あっちはボクがやる。お前は旧友と語らって来い」
「友達じゃあないわいッ!!」
「フフフ……ひでぇ旧友の扱いだな……」

 ジェルマの言葉を最後に、それぞれの間に静謐な緊張感が漂う。

(始まる……いよいよ……)

 デクスターは固唾を飲み込むと、弓を構えて今か今かと待ち構える。
 そして、誰よりも我慢が苦手なによって戦いの火蓋は切られる。

「来いッ!! クラヴィスッ!!」

 セオドシアがそう叫ぶと、ジェルマの影からクラヴィスの腕が飛び出し、彼を影の中へと引き摺り込む。

「屋敷で戦うッ!! ここは任せたッ!!」
「ッ!! 僕も行くッ!!」

 ジェルマを分断し、自身も影に飛び込むセオドシアにそう言われ、デクスターは彼女を追い掛けようと門を降りて屋敷へと向かおうとする。すると、それを見たダレラトールは彼に向かって突進する。

「させんッ!!」

 パジェットが地面を殴ると、奴の進行方向に茨が生えて壁を作られ、その勢いをデクスターに到達する前に殺す事に成功する。

「■■■■■■■ーッ!!」
「ありがとう、パジェットさんッ!!」
「礼はいい、あの馬鹿を手助けして来い」
「うんッ!!︎」

 パジェットは向かうデクスターを見送ると、更に地面を殴り、ダレラトールに向かって更に茨を飛ばしてその体を貫こうとする。
 しかし、ダレラトールの皮膚はそれを弾き、逆にパジェットに対してその巨腕を彼女の居る真下に向かって振り下ろす。

「遅いッ!!」

 パジェットはそれを冷静にダレラトールの攻撃を避けると、その足を払おうと右脚で思い切り蹴る───が、

「うぐッ!?」

 それでダレラトールが転倒する事はなく───代わりに打ったその足からピキッとヒビが入る音がする。

(金属の固まりか何かか……コイツッ!!)

「■■■ッ!!」

 そのままパジェットを踏み潰そうとダレラトールはその右足を振り上げるが、パジェットは間一髪で避ける事に成功。
 しかし、パジェットの足は先程の攻撃によって骨折し、裾を捲ると紫色に折れてしまっているのが見て分かった。

「大丈夫ですかパジェットッ!?」
「問題ありませんッ!! シスターは治療を続けていて下さいッ!!」

 そう言って、パジェットは片膝を付いたままダレラトールを見上げると、かきたくもない汗をかき、おかしくもない笑みが込み上げてしまう。

「ボクも修行が足りないな……」

 ◆◆◆

「凄いな……コレが死霊術師同士の戦い……」

 一方、屋敷の方では人間離れした怪物同士の激闘が展開されていた。
 ギガゴダとジェルマの拳が衝突する度に、紅と青の火花が飛び散り、廊下の窓から見える木々に囲まれた庭先に明るい彩りを加える。その中で、デクスターは援護の為に矢を放つが、着弾した矢は途端に燃やされ、ダメージになった様子は無く、まるで付け入る隙が無かった。

(ダメだ……通常の武器じゃ妨害にもならない……もっと強力な武器を……)

 助けに来たと言うのに、これでは面目が立たないと悔しがるデクスターを横に、二人は廊下を駆けながら、言葉を交わす。

「あの退魔師───パジェットだったか、置いて来てよかったのかぁ~? 聞けばチェリーザの小間使いのガキ程度に翻弄されてたって奴なんだろう? 助けにいかなくて平気なのか~い?」

 ハッタリでは無い、ジェルマには自信があった。ダレラトールはジェルマ自身によって改造された月住人であり、身体能力にして『蹂躙せし者ホワイプス』の性能の六倍を誇り、その皮膚は兵士に義務付けられた炭素化術式を実践向けに変更を加え、名が表す様に金剛ダイアモンドと同等の硬度を誇る。銃や刃、戦車だろうが傷付かない者を、ただの人間が壊せるわけが無いのだ。それを聞いたセオドシアは呆れ顔で耳をほじると、残念な子供を諭す様に言った。

「───ハァ……君って可哀想な奴だなぁ、君が喋る度に惨め過ぎて憐れみが湧いてくるよ……彼女をまだ人間と思ってるらしい……アレは──……」

 ◆◆◆

「よし……取り敢えずは……問題なしだ」

 パジェットは折れた足を茨でコルセットの様に固定し、二、三度地面を小突いて強度を確かめると、ダレラトールの元まで歩く。あともう一歩歩けばぶつかるくらいの距離まで来ると、ダレラトールを睨み、その両手のひらを見せる様に突き出した。ダレラトールはその行動に疑問符を浮かべ、動かないでいると、パジェットが口を開く。

「理解出来ないか? という奴だ……それとも理解わかっていて動けないのか? デカいのはそのナリだけか……小物が」
「───■■■■ッ!!」

 ダレラトールはその言葉の意味を汲み取ったのか、自分より遥かに小さい彼女の手を握り、押し潰さんと万力の様な力を込める。

「───ッ!!」

 パジェットは歯を食い縛り耐えるが、その額には汗が滲む。
 段々と彼女が立っている地面もひび割れ、めり込んでいく。

「……やれやれ、何年経ってもやんちゃな子ですね」

 しかしシスターはそれを見て案ずる様子は無く、まるで運動会で子供が踊る姿を見守るみたいな心持ちで、呆れた様な優しい声を上げる。

「■■■──?」

 目の前の人間の娘を見て、ダレラトールは思った。

『おかしい、この人間。何故まだ潰れない? 何故膝を付かない? いや、そもそも───人間なのか?』

 ダレラトールの目に映っていたのは、貧弱そうな人間の小娘ではなく。
 二メートルはある自身の巨躯すらも凌駕する。
 地獄の絵を月夜に映した様な────小鬼であった。

「■■■ッ!?」
「ウォオオオオオオオッ!!」

 気付けば、地面を踏み締めていた筈のダレラトールの足は宙を浮き、パジェットによってその頭を地面に激突させられる。

「──まだまだァッ!!」

 ダレラトールを握るその手に力を込めると、パジェットは再度持ち上げ、何度も叩き付け、振り回し、手頃な壁に向かって投げ飛ばした。

「フゥ~……やはり投げ技なら、拳は痛まずに済む」

 パジェットは改めて、自身の周りを見渡す。

「───守るべき営みも、加減するべき子供が相手でも無い。
 ようやっと────」

 そう言ってパジェットはその両拳に茨を巻き付け、カチ合わせると、

「───本気が出せる」

 その獰猛な笑顔を覗かせたのだった。
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