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アイウス編
七本目『糸を紡ぐ者』②
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戦場には奇妙な臭気が漂うものだ。負傷者の血と汗とが混ざり合い、普段であれば胃酸がせり上がるその臭いを、ここでは誰一人として気に止めなかった。結界の外、朔の下でヴォゴンディの砦を攻め落とさんと、ムグラリスの兵士達はありとあらゆる手を使うが、その壁は如何なる砲弾も通さず、逆に奴らの持つ最新鋭の魔術兵器によって、兵は野良犬の如くその命を散らしていく。
「クソッ! 何なのだあの砦は! 何故こちらの砲撃が効かないのだ!!」
「姉御だ!! 姉御に報告するんだっ!! 急げ!!」
そう言われ、一人の兵士はたった一つ、戦況を打破する為の一手を求めて隊長の元へと走り出す。
「申し上げます!! 現在ムグラリスの軍は砦を突破出来ず、悪戯に兵を減らすばかり……このままでは……」
伝令の兵士はそう告げながら、ヴォゴンディに対する怒りに、身体を小刻みに揺らす。そんな彼の肩に、姉御と皆から呼ばれる彼女は、ポンと優しく手を置く。
「大丈夫、前線を退げて防衛に専念するんだ、もう攻める必要はないよ」
「ッ!? 何を言ってるんです!? それでは……」
「私が砦に乗り込み終わらせて来る。君達は背後で帰りを待つ家族を……自分自身を守る事に専念したまえ……これは命令だ」
そう言って彼女は一人、前線へと向かって行く。その行為を、第三者は無謀な自殺行為だと思うだろう。しかし、兵士達は知っている。彼女の言葉に偽りは無いという事を、いつだってその行動には、結果が伴って来たという事を。
「姉御……ぐっ……アンタって人は……!!」
「フッ……君達はただ祈っていてくれ……私の無事を……」
彼女は馬に跨ると、六本の骨を腰に携え、声高らかに叫ぶ。
「行くぞハーレーボーンサンッ!! Here we go!! Let’s pearly!!」
「──じゃないだろ」
パジェットは茨を伸ばすと、セオドシアを馬から引き摺り降ろす。
「イダァッ!? 何すんだ退魔師この野郎ッ!? 傷が開くだろうが!?」
「何してるんだは貴様だ。何がパーリーだ、と言うか姉御って何だ? どうやって兵士纏めあげたのだ貴様は? 一緒に来た筈だよな? ボク達」
「何言ってんだい、死体だって操れるんだぞ、私は? 生きてる人間なんてもっと簡単に操れるに決まってるだろう?」
「いや、おかしいだろう、その理論。どんなカリスマだ全く……しかし、どうやったにせよ、これで主の御許に召される魂も減るだろう」
死んでいった兵士達に祈りを捧げてから、二人はヴォゴンディからの激しい砲撃から身を守る為、塹壕の下に身を隠すしながら前線へと進み、そろりと顔を覗かせると、双眼鏡を用いて砦を観察する。報告によれば、デクスターがあの中に連れ去られて行く所を兵士が確認したらしい。門が開いたのもその時一度のみで、現在はこの通りの無敵を誇っていた。
「議員決める為に戦争起こす奴等が持っていいもんじゃあないだろ、文明と文化が比例してないじゃあないか……おまけになんだいこの戦場は、死体の一つもありはしないじゃないか」
セオドシアの言う通り、彼女達の周りには一つとして死体は転がっていない。それは、誰も死傷者が出なかったなどと言う生優しい理由ではなく、むしろ倫理観を著しく欠いた代物による影響だった。
「こんなんじゃ、死霊術師の商売あがったりだね全く……」
そう呟き、彼女はかつては人だったボロ炭を手に取る。
これが、死体が怪物になる世界で戦争をする為に考え出された死体を出さない方法───死後その肉体を炭化させ、月住人として蘇生しない様にすると言う魔術術式の導入だった。
戦場には、兵士達の炭化した遺体によって、この術式を考え、使用する者達の腹の内の様に、ドス黒く塗りつぶされていた。
「死霊術なんか微笑ましく思える様なえげつなさだねぇ? そんなに戦争で儲けたいのかねぇ」
「全くだ、これではまともな埋葬も出来ない……だと言うのに、こんな戦争が続いているのは、そんな事も些事と思わせてしまう旨味が発生しているからだな……まぁ、今は政治を憂う前に目の前の問題だ、東門を見てみろ」
パジェットにそう言われ、セオドシアは双眼鏡で東門の方を見る。
どうやら他と比べると兵士も砲台も手薄な様だ。
「あそこからなら侵入出来そうだな」
「そうかな~? 大同小異だろ。アレが砲弾じゃ傷一つ付かない事実は変わらないし、兵士を退げさせたとはいえこの場所で死霊術を使うわけにもいかないし、さてどうしたもんか───ん? 何その砲弾は? いつの間に持って来たの?」
振り返って見ると、彼女は砲弾を抱え、砦に背を向けてその体を出来る限り屈めていた。
すると、砲弾に彼女の持つ赤黒い茨が巻き付いていき、棘付きの砲弾を完成させる。その砲弾を自身の首の横まで持って来ると、砦の方向に向かって一回、二回とステップを踏み、振り返り様にその砲弾を思いっきり押し出した。
「ウォオオオラァッ!!」
「ぅあっぶね!?」
押し出された砲弾はループを描きながら、吸い込まれる様に東門に衝突すると、見事その門を吹き飛ばした。
「よし」
「『よし』じゃないよ!? 私に当たったらどうするつもりだったんだい!? いいの!? 飛んでく砲弾が二つに増えてもいいの!?」
「五月蝿い奴だな……それより、これで入口は出来た。行くぞ、砲弾に当たらぬ様常に走り続けろ」
「……イッヒッヒッ!! 君も大概無茶苦茶だな!!」
二人は塹壕から身を乗り出すと、東門に向かって一気に駆け出した。
砲弾よりも、銃弾よりも、背中を追いかける死神すらも振り切る勢いで、ただがむしゃらに前を目指して走り続ける。
すると、こじ開けた東門からゾロゾロと銃を持った兵士達が現れ、二人に向かってその引き金を引く。
「退魔師ィィィッ!!」
「わかっている!!」
セオドシアの呼び掛けに、パジェットは茨を展開して応える。
その目的は銃弾や砲弾から身を守る為ともう一つ。
後方に居るムグラリスの兵士達に、『それ』を見せない様にする為だった。
「来いッ!! 『葬られぬ者』!!」
ツギハギだらけの革製アタッシュケースに血を注ぎ、その巨大な骸骨の右腕を呼び出す。セオドシアはギガゴダの掌を兵士達に向け、その青白い怨念の炎で薙ぎ払う。
「ギャアアアアアッ!?」
「痛でぇッ!? 痛でぇよォォォッ!!」
「ガッハッハッハッハッ!! 喚くんじゃあないよ、大人がみっともないなぁ~?」
「どっちが悪人かわからんな、これでは……」
魔王しかしない様な高笑いを上げながら、二人は門の内側、砦内部へと攻め入る。
「侵入者だァーッ!! 囲め囲めーッ!!」
すると、ヴォゴンディの兵士達は屏風の様にして二人を取り囲む。
「ん~? はぁ……イヒヒッ♪」
セオドシアは一つため息を吐いた後、不敵に笑ってギガゴダを動かす。
その右腕は机に散乱するゴミを蹴散らす様にして薙ぎ倒し、炎によって怪鳥の様な悲鳴を上げさせる。
「地獄絵図だな……殺してはおらんだろうな?」
「大丈夫さ、死ぬ程痛い事に目を瞑ればねぇ?」
暫くしてから残留する炎が消えると、辺り一面にはヴォゴンディの兵士達が転がっていた。
「はい、おーわり。さて、さっさとデクスター君探そ~」
「そうだな……」
兵士達を跨ぎながら、砦の中へ入ろうとした……その時だった。
「ッ!? 避けろ死霊術師ッ!!」
「え? おげェッ!?」
パジェットに首根っこを掴まれ、セオドシアは突然の奇襲を避ける事が出来た。
「ゲホッ!! ゴホッ!! ったく誰だよ!? お陰でゴリラの首吊りを受けちゃったじゃあないか!?」
「誰がゴリラだ、おい。もっとこれを締め上げてやってもいいんだぞ?」
「ざんね~ん。もう少しでその首を母さんの所まで運べたってのになぁ~」
そんな声が耳に入り、上を見上げると、そこには声の主であろうそばかすの少年リゲルが宙に浮き、仁王立ちでこちらを見下していた。
「おぉ? あの子供やるなぁ、空中浮遊?」
「いや、そうじゃない。よく見ると糸の様なものが張られている。その上に立っているのだろう……デクスターと言い、最近の子供と言うのは大道芸人に勝る者達ばかりだな」
「お褒め頂きどうもありがとう……でもねお客様方、俺達のおもてなしはこれだけじゃないんだぜ?」
そう言ってリゲルは演技くさいお辞儀をすると、月明かりの影から人のくるぶし程の背丈はある蜘蛛の軍勢が、雲霞の如く押し寄せてくる。
「おいおい、数ばっか用意して……私は足の多い生き物は嫌いなんだよ」
そう言ってギガゴダを操ろうとした時、パジェットが彼女を諌めて前に立つ。
「あ? なんだよ、邪魔しないでおくれよ」
「お前のその炎。無尽蔵に使えるわけでは無いのだろう? それに、喰らった身だから言える事だが、アレは子供に据える灸にしてはキツ過ぎる……ここはボクに任せて──ん? あれ、どこ行った?」
振り返ると、いつの間にか背後に居た筈のセオドシアがその場から消えていた。
「あっそぉ~!! やってくれんなら任せるわぁ~!! んじゃあねぇ~!!」
そんな声が聞こえ、その方向を向くと。セオドシアが扉を開き、砦の中へと入っていくが見え、その場にはパジェットとリゲル達だけが残された。
「────主よ、どうかボクに彼女の魂をあなたの元へ送る許可を……」
「何か、アンタ大変そうだな……同情するぜ」
敵にすら同情され、パジェットの気は更に苛立ちを募らせる。
「仕方ない……余りこんな事はしたく無いのだが……ボクの八つ当たりに付き合って貰うとしようっ!!」
そう言うなりパジェットは地面に強く脚を踏み付け、雷の様な音と共に揺れを引き起こす。
「うわっ!? ちょっ!?」
震脚によって蜘蛛の糸から落下するリゲルに合わせ、パジェットは拳を叩き込む。
(先ずは……厄介そうなこの子供から仕留める!!)
「……甘ぇよ」
「ッ!!」
パジェットの拳が当たる瞬間、リゲルは糸に引っ張られる事でその衝撃から逃れる。どころか、去り際にナイフを投擲され、頬に切り傷を付けられてしまう。
「チィッ……この国に来てからよく面の皮を狙われるな……」
「やるねぇ、今のはちょいと冷や汗をかかされたよ……同じ歳くらいなのにやるじゃあないか」
その言葉に、パジェットはピタリと動きを止める。
「同じ歳……だと……?」
彼女は額に青筋を張らせ、目じりを吊り上げたまま殴りかかると……
「ボクは年上だァァァッ!!」
そんな憤激の雄叫びを上げた。
「クソッ! 何なのだあの砦は! 何故こちらの砲撃が効かないのだ!!」
「姉御だ!! 姉御に報告するんだっ!! 急げ!!」
そう言われ、一人の兵士はたった一つ、戦況を打破する為の一手を求めて隊長の元へと走り出す。
「申し上げます!! 現在ムグラリスの軍は砦を突破出来ず、悪戯に兵を減らすばかり……このままでは……」
伝令の兵士はそう告げながら、ヴォゴンディに対する怒りに、身体を小刻みに揺らす。そんな彼の肩に、姉御と皆から呼ばれる彼女は、ポンと優しく手を置く。
「大丈夫、前線を退げて防衛に専念するんだ、もう攻める必要はないよ」
「ッ!? 何を言ってるんです!? それでは……」
「私が砦に乗り込み終わらせて来る。君達は背後で帰りを待つ家族を……自分自身を守る事に専念したまえ……これは命令だ」
そう言って彼女は一人、前線へと向かって行く。その行為を、第三者は無謀な自殺行為だと思うだろう。しかし、兵士達は知っている。彼女の言葉に偽りは無いという事を、いつだってその行動には、結果が伴って来たという事を。
「姉御……ぐっ……アンタって人は……!!」
「フッ……君達はただ祈っていてくれ……私の無事を……」
彼女は馬に跨ると、六本の骨を腰に携え、声高らかに叫ぶ。
「行くぞハーレーボーンサンッ!! Here we go!! Let’s pearly!!」
「──じゃないだろ」
パジェットは茨を伸ばすと、セオドシアを馬から引き摺り降ろす。
「イダァッ!? 何すんだ退魔師この野郎ッ!? 傷が開くだろうが!?」
「何してるんだは貴様だ。何がパーリーだ、と言うか姉御って何だ? どうやって兵士纏めあげたのだ貴様は? 一緒に来た筈だよな? ボク達」
「何言ってんだい、死体だって操れるんだぞ、私は? 生きてる人間なんてもっと簡単に操れるに決まってるだろう?」
「いや、おかしいだろう、その理論。どんなカリスマだ全く……しかし、どうやったにせよ、これで主の御許に召される魂も減るだろう」
死んでいった兵士達に祈りを捧げてから、二人はヴォゴンディからの激しい砲撃から身を守る為、塹壕の下に身を隠すしながら前線へと進み、そろりと顔を覗かせると、双眼鏡を用いて砦を観察する。報告によれば、デクスターがあの中に連れ去られて行く所を兵士が確認したらしい。門が開いたのもその時一度のみで、現在はこの通りの無敵を誇っていた。
「議員決める為に戦争起こす奴等が持っていいもんじゃあないだろ、文明と文化が比例してないじゃあないか……おまけになんだいこの戦場は、死体の一つもありはしないじゃないか」
セオドシアの言う通り、彼女達の周りには一つとして死体は転がっていない。それは、誰も死傷者が出なかったなどと言う生優しい理由ではなく、むしろ倫理観を著しく欠いた代物による影響だった。
「こんなんじゃ、死霊術師の商売あがったりだね全く……」
そう呟き、彼女はかつては人だったボロ炭を手に取る。
これが、死体が怪物になる世界で戦争をする為に考え出された死体を出さない方法───死後その肉体を炭化させ、月住人として蘇生しない様にすると言う魔術術式の導入だった。
戦場には、兵士達の炭化した遺体によって、この術式を考え、使用する者達の腹の内の様に、ドス黒く塗りつぶされていた。
「死霊術なんか微笑ましく思える様なえげつなさだねぇ? そんなに戦争で儲けたいのかねぇ」
「全くだ、これではまともな埋葬も出来ない……だと言うのに、こんな戦争が続いているのは、そんな事も些事と思わせてしまう旨味が発生しているからだな……まぁ、今は政治を憂う前に目の前の問題だ、東門を見てみろ」
パジェットにそう言われ、セオドシアは双眼鏡で東門の方を見る。
どうやら他と比べると兵士も砲台も手薄な様だ。
「あそこからなら侵入出来そうだな」
「そうかな~? 大同小異だろ。アレが砲弾じゃ傷一つ付かない事実は変わらないし、兵士を退げさせたとはいえこの場所で死霊術を使うわけにもいかないし、さてどうしたもんか───ん? 何その砲弾は? いつの間に持って来たの?」
振り返って見ると、彼女は砲弾を抱え、砦に背を向けてその体を出来る限り屈めていた。
すると、砲弾に彼女の持つ赤黒い茨が巻き付いていき、棘付きの砲弾を完成させる。その砲弾を自身の首の横まで持って来ると、砦の方向に向かって一回、二回とステップを踏み、振り返り様にその砲弾を思いっきり押し出した。
「ウォオオオラァッ!!」
「ぅあっぶね!?」
押し出された砲弾はループを描きながら、吸い込まれる様に東門に衝突すると、見事その門を吹き飛ばした。
「よし」
「『よし』じゃないよ!? 私に当たったらどうするつもりだったんだい!? いいの!? 飛んでく砲弾が二つに増えてもいいの!?」
「五月蝿い奴だな……それより、これで入口は出来た。行くぞ、砲弾に当たらぬ様常に走り続けろ」
「……イッヒッヒッ!! 君も大概無茶苦茶だな!!」
二人は塹壕から身を乗り出すと、東門に向かって一気に駆け出した。
砲弾よりも、銃弾よりも、背中を追いかける死神すらも振り切る勢いで、ただがむしゃらに前を目指して走り続ける。
すると、こじ開けた東門からゾロゾロと銃を持った兵士達が現れ、二人に向かってその引き金を引く。
「退魔師ィィィッ!!」
「わかっている!!」
セオドシアの呼び掛けに、パジェットは茨を展開して応える。
その目的は銃弾や砲弾から身を守る為ともう一つ。
後方に居るムグラリスの兵士達に、『それ』を見せない様にする為だった。
「来いッ!! 『葬られぬ者』!!」
ツギハギだらけの革製アタッシュケースに血を注ぎ、その巨大な骸骨の右腕を呼び出す。セオドシアはギガゴダの掌を兵士達に向け、その青白い怨念の炎で薙ぎ払う。
「ギャアアアアアッ!?」
「痛でぇッ!? 痛でぇよォォォッ!!」
「ガッハッハッハッハッ!! 喚くんじゃあないよ、大人がみっともないなぁ~?」
「どっちが悪人かわからんな、これでは……」
魔王しかしない様な高笑いを上げながら、二人は門の内側、砦内部へと攻め入る。
「侵入者だァーッ!! 囲め囲めーッ!!」
すると、ヴォゴンディの兵士達は屏風の様にして二人を取り囲む。
「ん~? はぁ……イヒヒッ♪」
セオドシアは一つため息を吐いた後、不敵に笑ってギガゴダを動かす。
その右腕は机に散乱するゴミを蹴散らす様にして薙ぎ倒し、炎によって怪鳥の様な悲鳴を上げさせる。
「地獄絵図だな……殺してはおらんだろうな?」
「大丈夫さ、死ぬ程痛い事に目を瞑ればねぇ?」
暫くしてから残留する炎が消えると、辺り一面にはヴォゴンディの兵士達が転がっていた。
「はい、おーわり。さて、さっさとデクスター君探そ~」
「そうだな……」
兵士達を跨ぎながら、砦の中へ入ろうとした……その時だった。
「ッ!? 避けろ死霊術師ッ!!」
「え? おげェッ!?」
パジェットに首根っこを掴まれ、セオドシアは突然の奇襲を避ける事が出来た。
「ゲホッ!! ゴホッ!! ったく誰だよ!? お陰でゴリラの首吊りを受けちゃったじゃあないか!?」
「誰がゴリラだ、おい。もっとこれを締め上げてやってもいいんだぞ?」
「ざんね~ん。もう少しでその首を母さんの所まで運べたってのになぁ~」
そんな声が耳に入り、上を見上げると、そこには声の主であろうそばかすの少年リゲルが宙に浮き、仁王立ちでこちらを見下していた。
「おぉ? あの子供やるなぁ、空中浮遊?」
「いや、そうじゃない。よく見ると糸の様なものが張られている。その上に立っているのだろう……デクスターと言い、最近の子供と言うのは大道芸人に勝る者達ばかりだな」
「お褒め頂きどうもありがとう……でもねお客様方、俺達のおもてなしはこれだけじゃないんだぜ?」
そう言ってリゲルは演技くさいお辞儀をすると、月明かりの影から人のくるぶし程の背丈はある蜘蛛の軍勢が、雲霞の如く押し寄せてくる。
「おいおい、数ばっか用意して……私は足の多い生き物は嫌いなんだよ」
そう言ってギガゴダを操ろうとした時、パジェットが彼女を諌めて前に立つ。
「あ? なんだよ、邪魔しないでおくれよ」
「お前のその炎。無尽蔵に使えるわけでは無いのだろう? それに、喰らった身だから言える事だが、アレは子供に据える灸にしてはキツ過ぎる……ここはボクに任せて──ん? あれ、どこ行った?」
振り返ると、いつの間にか背後に居た筈のセオドシアがその場から消えていた。
「あっそぉ~!! やってくれんなら任せるわぁ~!! んじゃあねぇ~!!」
そんな声が聞こえ、その方向を向くと。セオドシアが扉を開き、砦の中へと入っていくが見え、その場にはパジェットとリゲル達だけが残された。
「────主よ、どうかボクに彼女の魂をあなたの元へ送る許可を……」
「何か、アンタ大変そうだな……同情するぜ」
敵にすら同情され、パジェットの気は更に苛立ちを募らせる。
「仕方ない……余りこんな事はしたく無いのだが……ボクの八つ当たりに付き合って貰うとしようっ!!」
そう言うなりパジェットは地面に強く脚を踏み付け、雷の様な音と共に揺れを引き起こす。
「うわっ!? ちょっ!?」
震脚によって蜘蛛の糸から落下するリゲルに合わせ、パジェットは拳を叩き込む。
(先ずは……厄介そうなこの子供から仕留める!!)
「……甘ぇよ」
「ッ!!」
パジェットの拳が当たる瞬間、リゲルは糸に引っ張られる事でその衝撃から逃れる。どころか、去り際にナイフを投擲され、頬に切り傷を付けられてしまう。
「チィッ……この国に来てからよく面の皮を狙われるな……」
「やるねぇ、今のはちょいと冷や汗をかかされたよ……同じ歳くらいなのにやるじゃあないか」
その言葉に、パジェットはピタリと動きを止める。
「同じ歳……だと……?」
彼女は額に青筋を張らせ、目じりを吊り上げたまま殴りかかると……
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