咎ざらしの朱猫 ――怪談屋・月詠 鈴鹿の推理譚――

永久島 群青

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第七話

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 7


「会員カードはお持ちですか」

「いや、持ってない、です」

「パソコンをお使いになられる場合には会員カードのご登録が必要ですが、よろしいですか」

「あ、使わないんでいいです」

「かしこまりました。それでは何時間のご利用にいたしますか」

「え、えと、じゃあ、六時間パックで」

「はい。六時間パックですね。他にブランケット、バスタオルはご利用になられますか」

「あ、はい、バスタオル……だけでいいです」

「かしこまりました。六時間パックですのでシャワールームは三十分間、無料になっております。それを過ぎましたら別途で料金が発生しますので、お気を付けください。また、シャワーをご利用の際はブースに備え付けの受話器がございますので、フロントまでお知らせください」

「あ、はい」

「では、今、空いてるのは禁煙席ではチェアブースとフラットブース、喫煙席ではチェアブースのみとなっていますが、おタバコは吸われますか」

「……禁煙、フラットブースで」

「それでは、三階の三〇九号のフラットブースへどうぞ。こちらカギになりますので、無くさないようにお願いします。また、なにか御用がおありでしたら備え付けの受話器でフロントにかけていただければ対応させていただきます」

 翌日、七月六日の八時半過ぎ。俺はロマンス通りのネットカフェで、接客をしていた。いくら礼儀を知らない俺だって、これくらいの敬語は使えるのだ。

 ちなみに早朝に来るのは夜行バスか電車で来た観光客や時間つぶしの若いやつ、十時過ぎたあたりからは営業のサラリーマンあたりが昼寝に来る。

 朝勤は八時から十七時で、夕勤は十七時から深夜一時、夜勤は深夜一時から朝九時。カウンター業務の人数は朝勤と夕勤が三人から四人ほどで夜勤はふたり。

 フルパートで働くやつがほとんどなので、このローテーションが極端に変わることはない。何人か時間指定のやつがいるけれど、それでもカウンター自体はふたりいれば回せる。

 朝の仕事はどちらかといえばチェックイン、チェックアウトの客の対応の他に掃除や機器のメンテナンスがメインになる。

 ネカフェも今やホテルと大差ないレベルのアメニティや質が求められ始めていて、料理も簡単な冷凍ものだけじゃなく、店内で作った数量限定のものもある。

 シャワー室完備、マッサージチェア、ドライヤーにヘアアイロン。ボディソープ、シャンプーやコンディショナーも、そこいらの安物ではなく海外のブランドものだ。

 各階のシャワールームの近くにはコイン式の洗濯機と乾燥機まで。余談だが、同じ系列店では女性専用のブースをワンフロア用意しているところもある。

 なにより俺がバイトしているネットカフェは二階のフロントにしかマンガや雑誌の類は置いていない。カギ付きの完全個室で、PCで読める電子書籍を導入しているのだ。ちなみにカラオケやダーツの類はなし。

 前払い制で、スタッフにカギを渡せば外出もできる。延長確認はなし。ただし十分で五十円加算。

 パック時間プラス九時間で一度清算して入り直しはあるけれど、だいたいの客は時間内にチェックアウトして出ていく。

 会員カードがあればレシートにPCのピンコードが表示されているので、それを打ち込めばどんなマンガも読み放題、動画もアダルトコンテンツ以外は見放題(マンガのラインナップにアダルトコンテンツは入っていないのだ)。

 あとこれは昔からだろうが、オンラインゲームももちろんできる。しかし、どちらかといえば寝泊まりにくる客の方が多いけれど。

「おい、久乃木くのぎ狭山さやま、どっちかひとり、キッチン行ってきて。カレーが出来たらしいから。オーダーは喫煙フラットブースの五〇八号室だから間違えんなよ。手が空いてる方でいいから、行ってきてくれ」

 カウンターの奥から顔を出したオーナーの言葉に、

「俺、キッチン担当じゃないスけど」

 と、いつも通りに返せば、

「今日、キッチン人足りねえんだよ。久乃木、行ってくれ」

 そう、いつも通りの言葉が返ってきた。今日『も』だろうが、と思ったけれど口には出さないようにした。

「うす」

「じゃ、よろしくな」

 俺は客がいないことを確認して伸びをしつつ、カウンターから出て四階のキッチンへ向かう。そこでうんざり顔のスタッフからカレーの乗ったトレイを受け取って、五〇八号室をノックする。

 カギ開いてるよ、と女の声がして、失礼しますとドアを開くと、俺はあやうくカレーを落っことしそうになった。

「よお、ルリちゃん」

「……あんたかよ」

 ドアを開くと、スプーンを咥えた栗色のマッシュ・ボブの女――紅葉がフラットブースで隣席の壁に背を預けてあぐらをかいたままこちらを見て、ニヤリと笑った。

「っていうか、何杯食ったんだよ」

 俺は呆れて、クッションの敷かれた床上に重なるカレーの皿を目で数えた。六枚。これで七杯目ということか。よくまあ、その細い身体に入るもんだと感心する。

「好きなんだよ、ここのカレー。まあ、そんなことはいいんだわ。ルリちゃん、昨日は大変だったみたいだなあ」

「鈴鹿から聞いたのか」

「まあね。でも、あんたは今、モヤモヤしてるだろ。妙な符号がくっつきそうで、くっつかない。単純な話が、どこか複雑化していくような感覚を覚えちゃってる。だから、私は朝の五時からあんたが出勤するのをカレー食べながら待ってたわけ。あんたの出勤時間の情報は企業秘密ってことで」

 俺から奪うようにカレーを受け取ってからスプーンを差し込む。キッチン担当のやつのうんざり顔を思い出して、心底同情する。朝っぱらから続いてくるカレーの注文。もはや嫌がらせだ。

 いつかの朝カレーの流行は、この女の中ではまだ続いているのかもしれない。だが世間では終わっているようなものでも、案外どこかで生きているものなのだろう、流行というやつは。

「あんたは、どこまで知ってるんだ」

「さてね。今回は鈴鹿が噛んだ事件だ。私がいくらなにかを知っていようが、動くつもりはないし。でも、あんたは別だわな。勝手にとは言え、巻き込まれてんだから」

 紅葉はカレーをすくってご飯の上にかけ、そこだけスプーンでかつかつ、と音を立てて切り取るようにしてから口に運ぶ。

「……なにが言いたいんだよ」

「あんたがモヤモヤしているのは、昨日のことと、おととい鈴鹿と会ったときに似たような言葉を耳にしているのが原因だ。点と点が線になっていないから、全貌が見えていない。だから、モヤモヤするわけだ」

「どういう意味だ」

「今回の案件は私がきっかけとは言え、鈴鹿は断らずに請けた。だから解決するのは鈴鹿と、進んで巻き込まれたバカなあんただけだ。けどまあ、これでも少しは手を貸してやってるんだよ。あんたのその余計なお節介は嫌いじゃないからね」

 まるで分からない。紅葉はカレーをさっさと食べ終わると、からん、とスプーンをさらに投げてから俺の横を通り過ぎていく。早食いは身体に悪いぞ、と軽口をたたきかけたそのとき、振り向いた紅葉は後ろから耳元で、

「――急げ。残り時間は少ないぞ。一日でも遅れれば、おりひめさまは、簡単に消えてしまうんだ」

 そう言い残してから、紅葉に着信が入り、スマホを耳に当てながら階段の方向へ向かって行った。あっという間の出来事で、俺はクッションが敷かれた床に重ねられた皿を七枚見つめて、ため息をついた。

 なんだというのだろう、あの女は。言いたいことがあるならはっきり言ってくれないと、俺みたいなバカには伝わりにくいのだ。


◇◆


 十八時過ぎ。少し客入りが多くなって残業してから、俺はへいわ通りにある自宅のアパートに帰ってきていた。

 五階建てでエレベーター付き。1DKの六畳のフローリング、バストイレ別で破格の九万七千円。玄関を開けると、すぐ右側にキッチンがあり、左にはバスとトイレ。ドアの向こうが居間になっている。

 築年数は二十六年。キッチンとバス、トイレで幅を取られたダイニングはあって無いようなものだ。

 部屋は安物のカーペットに、お値段以上の小さなテーブル。その上にはノートパソコンと、昨日のコンビニ弁当の残骸に、床には雑に置いたプリンターとタコ足配線に繋がれた何本かの電源ケーブルに飲みかけの二リットルの水が置いてあるだけ。

 家具はヒロトからもらった冷蔵庫と洗濯機、自炊はほとんどしないので電子レンジとケトルくらいは買った。あとは、三人掛けのソファーがひとつと来客用に、といっても、来るやつは限られているけれど――クッション座布団が三つ。

 もちろん、鈴鹿のところのような良いものじゃない。そして窓際にはベッド。こいつも、寝転ぶたびにぎしぎしと軋む程度には古い付き合いだ。

 俺は空になった弁当をそこいらのコンビニ袋に詰め込んで、久しぶりにダイナブックを起動させる。

 いつかメインPCをノートからデスクトップへ変えたいと考えてはいるけれど、金がない俺にマサキが安くなるよう店員に交渉してくれたこいつから乗り換えるのもなんとなく淋しいものだ。それになにより、金がない。

『小笠原 真理 事故』

 まず、俺は検索エンジンにそう打ち込む。すると、四年前の記事が出てきたのだが、新聞で読んだ以上の成果はなかった。

 そこからニュースサイトや社会派のアフィリエイトサイトを読み込んでいく。

 ニュースサイトはほとんど取り扱いがなく、アフィリエイトに関しては、四年前のコメント欄でホラー談議に興じていた痕跡。社会派のブログで怪談。不思議な話だ。

 こんなところで書いてないで、そいつを買ってくれる良い店を知ってるとよっぽど書き込んでやろうかと思ったが、やめておいた。

 鈴鹿はどうにも金銭感覚が怪しい気がする。春江という母親に百万をポンと出して買い取って妥当だという彼女は、このコメント欄の話をいくらで買うか未知数だ。

 三時間ほどネットで真理の母親、裕子の住所を漁ってみたが、さすがに事故で個人情報を垂れ流すサイトは見つからなかった。

 事件なら話は別だったのかもしれないけれど、世間から見れば四年前の、七歳の少女の単なる事故なのだ。

 しかも学校側はいじめを否定している。話題になるのはそのあたりで、コメント欄でも怪談以外では『本当にいじめはなかったのか』という考察がぽつぽつと書き込まれているだけだった。

 誰も、彼女の本質を、本意を理解していない。もちろん、俺だってそうだ。死んだ人間は、やがて色あせて過去に変わる。

 けれど、俺は見ている。色あせずに、今もなお、母親を求めている彼女を。理解は出来ないかもしれないけれど、それでも、なんとか彼女の最期の未練を、願いを、叶えさせてあげたかった。

 バカらしい話だと自分でも思う。ろくでもないやつだと、自分でそう言いながら偽善者のようなことを言うのだから。

 俺はパソコンから離れて、カーペットの上に両腕を投げ出して寝転んだ。見つからない。

 母親の住所さえ分かれば、あとは鈴鹿が・・・真理を・・・連れて・・・きて・・なんとかするつもりなのだろうが――。

――あなたをここに連れてきた人を覚えていますか。

 不意に、鈴鹿の言葉が脳裏をよぎった。あれはたしか、おとといの夜。初めて真理に会ったときにかけた言葉だったはずだ。けれど、彼女はそれに対して答えなかった。喉が潰れていたから。

――あなたはどうしてここにいるのか、覚えていますか。

 なぜ、あのとき――鈴鹿はそんなことを訊いたのか。他殺を疑っていたからだ。いや、あのとき、鈴鹿はあらゆる可能性、事故、自殺、他殺を疑っていたのだ。

 しかし今は、真理が『お母さん、気付いて』と文字で語ったことで、事故であることが証明されて――。

――待て。

『お母さん、気付いて』

 この言葉は、どっち・・・の意味・・・だ。

『あんたがモヤモヤしているのは、昨日のことと、おととい鈴鹿と会ったときに似たような言葉を耳にしているのが原因だ。点と点が線になっていないから、全貌が見えていない。だから、モヤモヤするわけだ』

 紅葉はそう言っていた。俺は、そのときは深く考えていなかった。けれど、今になれば分かる。遅すぎる理解だった。悔やむより先に、似たような言葉を、脳みそをかき分けて探し出す。

 図書館で真理に、誰かに連れられていったのか、自殺なのか、他殺なのか、事故なのかと訊いたとき、彼女は、わからない、覚えていないと言っていた。

 その言葉の真意は、はたして真実なのだろうか。

――死してなお、矜持を捨てずにいる方もいらっしゃいます。そんな方に対して、それは侮辱に等しい。

 これは、鈴鹿の言葉だ。

――小学五年生だってね。だったらなおさら、言えないでしょ。怖いだろうし、言ったら言ったで、矜持っていうのかな。そういうものが壊されちゃうんだから。

 これは、マサキの言葉だ。

――母親は、俺が十六で家を出るまで、気付きもしなかったよ。

――お母さん、気付いて。

 ぞくぞくと、背筋が凍るような感覚が押し寄せてくる。

 額面通りの、幼さゆえの言葉、願い、未練、そう考えていた。しかし、もしも――その言葉の裏に別の意味が込められていたとしたら。

 いや、裏も表もなく、彼女がそのまま感じたことを言っていただけだとすれば、受け・・取り側・・・の解釈が・・・・間違って・・・・いる・・、ということになるのではないか。

――お母さんに会いたい。

 真理はそう言った。だが、もうひとつ。

――お父さんがこわい。

 そうとも言っていた。だから俺は直感で聞いたのだ。殴られたのか。蹴られたのか、と。

――彼女はそのとき、どう答えた?

 俺は跳び起きると、スマホでマサキの番号をタップする。ラインでも良かったが既読を待つ時間が惜しい。

『どうしたの?』

「仕事中か」

『今日は休み。あの件があったから無理言って三日もらってる』

「じゃあ、ひとつ頼みがある。住所を調べることは可能か」

『まさか、自分の住所が分からない、ってわけじゃなさそうだね。名前が分かれば、住民票は手にはいるよ』

「小笠原 裕子。この女の住所を調べてほしい」

 そう言って彼女の名前の漢字をマサキに伝える。

『ちょっと待ってね。今、メモってるから。うん、なら戸籍謄本も一緒に取って置いた方がいいね』

 慌てる俺とは正反対に、マサキは冷静だった。

「いくらかかる」

無料タダだよ』

「そうはいかないだろ。お前、どうせ正攻法で取りに行くわけじゃない」

『昨日の借りを返す、ってことでいいんじゃないかな』

「仲間に、借りも貸しもねえよ」

 その言葉に、マサキは電話越しで小さく笑った。

『なら、お礼ってことでいいかな。親しき中にも礼儀ありってね。俺は、ルリのそういう変なとこで真面目になるところ、わりと好きだよ』

「……お前は」

『二時間。時間をくれるかな。こっちも、もう少しで追い込めるんだ。その調整をしてるから、二時間後に住民票と戸籍謄本をルリのパソコンに送る』

「あの件って言ってたな。あの女の子のことか」

『大丈夫、手荒な真似はしないさ。ただ、これであの子の父親の社会的な人生は終わる』

 それじゃあ、二時間後に。そういって通話は切れた。


◇◆


 二時間後ぴったりにパソコンにメールが届いた。住民票と戸籍謄本の用紙が写っている。最近は電子化したことで、マサキにとっては簡単に手に入ったことだろう。ただし、そのリスクは計り知れないけれど。メールには短文で、

『プリントして、すぐに破棄してね。履歴も』

 とだけ。俺は住民票と戸籍謄本をプリントアウトしてからメールを消した。もちろん、添付されたデータもすべて削除する。

 そして出てきた用紙を見て、住所を確認する。もし届けを出さずに転居していたら――マサキはそう考えたのかもしれない。

 万が一にも見つからない場合でも、裕子の父母や本籍地が分かれば、なにかに役に立つ。

 改めてマサキの勘の鋭さ、そしてその頭の回転の速さに驚かされる。

 次に戸籍謄本に目を通す。小笠原 裕子。子供、真理は除籍、死亡となっている。四年前に離婚歴があり――そしてその家族構成は。

「は……?」

 俺は目を疑った。四年前、真理が亡くなってから三か月後に離婚している。籍は抜いたが姓は旦那のものを引き継いでいるらしい。それだけならば、別に変な話じゃないような気がする。

 子供を失って夫婦間に亀裂が走った。そんなところかもしれない。だが、俺が驚いたのは、そこじゃなく――

 鈴鹿はまだ新宿の事務所にいるだろうか。これを伝えたら、きっとなにかしら解決に結びつくかもしれない。

 けれど、肝心の証拠がない。根拠のない推論は妄想だ。これだけじゃ証拠としては未完成で、しかもハッキングして得た情報だ。それになにより――

――これが、偶然の可能性は。

 虐待、それは俺の思い込みに過ぎない。たまたま、マサキから聞いた話と紅葉の言葉がリンクしてそう感じてしまっているだけだ。だからこれだけではまだ足りない。事故か、自殺か、他殺かさえ分からない。

『あなたの気持ち、わかるよ』

 あの少女の言葉は、はたして本当に俺に・・告げた・・・言葉・・だったのだろうか。

――わからない。どうなってやがるんだ。

 俺はスマホを手にして名刺の番号にかけた。鈴鹿は、あの女を自分以上に優秀だと言っていた。

『あいあい。おう、ルリちゃんか』

「――あんたは、知ってたのか」

『いきなりだな。ってことは、良いとこまで行きついたってことかね。思ったより早かったな。まあ、ハッキングできる友人がいて良かったねえ』

 そこまで把握してるのか。底知れない女だ。

「教えてくれ。これは――どうなってるんだ」

『言ったろ。今回の件を解決するのは、あんたらだ。鈴鹿は断ることだってできた依頼を請けた。請けた以上、私が頼まれもしないのに横入りをするなんてもってのほか。邪道、無粋ってところだね』

 ただね――と紅葉は続けた。

『私がネカフェで言ったことを思い出してみな。しっかりとだ。一言一句、ちゃんと思い出してみろ。それが答えだ・・・

「……それってどういう」

『あんたみたいなお節介でお人好し、私は好きだよ。けど、軽はずみな善意はダメだ。あんたはこの世界に入り込んだ。それも自分から巻き込まれにいった。だから、私が言えることはそれだけだ。この世界に踏み込むってのは、自分で決着をつけるということ。死んだ誰かの、想いや願いを背負ってな。その覚悟がないなら今すぐイチ抜けして、鈴鹿に投げろ』

 じゃ、おやすみ。紅葉はそう言うと通話を切った。ツー、という無機質な音がリフレインする。

 ネットカフェで言われたこと。

――あんたは今、モヤモヤしてるだろ。妙な符号がくっつきそうで、くっつかない。単純な話が、どこか複雑化していくような感覚を覚えちゃってる。

 違う。

――今回の案件は私がきっかけとは言え、鈴鹿は断らずに請けた。だから解決するのは鈴鹿と、進んで巻き込まれたバカなあんただけだ。けどまあ、これでも少しは手を貸してやってるんだよ。

 違う。これでもない。

 俺は頭を抱える。なにが、どこに、ヒントがある。事故か、自殺か、他殺か。答えてくれ、真理。お前は、どうしてあの場所で命を絶ったんだ。自ら断ったのか、奪われたのか、それとも不可抗力だったのか。答えてくれ、真理。どうして――お前の家族に。

 お前の家族にそいつの・・・・名前が・・・

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