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第五話
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狭い階段を降りると、店の横にバイクをつける人物がいることに気付いた。この狭い路地にバイクで来るやつがいるとは。相手も気付いたようで、フルフェイス・ヘルメットを外してからバイクを降りる。
CBX400Fビート仕様のブルーカラー。良い趣味している。金さえあれば俺も乗ってみたい車種だった。
バイクはロマンだがこだわり始めると車より金がかかるのだから困ったものだ。
ヘルメットの中身は栗色のマッシュ・ボブの女だった。白地に英字のプリントTシャツ、黒いテーラージャケットにデニムのショートパンツからすらっと伸びた脚。下は編み上げのブーツ。
鈴鹿ほどの美貌ではないが(彼女を基準にすれば全世界から美女が消え失せるだろう)、スマートな体型に丸みを帯びた中性的な顔をしている。
「売りにきたのか、買いにきたのか、どっちだ」
俺が通り過ぎようとしたところで詰め寄られる。身長は百七十中ごろくらいだろうか。俺とさほど身長差がなかった。
その切れ長の目と、薄い唇は笑顔を浮かべることもなく、俺を睨みつけている。
「どっちでもない」
「なら、ナンパでもしにきたのか」
「わざわざこんなとこまで女を誘いに来るやつを知ってるのか。物好きなことだ」
「ふふん、ま、軽口はこの程度でいいか。どうせ、あんたは巻き込まれるからな」
「――あんた、鈴鹿のダチか」
彼女の言葉で直感した。こいつは見通している。巻き込まれる――つまり、俺がすでにこの案件に絡んでいることをさらりと言ってのけたのだから。
「ああ、もうそこまで聞いてるのか。だったら話が早くて助かる。私は阿久良 紅葉《もみじ》。一応だけど困ったら呼べ。助けてやるよ。あんたに金があればな」
「そんな金があったら、そのバイク買ってるさ」
俺は人生で二度目の名刺を受け取って、自己紹介を簡単に済ませてからそう言うと、初めて紅葉はにやり、と笑った。
「良い趣味だろ」
「ああ。ただまあ、欲を言えばカラーは赤が良いな」
「赤はあいつのものだからな。手は出さなかったよ」
「鈴鹿もバイクに乗るのか」
なんとなく、あのお嬢さまには似合わないと感じた。あんな清楚ななりでバイクにまたがる彼女を想像するのはひどく難しい。
「いや――あんたが知ってるかは分からないけど、あいつはあれで機械音痴なんだ。パソコンやスマホはもちろん、ガラケーさえろくに使いこなせないレベルでね」
「ああ、それなら薄々気付いてる」
鈴鹿はスマホでマップすら開けない。まあ、そのおかげで今回の案件に絡むことになったのだけれど――それが良いことか悪いことかは別としても、美女と気軽に話ができることに良し悪しは関係ないだろう。
「だったら分かるだろ。鈴鹿はとにかく、とんでもなくアナログなんだよ。改札のICカードの使い方に最近やっと慣れてきたところなんだ。そんなやつにバイクなんて運転させたらどうなる?」
「命があれば儲けもんだな」
その返しに、紅葉はくつくつと低く笑った。なんというか、鈴鹿とは対極にいるような女だ。ただ、俺との相性は良いかもしれない。
俺の周りにいるような人間の反応は目新しさこそないけれど、どこか安心できる。
「あんた、面白いじゃん」
紅葉はラッキーストライクに火をつける。俺もなんとなく、つられてポールモールをくわえた。
「ちなみに赤は鈴鹿ってどういう意味だ」
さっき赤は鈴鹿だと言った。俺はその真意が分からず訊いてみると、紅葉は咥えタバコのまま、口の端を吊り上げた。
「咎ざらしの朱猫」
「なんだ、それ」
「あいつの二つ名だよ。だから、私は赤を使わないようにしてるんだ。でもまあ、あんたも気を付けなよ。あいつは天然ものだ。悪意もクソもない。だからこそ、タチが悪いんだ」
――まあ、手遅れだろうけどな。
紅葉はそう言って、紫煙を吐き出す。
「どういう意味だ」
「今回の案件を調べるんだろ」
ああ、と納得する。今回は俺から手伝う、と申し出たわけだが、鈴鹿は普段、そう言わざるを得ない空気を無意識に出しているのかもしれない。
そこに悪意がないのなら責められるべきではないのだろう。だとすれば、たしかにタチが悪いというのも納得である。
半分くらい残ったラッキーストライクをブーツの底でねじり消すと、ポケット灰皿に入れた。バイクでこの路地を入ってきたくせに妙なところで真面目さがうかがえて、なんだか可笑しかった。
「じゃ、私は行くから。バイバイ、ルリちゃん」
「ちゃん付けはやめろ」
「ああ、あと――あんた、つかれた顔をしてるから気を付けろよ」
紅葉はそう言うと、口角を片方だけ上げて階段を上っていった。それを見送ってから、俺も歩き出した。
そんなに疲れることもしていない。むしろ今から進んで疲れに行こうとしているのだが――なんて、そんなことを思いながら行儀のよくない俺は、過ぎさまにラーメン屋の軒先にある起立型の灰皿の中に煙草を落とした。
◇◆
モア三番街を戻り、ABCマート、紀伊国屋を過ぎて新宿通りを進んでいくと、新宿御苑が見えてきたところに新宿区立四谷図書館はある。
ワンホールのケーキからひとり分だけ切り取ったかのような建物だった。
途中のコンビニでノートとペンと水を買ってから、そこへ急ぐ。歩いている最中にペットボトルの水はすぐさま空になった。まさに焼け石に水である。
ここのところの暑さは、命もさることながら金も奪っていく。しかし、入院代のほうが高くつくと思えば、出し惜しみはすべきではないだろう。
館内は広かった。俺はとにかく、図書館や書店とは縁遠い性格と生活をしている。
だから、こういう場所にはインテリなやつや学生が詰め寄って真面目くさった顔でぶ厚い本でも読んでいるのだろう、なんてそんな印象だった。
しかし、広い中にもちらほらとホームレスの一団が占拠しているテーブルがあったりもする。
エアコンが効いてるからか、とひとり納得してカウンターへいくと司書が怪訝そうな顔を隠すこともなく、こちらをじろじろを見てきた。
たしかに金髪で唇にも耳にもピアスがあっておおよそこの場所には似つかないのは重々承知だ、だからせめて隠してくれよ、なんて思う。
「どうかされましたか」
若い司書の女がつっけんどんにそう言ったので、
「三年前の新聞を探してる。けど、図書館なんて初めてでどうも勝手が分からないから、教えてくれないか」
そう答えると、司書は少しだけはにかんだ。素直さは大事ということだろうか。
「かしこまりました。どの新聞をご所望でしょう」
「あるだけ全部。三年前の一月から十二月まで。ちょっと調べたいことがあってね」
司書はパソコンを叩くと、少々お待ちください、と告げて後ろへと下がっていってしまった。手持無沙汰になった俺は周りを見てみる。大学生と思しき若い男女が散らばってレポートを書いている。
ホームレスの一団は眠っていびきをかいたり、うなだれたりして、しっかりと熱中症対策をしている。
しかしその周囲にはぽっかりと穴が開いたように人がいない。誰もが無関心なのだろう。それはこの場所に限ったことではないけれど。
俺の前を通り過ぎる学生カップルが「くさいからあっち行こう」なんて言葉を聞いて、俺は息をついた。
俺は別にレイシストでもないし、特に主義主張があるわけでもない。高尚な意見なんてもっての他である。
要は好き勝手に生きていたいだけで、その結果がどうあれ、俺は悔いさえ残らなければ御の字だ。
バカバカしく、くだらない道の終着点で、俺の人生はくそったれだったな、なんて、自嘲しながら笑って死んでいきたいのだ。
鈴鹿が聞けば怒るだろうが、せめて生き方ばかりは選びたいものだ。
しばらく待っていると、奥から山ほど詰まれた新聞がカートに乗ってきた。それを見た瞬間に俺はうんざりしたが、顔には出さないようにした。
とりあえず俺は礼を告げて、ホームレスの座っている近くにあった(このあたりは本当に人がいないのだ)席につくと、まず一部、一月の新聞を開いた。
それはいいのだが、産まれて初めてと言っていいほどに新聞とは縁のない暮らしをしてきた俺だ。どこから読めばいいのか分からない。
「なあ」
そんなときは、話を聞くに限る。聞くは一瞬の恥。なんて言葉があるけれど、俺にはそもそも恥も外聞も無いわけで、だったら知ってるやつがいるなら聞くに越したことはない。
そしてその相手は俺のすぐ後ろの席、普段はガード下やら路地裏やらを寝床にして読みふけっているプロがいる。うってつけである。
俺は椅子の上でテーブルに半分頬を付けている男に声をかけた。年嵩のいった老人。顔は垢だらけで、しわくちゃだ。しばらくしても反応がなかったので、もう一度、声をかける。
「なんだ」
老人は眠たそうな眼でこちらを見てきた。俺は笑顔で、
「新聞の読み方を教えてくれ」
年上だろうが年下だろうが敬語なんて使わない。
悪い癖だと思いつつも直すつもりもない。そんなのは、バイトでさんざん使ってるからだ。プライベートくらいは、そういったものから解放されたいのだ。
老人は最初こそ、面倒くさそうだったが、大きな記事は一面と呼ばれ見出しとなっていて、いわば表紙になること、その下にコラムがあるから、世情を知りたいならここを読んでおくこと。
他にも地方欄や社会欄、株価の欄があること、スポーツ欄、国政、外政の欄があることを教えてくれた。どんどん入ってくる情報と比例して、老人の目がきらきらと輝いてくる。
「それで、なにを調べてるんだ」
「ちょっとした事故のことだよ」
「事故?」
「ああ。小学生の女の子が事故で死んじゃったことを最近になって知ってね。なんだか腑に落ちないもんで、詳しいことを調べてるんだ」
「知り合いだったのか」
「そのへんは聞かないでくれ」
「そうか……そうか。未来がある子が亡くなると、わしは胸が痛い。この年まで生きて、だらしない生活ばかりして、そんなわしらが生きてるのに、未来のある子供が亡くなるのは、つらい」
老人は垢まみれの手で目頭を押さえた。
「死してなお矜持を持っている者もいるのに、そんなことを言うのは死者に対する侮辱に等しい。俺の知り合いならこう言うと思うぜ」
それに――と俺は続ける。
「あんたのおかげで、俺は新聞が読めるようになった。まあ、あんたらほどでも無い、ひよっこ程度だけど。でも、これだってあんたと俺が生きているからこそ、だろ」
老人は笑おうとしているが泣きそうな顔で、俺を見た。そして胸のあたりで十字をきって、両手を握り、目を閉じる。クリスチャンだったのか、と俺は少し驚いた。
「迷える君に幸あらんことを」
「――ありがとう、ございます」
老人はそうつぶやいて、俺は思わず敬語になってしまった。世の中は冷たい人間ばかりだと誰かが言っていたけれど、捨てたもんじゃない。
俺みたいな人間のクズにだって、幸せを神に祈ってくれるやつがいるのだ。そんなやつの心ほど、澄みきったものはないだろう。
老人は仲間に手を上げて、立ち上がると出入り口へと向かう。最後、俺と目が合ったときは優しく目を細めて微笑んでいた。俺は手を上げる。老人も手を上げて、彼は外の世界へ出ていった。
それからは一心不乱に事故の記事を追った。この半生でこんなに真面目に新聞を読んだことはなかった。これから先もあるかどうか怪しい。
もし、学生時代にこれだけ集中できていたら、もう少しまともな人生を送れていたかもしれない。
でも、そんな人生はきっと、俺のもんじゃないだろうとも思う。俺は今のくだらない人生を、案外気に入っているのだろう。
◇◆
最初は教えられるままに要領を得なかったが、それでも俺にだって学習能力くらいは備わっているらしい。コツを掴めば、すべてに目を通すのではなく、要所要所に絞って読んでいくことを覚えた。
そこで驚いたのは、まず、事故や事件の多さだ。
いつか朝のニュース(当然、まともに見てはいなかったけれど)では、近年では犯罪傾向は横ばいから下降気味になっていると耳にしたことがある。とくに猟奇殺人などはほとんど下降していると。
そして約三万人もいる自殺者も今では減少していると。ただこれにはマサキが「一番多い時期から比べての統計だよ」と言っていたのも思い出す。
やついわく、犯罪率が減少したことによって、本来なら地方の小さな記事になるはずだった事件が大きく報道されるようになったのだと。
どうにも、マスメディアの需要と犯罪減少の現状は反比例しているらしい。
まずは一面を流し見る。社会面と地方欄いわゆる三面記事をいったりきたりしていると、埼玉、神奈川、全国紙ともなれば岡山、鳥取、愛媛、福岡など、都内に限らず事件や事故が起きている。
中には一面を飾るものもあった。その中でも小学生の事故、自殺、他殺、に絞って読み進めていくうちに、三年前の新聞は終わってしまった。
たった一年間に発行された新聞。その中に詰め込まれたのは、事件や事故、災害にスキャンダル。
たしかにスポーツ選手の輝かしく明るいニュースもあるけれど、その一年で安寧の日々を覆された人間が少なからずいるということだ。そしてそいつはいつ、誰に訪れるかも分からない。
受付へ戻しに行って、次は四年前のを探してくれ、と言うと、さっきの司書ではなく、歳のいった女司書が愛想よくお待ちくださいねえ、とまた奥へと向かって行った。
俺はそろそろ煙草が吸いたくなってきていたが、思ったよりも早く司書が戻ってきたのでタイミングを逃してしまった。
四年前。俺がまだ中坊のころのニュース。今でも変わらず悪ガキだとあのころの俺が知ったら悲しむだろうか。いや、きっと笑うに違いない。やっぱりな、なんて。あのころから生意気なのは変わらない。
「――さて」
まずは、と四年前の新聞を適当に開こうとしたとき――ぱちり、と耳元で静電気が弾けるような音がして、悪寒が全身を走り抜けた。
いる。
俺の視線は、新聞紙に落ちている。だが、それでも分かる。視界のぼやけた先、俺の目の前の席に、あの少女がいる。百八十度に折れた首で、口とあんぐりと開き、うろんな眼でこちらを見ている。
静寂さが降りてくる。図書館の微々たる喧騒を押し殺したような静寂じゃない。完全な静けさだ。
外を走る車の走行音さえない純然たる沈黙が、俺と、俺の目の前でこちらを見ている彼女を包み込むように、急にエアコンの温度が下げられたような寒さを伴って訪れた。
風邪をひいたころのような、寒気が内側を包んでいるくせにやけに暑い。めまいがする、あの感覚。俺の新聞のページをめくるために挟んでいた指が、かたかた、と震えていた。
――お前は、誰だ?
目を合わせられない。顔を上げられないまま、依然として新聞に視線を落とした中で、彼女に問いかける。返事など、期待していなかった。
ただ、発狂しそうなほどの恐怖をなんとか消し去ろうと試みただけだ。けれど――恐怖は、新たな恐怖を呼び起こした。
新聞紙の文字が蟻のように蠢きはじめたのだ。
それは不規則的に動いて、ときに蛇のように這いずり、蜘蛛の子が散るように、わっと広がったりして、俺はとうとう自身の気がふれたのではないかと、まばたきをするのも忘れて息をのんだ。
やがてそれらの動いていた文字列はひとつの意味をもたらした。散って空白になった部分に、文字があらわれたのだ。
――真理。
そうか、と俺はとびそうな意識の中で理解する。相手は小学生なのだ。あの不規則に動く文字は、合っている漢字や文字を探していたのだ。そう考えると、いくぶんか気持ちが楽になるような気がした。
相手は未知数の化け物じゃない。まだおさない、漢字も習いたての小学生なのだ。
――真理、お前は、どうしてほしい。
コミュニケーションが取れることを知った俺は、引き続き、真理に問いかける。また新聞紙の文字がうねり始める。見ているだけで酔いそうな光景だった。
――お母さんにあいたい。
彼女は口が利けなかった。鈴鹿が話しかけても、話せなかったのは――首が折れて、声帯がやられていたからだ。言葉にしたくても出せなかった、そういうことなのだろう。
――お母さんの名前は。
――裕子。
俺は、ページをめくった。もしかしたら――このタイミングで彼女、真理が現れたことに意味があるのかもしれない。その意味は、おそらくこの新聞紙にあるはずだ。彼女につながるなにかが――。
しかし、めくった先でもまた同じように文字が波打ってくる。訊かなければならないことは分かっている。
誰かに連れられていったのか、自殺なのか、他殺なのか、事故なのか。それらを思い浮かべていると、
――わからない。おぼえてない。
文字はひらがなで、そう書かれていた。俺は唇をかみしめる。
ここまで来て、手掛かりは彼女だけだ。彼女が真相を知っていたならば、それで解決への糸口は一気に進む。
だというのに、真理は覚えていない。責めているわけじゃない、ただ、悔しかった。彼女が、真理が、自身の最期すら覚えていないなんて、あんまりな話ではないか。
――お父さんがこわい。
しかし、問わずして語られた一文に、俺の眉間にしわが寄った。
お父さんがこわい。どういうことだ、それは。単純にカミナリ親父だった、なんて話ではないだろう。不謹慎だと思われるかもしれないが、俺が真っ先に思いついたのは虐待だった。
――殴られたのか。蹴られたのか。
そう心の中でつぶやく。文字が踊り、しかし――なんの言葉もなく、結果、さっきまでの悪寒は消え去り、新聞紙はあるがままの文字列へと戻っていた。
お父さんがこわい。虐待かと思ったが、違ったのだろうか。違ったから、消えてしまったのだろうか。
俺は疑問だけ残して社会面へとページをめくる。あった。これだ。やはり真理は、この年に死んでいる。
だからこそ、この新聞を手に取ったときに反応したのだろう。どうして歩道橋からここまで来たのかは分からないけれど、それよりもと、俺は記事を読んだ。
その記事は小さなものだった。
『七月七日深夜未明。東京都 豊島区在住の小笠原 真理(七歳)さんが東池袋の歩道橋から落下し、死亡した。夕方に母親である小笠原 裕子(三十八歳)さんに、遊んでくると言って外出したのち、行方が分からなくなっていた。警察では事件、事故の両面での捜査を開始するとしている』
他の新聞社のものも読んだが、似たり寄ったりだった。翌日、翌々日には記事はない。その次にあったのは、一週間後のものだった。
『東京都、豊島区在住の小笠原 真理(七歳)さんの事故について、学校側ではいじめはなかったと発表。また母親である小笠原 裕子(三十八歳)もいじめの兆候は見られなかったと説明していたことが本日、警察の発表にてわかった。警察では目撃証言等もなく、また事件性も薄いとして事故の可能性が高いとしている』
そこからはどれだけ進めていっても続報はなかった。とりあえず、四年前のものを読み終えて、念のため五年前のものも調べてみたが、真理の事故は確定したようで記事にさえならなくなっていたので、俺はスマホを見る。気付けば夜八時をまわっていた。
「――ここまでが限界か」
次はネットで調べるか。
――小笠原 真理。お前は、母親に会いたいと言ったな。それで、お前は幽世とやらにいけるのか。
――お父さんがこわいとも言った。その理由は、なんだ。虐待ではないのか。どうして、あんな時間に外にいたんだ。
どうして――線路に落ちたんだ。
俺は図書館を出ても、そればかり考えていた。しかし、もう彼女の返事はなかった。
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