咎ざらしの朱猫 ――怪談屋・月詠 鈴鹿の推理譚――

永久島 群青

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第一話

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 この世界でもっとも美しいと思えるものに出会ったことはあるだろうか。

 たとえば、拳くらい大きなダイヤモンドでもいいし、雪の舞い散る聖夜の夜景でも、遠浅のエメラルドグリーンの海でもいい。

 叙情的な詩でも、絵画でも、クラシック・ミュージックでもいい。

 とにかく、美しい・・・と感じられるものに出会えたのなら、そのときはすでに考える前にそう感じてしまっている――それは、得難いカタルシスをもたらすだろう。

 俺は、どうしようもない人生を送っているわけだけれど、出会ったことがある。

 それは、優雅で聡明、温和で丁寧。けれど機械音痴なお嬢さま――つまりは誰しも完全無欠じゃないということだ。それでも彼女は完璧な美貌を持ち合わせていた。

 長い髪は、ありていな言葉で申し訳ない限りだけれど、夜を流し込んだような紺色を含んだ黒。その目の輝きは星のようで、語る言葉は草葉をすべる朝露のように澄みきっている。

 そしてその服は夏の日暮れを思わせる朱色のロングカーディガンに、気だるい寝起きのカーテン越しに見る陽光のような純白なワンピース。

 まさに夜と朝と夕方を一身で表しているようなその女は、どこまでも美しかった。少したれ目がちで、鼻梁は高く、ふんわりとしたシフォンケーキみたいな柔らかさを思わせる唇。

 白い肌は未だ踏み込まれたことのない新雪のようで、きめ細かく、それでいて少し上気した頬と、紺を含んだその黒い髪のグラデーションは見るものを惹きつけるには充分だった。

 おっとりとした雰囲気はマイナスイオンを周囲にまき散らして、戦場に彼女がいれば銃声も怒号もやむに違いない。高貴で気高く、しかしそれを鼻にかけない。自覚のないお嬢さま。

 池袋という雑多で中途半端な街には到底似合いそうにない彼女に、俺は一瞬で心を持っていかれたのだ。


◇◆


 久乃木くのぎ 瑠璃るり。十九歳。男。東京都は豊島区、東池袋にあるへいわ通りの安アパート在住。ひとり暮らし。家賃は破格の九万七千円。

 最終学歴は高卒。ロマンス通りのネットカフェのバイト。主に朝勤で八時から十七時。金欠時は西口公園前のカラオケ屋か居酒屋で短期のバイトで食いつないでいる。

 金髪を短く刈って、左の下唇の端にはシルバーのラブレットスタッド・ピアス、分かりやすく言えば玉状のピアスがひとつ刺さっていて、1.6ミリほど。右耳には三連のリングピアス。

 右手の甲にはドクロに絡みついた蛇がハートを描き、その胴体をドクロが噛みついてるワンポイト・タトゥー。

 バイト以外では少ない貯金をはたいて買ったお気に入りのストーン・アイランドの黒いキャップを常に被っている。俺にとっては唯一高価な買い物だった。

 俺を表すにはこの程度。せいぜいあとは、セレクトショップのセール品で買った半袖丈の白いビッグTに黒スキニー、中古のティンバーのブーツ。

 どこにでもいる、どうしようもない輩のひとりだけれど、まあ苦に思ったことは無いし、それなりにバカをやって話せる相手がいるだけで充分楽しい。

 ただひとつだけ不満があることといえば名前くらいだ。

 両親は女の子が欲しかったらしく、俺が生まれるまで女の子の名前しか考えていなかったようだ。エコー検査で男だと分かったときも、考え直すのが面倒で瑠璃なんて名前になった。由来もクソもない。

 そんな俺が出会ったのは――いいや、出遭ったと言ったほうが正しいのかもしれない――それは、あまりにも美しい、機械音痴のお嬢さまだった。

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