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番外編
3.
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ふたりで手を繋いだままタクシーに乗った。この辺りからマンションまでは結構かかるのだが、こういうときの柊は金を惜しまない。
まぁ今は夕里も家賃を払わせてもらっているから金銭的には余裕があるし、大の男がぐずぐず泣いているのが一番の理由だろう。
ずっと手を握って、たまにもう片手でポンポン撫でられて。柊は優しい。黙ったままの車内はそれだけで満たされる思いだった。うん、電車じゃなくてよかった。
頭の中で柊の言葉を反芻する。すごく怒られたのに、嬉しい。というか、人前でめちゃくちゃ愛を叫ばれた気がする。どうしよう……死ぬほど嬉しい。
自分がゲイだと自覚したときから、相思相愛なんて無理だと諦めていた。昔から好きになる人はみんなノンケで、気持ち悪いと思われないよう恋心を押し隠して生きるのが普通で。
性欲だけは、そういう店に行けば簡単に相手が見つかることを、自分の容姿が男にも受けがいいことを大人になってから知った。
選手時代、同じチームの先輩に惹かれていた。ちょっと能天気で、ムードメーカー。試合に出てその人の役に立つことだけが喜びだったのに……
怪我をして週刊誌に撮られたあと。退職する旨と謝罪を伝えに最後、監督の元へ行ったときに呼び止められたのだ。いつも優しかった先輩は軽蔑の目を夕里に向けてきた。
「暁月……記事のせいでチームにも悪評が立ってる。俺はホモとかさ、そんな偏見ないけど。普通じゃないって自分でも分かってるんだろ?どうして隠しておけなかったんだ……仲間が頑張ってるときに遊び歩くなんて最低だって、みんな言ってたぜ」
あくまで自分は違うと言い募る、先輩の言葉は刃となり夕里の心をズタズタにした。家族にも申し訳ないと思いつつ、休ませてもらおうと実家に帰っても、一日と経たずに追い出される。
表の世界に自分の居場所なんてないと分かった。しばらく荒れて、名古屋でゲイ仲間と遊んで。
人に癒やしを与えるマッサージが好きかもしれないと気づき、勉強と貯金のために東京へと戻った。心の満たされない遊びはもう充分だ。真面目に仕事して、そのうち資格を取って……と、そう考えていたにもかかわらず。
夕里を根本からかき乱す存在が現れた。柊だ。社畜で敏感なサラリーマン。絶対に恋なんてしないと、しても多くは望まないと、誓ったのに…………遠くまで捕まえに来てくれた。
柊の向こう見ずでまっすぐな性格に何度惚れ、何度助けられてきたことか。夕里のほうがずっと臆病だ。後ろばかり見てびくびくしている。
でも、そろそろ過去に囚われるのは終わりにしないといけない。恋人に啖呵を切られて、ここで変われなかったら夕里は今後なにも成し遂げられないだろう。柊という奇跡みたいに愛しい人を、逃したらこの人生に意味はない。
家に着いて、いつものソファに落ち着く。腕の中に柊を収めると、ここが自分の居場所だと感じる。頸にキスを落として「んっ」という可愛い声を聞けば、愛おしさが胸に溢れかえる。
「ゆりくん……ごめん。今日すごい楽しくて、そんな飲んでないつもりだけど酔ってた……」
「いいですよ、みんな良い人そうでしたね。俺の方こそしつこく言ってごめんなさい」
「もう信じた?」
「はい。信じましたっ」
「もう疑わない?」
「はい。疑いませんっ」
「ふふふ~。なら赦しましょう!」
振り向いて見上げてくる眦は悪戯だ。胸を鷲掴みにされて、柊にひれ伏したくなる。この人には絶対に敵わない。
もう少し話をしていたいから、万感の思いでこめかみにキスをひとつ。
「よかったんですか?会社の人に、知られちゃって……」
「あの三人なら大丈夫。さすがに僕も相手は選んでるよ?」
部下の男が柊に憧れ以上の視線を向けていた気がして気になるが、信じると決めたかばかりだ。むしろ夕里との関係を知らしめてくれて良かった。柊がそう言うのなら彼も含め、言いふらすような人物ではないということだろう。
「あ……ちなみに千尋は苗字だからな?この前風邪引いたときは旦那さんも出てきてすっごい世話になった」
「え、いつ風邪引いたんですか?」
「え。えーっと……いつだったかな?」
どうして目を逸らすんだ。わりと最近なんだろうな……と心の中で確信ながらも、一緒に暮らし始めてからの柊はずっと調子がいい!と誇らしげに言ってくれるから嬉しい。
千尋さんには一緒に住むようになってすぐ夕里とのことを報告したらしく、男だということに驚きながらも本気で喜んでくれたそうだ。
ちゃんと相手を見極めて、躊躇いなく打ち明けられる柊は潔くて、たまらなく格好いい。凛と立つ柊に恥じない恋人でありたいし、彼が一番気を緩められる心の拠り所でありたい。
まぁ今は夕里も家賃を払わせてもらっているから金銭的には余裕があるし、大の男がぐずぐず泣いているのが一番の理由だろう。
ずっと手を握って、たまにもう片手でポンポン撫でられて。柊は優しい。黙ったままの車内はそれだけで満たされる思いだった。うん、電車じゃなくてよかった。
頭の中で柊の言葉を反芻する。すごく怒られたのに、嬉しい。というか、人前でめちゃくちゃ愛を叫ばれた気がする。どうしよう……死ぬほど嬉しい。
自分がゲイだと自覚したときから、相思相愛なんて無理だと諦めていた。昔から好きになる人はみんなノンケで、気持ち悪いと思われないよう恋心を押し隠して生きるのが普通で。
性欲だけは、そういう店に行けば簡単に相手が見つかることを、自分の容姿が男にも受けがいいことを大人になってから知った。
選手時代、同じチームの先輩に惹かれていた。ちょっと能天気で、ムードメーカー。試合に出てその人の役に立つことだけが喜びだったのに……
怪我をして週刊誌に撮られたあと。退職する旨と謝罪を伝えに最後、監督の元へ行ったときに呼び止められたのだ。いつも優しかった先輩は軽蔑の目を夕里に向けてきた。
「暁月……記事のせいでチームにも悪評が立ってる。俺はホモとかさ、そんな偏見ないけど。普通じゃないって自分でも分かってるんだろ?どうして隠しておけなかったんだ……仲間が頑張ってるときに遊び歩くなんて最低だって、みんな言ってたぜ」
あくまで自分は違うと言い募る、先輩の言葉は刃となり夕里の心をズタズタにした。家族にも申し訳ないと思いつつ、休ませてもらおうと実家に帰っても、一日と経たずに追い出される。
表の世界に自分の居場所なんてないと分かった。しばらく荒れて、名古屋でゲイ仲間と遊んで。
人に癒やしを与えるマッサージが好きかもしれないと気づき、勉強と貯金のために東京へと戻った。心の満たされない遊びはもう充分だ。真面目に仕事して、そのうち資格を取って……と、そう考えていたにもかかわらず。
夕里を根本からかき乱す存在が現れた。柊だ。社畜で敏感なサラリーマン。絶対に恋なんてしないと、しても多くは望まないと、誓ったのに…………遠くまで捕まえに来てくれた。
柊の向こう見ずでまっすぐな性格に何度惚れ、何度助けられてきたことか。夕里のほうがずっと臆病だ。後ろばかり見てびくびくしている。
でも、そろそろ過去に囚われるのは終わりにしないといけない。恋人に啖呵を切られて、ここで変われなかったら夕里は今後なにも成し遂げられないだろう。柊という奇跡みたいに愛しい人を、逃したらこの人生に意味はない。
家に着いて、いつものソファに落ち着く。腕の中に柊を収めると、ここが自分の居場所だと感じる。頸にキスを落として「んっ」という可愛い声を聞けば、愛おしさが胸に溢れかえる。
「ゆりくん……ごめん。今日すごい楽しくて、そんな飲んでないつもりだけど酔ってた……」
「いいですよ、みんな良い人そうでしたね。俺の方こそしつこく言ってごめんなさい」
「もう信じた?」
「はい。信じましたっ」
「もう疑わない?」
「はい。疑いませんっ」
「ふふふ~。なら赦しましょう!」
振り向いて見上げてくる眦は悪戯だ。胸を鷲掴みにされて、柊にひれ伏したくなる。この人には絶対に敵わない。
もう少し話をしていたいから、万感の思いでこめかみにキスをひとつ。
「よかったんですか?会社の人に、知られちゃって……」
「あの三人なら大丈夫。さすがに僕も相手は選んでるよ?」
部下の男が柊に憧れ以上の視線を向けていた気がして気になるが、信じると決めたかばかりだ。むしろ夕里との関係を知らしめてくれて良かった。柊がそう言うのなら彼も含め、言いふらすような人物ではないということだろう。
「あ……ちなみに千尋は苗字だからな?この前風邪引いたときは旦那さんも出てきてすっごい世話になった」
「え、いつ風邪引いたんですか?」
「え。えーっと……いつだったかな?」
どうして目を逸らすんだ。わりと最近なんだろうな……と心の中で確信ながらも、一緒に暮らし始めてからの柊はずっと調子がいい!と誇らしげに言ってくれるから嬉しい。
千尋さんには一緒に住むようになってすぐ夕里とのことを報告したらしく、男だということに驚きながらも本気で喜んでくれたそうだ。
ちゃんと相手を見極めて、躊躇いなく打ち明けられる柊は潔くて、たまらなく格好いい。凛と立つ柊に恥じない恋人でありたいし、彼が一番気を緩められる心の拠り所でありたい。
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