敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX

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番外編

2.

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 心配は心配だが、柊は泥酔ということもなく、気が抜けているだけでひとりでも帰ることはできそうだ。顔が赤いもののまだまだ飲めそうな部下たちは、柊を心配しつつも節度のある距離感を保っている。
 さすがちゃんとした会社の人間という感じだ。柊はいつも、できる部下たちだと誇らしそうに言っているし。
 
 夕里もここで自分が顔を出すのはまずいなと自覚していて、通りを挟んだ反対側から見守っていた。柊がひとりになってから合流すればいい。

(あ。あの男、水を渡すとき柊さんの手にめっちゃ触れたな……)

 他の部下は見当たらず、もう解散したあとのようだ。彼らもそろそろ駅に向けて歩き出すだろうか。というか、あの様子では夕里との約束を柊は忘れてしまっているように思える。
 しょうがないけど、ちょっと寂しい。柊は控えめな表現をしていたが、部下たちからとても慕われているのだろう。じゃなきゃあんなにも心配されない。

 ――そのとき、急に周囲を見渡しキョロキョロしだした柊と目が合った。

「ゆりくんだ!」
「うわっ、やべ」

 突き刺さるような視線を向けすぎたかもしれない。それとも柊がメールのやり取りを思い出したのか……とにかくまずいタイミングで見つかってしまった。
 明るい声音で名前を呼ばれる。ぱあっと嬉しそうな笑顔を向けられて、ドキンと心臓が跳ねる。ちょっと。その顔は反則ですって……!

 淡い嫉妬心が吹き飛ばされてしまった。小走りで向かってこようとするから、危うく通行人にぶつかる直前で自分が掴まえる。抱きしめたいのをぐっとこらえ、肩に手を置いて、節度を持った距離。小声で柊を叱る。

「柊さん……飲みすぎたでしょ」
「ゆりくんだぁ。会えてうれしー……」

 ……駄目だこれは。早急に連れ帰らなければならない。帰ったらどんな風に抱いてやろうか、じゃなくてどうやってさり気なく一緒に帰るか、頭の中で計算を始める。

「ひいちゃん待たせてごめーん!さっ帰ろ!東さんも柴野くんもありがとう。二次会向かうんでしょ?」
「ちひろ」

 手洗いにでも行っていたのか、もう一人店から出てきた女性がいた。話しぶりから部下よりも気安い仲に見える。確か友人とも言える同期がいると、柊から聞いたことがあるような……

「……仲良さそうですね」
「え?そりゃ千尋だもん。ほら、同期の」
「は?とんでもないイケメンがいる。なんなの?ひいちゃん知り合い?」
「えへへ。ゆりくんはぁ、僕の……」
「ただの顔見知りですよ。偶然見かけたんで、声かけちゃいました」
「え……」
 
 夕里は咄嗟に口を挟んだ。当然だ。柊の職場の人間に、男が恋人なんだと知られてはいけないに決まってる。けれど……自分の言葉に自分で傷つく。
 
 柊は社交性のあるタイプではないし、こんな危なっかしい人、自分がそばにいないと駄目だと思い込んでいた。
 それはとんだ思い上がりだった。目の前の柊は、どう見ても男女関係なく慕われている。しかも、親しげに名前やあだ名で呼び合う女性がいるなんて……勝てっこない。
 
 普通の世界からパチンとはじき出されて、夕里は遠くからその光景を見ている。柊は向こう側にいたほうがいい。夕里と一緒にいると、後戻りできなくなってしまう。バレて、軽蔑されてからでは遅いのだ。

「うわぁ。爽やかなスポーツマンって感じですね。柴野さん、負けましたね」
「あずま、ひどい」
「ひいちゃんどこでこんなイケメン拾ったの。ねぇ、せっかくだから一緒に飲みません?」
「千尋……」
「いや、明らかに部外者じゃないですか俺。もう行きますね。、会えて嬉しかったです。じゃあ……」

 胸がつかえたみたいに苦しくて、柊の顔を見れなかった。なんとか当たり障りのない言葉を絞り出す。スーツの集団に背を向け、足を踏み出す。自分は部外者だ。
 帰る場所は一緒だけど……こんな嘘みたいに幸せな日常は、そう長く続くはずがない。柊のためにも、自分はいつか離れたほうがいいのだろう。彼にはしっかりした女性がお似合いだ。年齢的にも結婚して、きちんとした家庭を築けるような……

「ゆりくんっ。ねぇ、待って…………待てって!暁月夕里!!」
「……なんですか?」

 柊の強い口調を初めて聞いた。フルネームで呼ばれて、思わず立ち止まる。視線はまだ向けられない。

「頼んでもないのに隠すな。勝手に落ち込むな。何が部外者だ?僕の身内みたいなもののくせに。まだ僕のことを信じられないのか?こんなにも惚れさせておいて」

 信じられない口調と内容に、思わず振り返った。
 
「はっ?えっ。ちょ……ひ、喜多さん……」
「いつもみたいに柊って呼べ!そろそろ信じろよ、僕は夕里の優しいところも面倒くさいところも、全部ひっくるめて好きなのに。勝手に落ち込んで自己完結するな。人の気持ちを疑うのも大概にしろ!」
「うわぁ、出たよ理詰め鬼上司……てかあれがマッサージの人かぁ」
「怒った喜多さん……久しぶりに見ると迫力ありますね。あれ彼氏さんってことですよね?論破されてるの面白すぎなんですけど」
「きたかちょー……そんなぁ」

 仁王立ちで腕を組む柊は明らかにキレていて、めちゃくちゃ怖い。言い返す隙を全く与えず、据わった目に睨みつけられて圧倒される。
 柊の言葉は……畳み掛けるように言われてしまったけど…………正論だ。夕里はいつも、ぐだぐだと悩んで現実を信じられないでいる。あまりにも幸せで、受け入れられないでいる――――柊に心から好かれているという事実を。

 視界がじわ、と滲む。途端に柊がへにょりと眉を下げた。

「……ごめん。泣かないでゆりくん。――帰ろう。一緒に」
「うん……」

 柊の同僚が見ている。何か言っている。でも夕里は柊の手を振りほどけなかった。強い力で夕里を引っぱって前を向かせてくれるこの人に、一生ついていきたい。
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