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番外編
1.わかってほしい
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いつもありがとうございます。
今回の番外編は、全5話あります。
――――――――――
「いいですか柊さん。ぜっっったいに飲みすぎちゃ駄目ですからね?フラフラと人について行かないよーに!」
夕里は真剣な目で柊を見据えた。少し屈んで、真正面。
琥珀色の目をぱちくりさせている柊は、恋人である贔屓目かもしれないがとっても可愛い。朝の光が髪を柔らかく照らしている。染めたことはないという細い髪が金糸のように輝き、繊細な顔立ちによく似合っていた。今はしつこく言い聞かせ過ぎたのか、淡く色づいた唇を尖らせている。
「わかってるって。じゃあ先に出るから、ゆりくんも仕事がんばってね」
自覚が足りないんだよなぁ。柊を浮腫みややつれ、隈とは無縁の顔にしてしまったのは自分で、今日ばかりは自慢の腕が憎い。
やっぱり飲み会なんて行かせたら攫われるんじゃと心配になるが、あまりしつこく言って嫌われたくもない。すでにちょっと不機嫌そうだ。
「行ってらっしゃい」
「っん。んふふ。行ってきまーす」
あーかわいい。行ってらっしゃいのキスを始めたころの真っ赤な顔もよかったけど、慣れて、それでも嬉しそうに照れ笑いしてくれるのがたまらない。
柊を玄関まで見送って、夕里は朝の家事に取りかかった。今日の予約を頭に思い浮かべ、一日のスケジュールを組み立てる。
フリーランスのセラピストとしての仕事はようやく軌道に乗ってきたところだ。スポーツ選手相手に疲労回復やパフォーマンス向上などを目的として実施する、スポーツマッサージから始めたのが良かったのだろう。
初めの客は、かつて選手だったときの知り合いやゲイ仲間から紹介された人がメインだった。しかし手堅く信用を得たおかげで、いまや口コミで新規の予約が入ることも少なくない。まだ柊にも言っていないがスポーツをテーマとしたドラマ撮影で、出演者のサポートをしてくれないかと頼まれていたりもする。
色々と資格を取ったためスポーツマッサージもできるが、やっぱり夕里は癒しを提供するリラクゼーションマッサージが好きだ。けれどそれだけで生計を立てるのは今のところ厳しいし、手広く仕事を受けている。女性に頼まれることもあるから美容目的のマッサージも並行して勉強中だ。
夕里は『すごいね!?』と柊に言ってもらえる技術を持ち続けたい。成長する自分で彼の隣にいたい。
それにちゃんと稼げさえすれば、フリーランスの方が仕事を選べる。柊の健康管理が夕里にとっての最重要事項で、なるべく生活のリズムは合わせられるようにしていきたいのだ。
とはいえ最近の柊はけっこう早く帰ってくるようになって、夕里の方が遅くなることもたびたびあるから悩ましい。まぁ疲れて帰って、恋人におかえりと出迎えられるのは最高だけど。
今日はどっちが先に帰れるだろう。柊も仕事ではシャキッとしているらしいが、酔っ払ったらぽやぽや感がすごい。誘ったのは自分だけど、迂闊に男の家に上がり込んだり。レンのような男を引っ掛けてしまったり。
部署だけのこぢんまりとした会だというから、大丈夫だと信じたい。部下といれば、シャキッとしたまま帰ってくるかもしれないし。うん……大丈夫。
不安な気持ちを押し隠して、夕里は自分の仕事に出かけた。
◇
――――――
柊さん!飲み会終わるのそろそろですか?
よかったら一緒に帰りましょ♡
――――――
帰る
――――――
やった!店、駅前の○○ですよね?
近くで待ってていいですか?
――――――
うん
――――――
まずそうだなとは思っていた。柊のメールは基本的にあっさりシンプルだが、これはいつも以上だ。すごく疲れているか、すごく眠いか……あるいは。
自分でも執着彼氏っぽいなと思いつつ、ちょうどいい時間に仕事を終えたからとかつての最寄駅へと降り立った。終電にはまだ早く、駅の混雑はそれほどでもない。
柊は二次会というものに参加したことがないと言っていた。大学でアルコール耐性のなさに気づき、社会人になってからは飲みすぎを自制していたらしい。なんというか……あの人らしいなと思う。いまの会社へ転職するまで、それほど気を許せる人がいなかったのもあるだろう。
しかしここ半年ほど、夕里のおかげで部下との関係は改善し、気の置けない戦友のような存在になったと言っていた。それは素直に嬉しいし誇らしい。
――でも……
「きたかちょー、水買ってきましたよ!」
「ん……ありがと」
「喜多さん、ひとりで帰れます?タクシー呼びましょうか?」
「だいじょーぶ……んー?あれ?」
「あ……蓋ですね!お、おれ、開けますから!」
店の前に着いたとき、夕里と同い年くらいの男女が柊の左右で甲斐甲斐しく世話をしているのが視界に入った。五人いる部下のうちの二人だろうか。
柊はちゃんと自分の足で立っているように見えるが、夕里にはわかる。
(あれは警戒心ゼロの――完全にぽやぽやバージョンの柊さんだ……!)
今回の番外編は、全5話あります。
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「いいですか柊さん。ぜっっったいに飲みすぎちゃ駄目ですからね?フラフラと人について行かないよーに!」
夕里は真剣な目で柊を見据えた。少し屈んで、真正面。
琥珀色の目をぱちくりさせている柊は、恋人である贔屓目かもしれないがとっても可愛い。朝の光が髪を柔らかく照らしている。染めたことはないという細い髪が金糸のように輝き、繊細な顔立ちによく似合っていた。今はしつこく言い聞かせ過ぎたのか、淡く色づいた唇を尖らせている。
「わかってるって。じゃあ先に出るから、ゆりくんも仕事がんばってね」
自覚が足りないんだよなぁ。柊を浮腫みややつれ、隈とは無縁の顔にしてしまったのは自分で、今日ばかりは自慢の腕が憎い。
やっぱり飲み会なんて行かせたら攫われるんじゃと心配になるが、あまりしつこく言って嫌われたくもない。すでにちょっと不機嫌そうだ。
「行ってらっしゃい」
「っん。んふふ。行ってきまーす」
あーかわいい。行ってらっしゃいのキスを始めたころの真っ赤な顔もよかったけど、慣れて、それでも嬉しそうに照れ笑いしてくれるのがたまらない。
柊を玄関まで見送って、夕里は朝の家事に取りかかった。今日の予約を頭に思い浮かべ、一日のスケジュールを組み立てる。
フリーランスのセラピストとしての仕事はようやく軌道に乗ってきたところだ。スポーツ選手相手に疲労回復やパフォーマンス向上などを目的として実施する、スポーツマッサージから始めたのが良かったのだろう。
初めの客は、かつて選手だったときの知り合いやゲイ仲間から紹介された人がメインだった。しかし手堅く信用を得たおかげで、いまや口コミで新規の予約が入ることも少なくない。まだ柊にも言っていないがスポーツをテーマとしたドラマ撮影で、出演者のサポートをしてくれないかと頼まれていたりもする。
色々と資格を取ったためスポーツマッサージもできるが、やっぱり夕里は癒しを提供するリラクゼーションマッサージが好きだ。けれどそれだけで生計を立てるのは今のところ厳しいし、手広く仕事を受けている。女性に頼まれることもあるから美容目的のマッサージも並行して勉強中だ。
夕里は『すごいね!?』と柊に言ってもらえる技術を持ち続けたい。成長する自分で彼の隣にいたい。
それにちゃんと稼げさえすれば、フリーランスの方が仕事を選べる。柊の健康管理が夕里にとっての最重要事項で、なるべく生活のリズムは合わせられるようにしていきたいのだ。
とはいえ最近の柊はけっこう早く帰ってくるようになって、夕里の方が遅くなることもたびたびあるから悩ましい。まぁ疲れて帰って、恋人におかえりと出迎えられるのは最高だけど。
今日はどっちが先に帰れるだろう。柊も仕事ではシャキッとしているらしいが、酔っ払ったらぽやぽや感がすごい。誘ったのは自分だけど、迂闊に男の家に上がり込んだり。レンのような男を引っ掛けてしまったり。
部署だけのこぢんまりとした会だというから、大丈夫だと信じたい。部下といれば、シャキッとしたまま帰ってくるかもしれないし。うん……大丈夫。
不安な気持ちを押し隠して、夕里は自分の仕事に出かけた。
◇
――――――
柊さん!飲み会終わるのそろそろですか?
よかったら一緒に帰りましょ♡
――――――
帰る
――――――
やった!店、駅前の○○ですよね?
近くで待ってていいですか?
――――――
うん
――――――
まずそうだなとは思っていた。柊のメールは基本的にあっさりシンプルだが、これはいつも以上だ。すごく疲れているか、すごく眠いか……あるいは。
自分でも執着彼氏っぽいなと思いつつ、ちょうどいい時間に仕事を終えたからとかつての最寄駅へと降り立った。終電にはまだ早く、駅の混雑はそれほどでもない。
柊は二次会というものに参加したことがないと言っていた。大学でアルコール耐性のなさに気づき、社会人になってからは飲みすぎを自制していたらしい。なんというか……あの人らしいなと思う。いまの会社へ転職するまで、それほど気を許せる人がいなかったのもあるだろう。
しかしここ半年ほど、夕里のおかげで部下との関係は改善し、気の置けない戦友のような存在になったと言っていた。それは素直に嬉しいし誇らしい。
――でも……
「きたかちょー、水買ってきましたよ!」
「ん……ありがと」
「喜多さん、ひとりで帰れます?タクシー呼びましょうか?」
「だいじょーぶ……んー?あれ?」
「あ……蓋ですね!お、おれ、開けますから!」
店の前に着いたとき、夕里と同い年くらいの男女が柊の左右で甲斐甲斐しく世話をしているのが視界に入った。五人いる部下のうちの二人だろうか。
柊はちゃんと自分の足で立っているように見えるが、夕里にはわかる。
(あれは警戒心ゼロの――完全にぽやぽやバージョンの柊さんだ……!)
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