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一気に眠気から覚め、必死に経緯を説明した。夕里はにやにや笑いながら話を聞いて、じゃあ行きましょうと今度は柊の手を引いて歩き出す。
こんなの、ラブホテルに入っていくカップル以外の何者でもないと気づくと、もう恥ずかしくて仕方がなかった。
熱い頬を意識してしまい、俯きながら夕里のあとをついて行く。今さらながらに手の平にかいた緊張の汗を悟られていないかと冷や冷やした。
部屋の扉をくぐってまっさきにベッドが視界に入った瞬間、カチコチに身体が固まってしまう。なんか……なんか!自分が誘っているみたいだ!
「あ!寝る前にシャワーしたいよね。タオルたくさんあったから好きに使って。バスローブもあったし……」
「柊さん」
「あっ……」
なにを言っても墓穴を掘っている気がしないでもなかったが、早口に喋る以外間のもたせ方が分からない。コミュ障丸出しで焦る柊を、夕里がぎゅっと抱きしめた。
他の誰に触れられるのとも違う。彼の腕は柊を安心させるし、いい意味でドキッとさせてくる。
「ちゃんと、聞かせてくれませんか……さっきの、返事」
「ぼくも…………すき、です」
顔は見れなかった。こうして気持ちを言葉にして差し出すのが、こんなにも難しくて恥ずかしいことだと知らなかったのだ。顔だけじゃなく全身が熱い。
「ああああのっ、その、僕、人と付き合ったことなくて……ごめん。キスも、ゆりくんが初めてだった……」
「まじですか?最高かよ」
わたわたと喋って夕里の胸に押し付けていた顔は彼の両手に挟まれて上を向き、間近で見つめられる。近づいてくる顔を感じてとっさに身体を引こうとしたものの……もう拒否する理由なんてないと気づいて瞼を閉じた。
「ん……」
優しく重なった唇がすぐに離れていく。初めて柊の理想としていたものに近いキスをされたのに、胸に生まれたのは物足りなさだった。
どう伝えればいいのか分からず、潤んだ瞳でたったいま離れていった唇を見つめる。キスを反芻するように、物欲しげに半開きになった唇を舌で舐める。
「なんなんですかそれわざとですか」
「え?――んんぅっ」
ちょっと怒った声で訊かれて、聞き返す暇もなく再びキスが降ってきた。今度は……上級者向けのやつだ。
口の中に溜まった唾液を飲み込むと、身体の中から夕里のものになっていく気がする。
気づけばベッドに押し倒され、大の男に覆いかぶさられている。柊は息も絶え絶えだ。息継ぎの仕方がよく分からず、何度も酸欠になりそうだった。
天井を背景に見下ろしてくる夕里も息が荒い。はぁはぁと互いに熱い息を逃がし、この先の展開を想像する。
自分に、それがちゃんと……できるだろうか?柊は不安でパニックになった。
「このまま抱いて……いいですか?」
「……えと……ごめん。シャワーだけさせてほしい」
以前アダルトサイトを見てから調べたあれやこれやが頭に浮かぶ。やったことのない未知の行為に怖じけそうになるものの、ここで止めては男が廃ると自分を叱咤する。
深夜も深夜、かなりいい時間だが、このタイミングを逃すと我に返って動けなくなりそうだ。
夕里も嬉し恥ずかしといった様子で「あ、じゃあ俺も風呂使いたいです」と告げるので、先に譲った。その間にスマホでいろいろと調べておきたい。
名残惜しそうに風呂場へ向かう夕里を見送って、ふぅと力を抜く。備え付けのミネラルウォーターを開けてひと口飲む。
「うわっ!」
口の端から水がこぼれて、トレーナーの首元を濡らしてしまった。上手く飲めなかった理由は自分で唇に触れれば分かった。唇がまだ余韻に痺れているのだ。
「キス、いっぱいしちゃった……」
正直これだけでいっぱいいっぱいだ。でもかつて、夕里の家ではもっとすごいことをされたのだと思い出す。今日は、もっと……
うわー!と叫び出したいのを堪えて、スマートフォンを取り出した。画面上の電池マークが赤くなり、充電を要求している。
仕方なく充電器に繋ぎ、テーブルに置きっぱなしだったパソコンを立ち上げた。会社用だけど、ちょっとだけ……
そんな下心満載の柊にバチが当たったのか、目に入ってきたのはメールやチャットの通知の山。ホテルを出る前にはなかった通知が何十件も溜まっている。
――最悪だ。仕事で何かあったことは明白で、柊は恐る恐るクリックした。
「柊さーん!お待たせしまし、た……ってどうしたんですか!?」
「ご、ごめん……ッ」
夕里が出てきたとき、柊はぼろぼろと泣きながらパソコンに向かっていた。
部下が来週リリースされる新機能の致命的なバグに気づいたのだ。プライベートでリラックスしているとき、急に仕事のことを思い出しミスに気づくことは意外にある。
なんで今なんだ。もっと早く連絡に気づけばよかった。そもそも自分が前段階から気づくべきで……といくら後悔してもしきれず、会社では決して出てこない涙まであふれてくる。今日の情緒はぐちゃぐちゃだ。
「大丈夫、大丈夫ですから……今日やらなきゃいけないことなんですよね?」
「うぅ、ひっく、うん……修正点をまとめて、明日の朝イチでベンダーに投げて……上手く行けば週明けのリリースに間に合う」
「分かりました。邪魔しませんから、頑張ってください!あ、ちょっとマッサージしましょうか?仮眠とった方が落ち着いていいと思いますよ」
「え……悪いよ」
「俺が、柊さん専属のセラピストになりたいんです!」
正直嬉しい。いまの状態では全く思考が働かず、ほとんど仕事も進んでいなかった。三十分後に起こしてくれるよう頼んで、柊は大人しくベッドに横になる。
いつぶりだろう。枕に頭を置いて見上げた夕里はバスローブから胸板を覗かせていて、髪もしっとりと濡れていて色気たっぷりだ。
でも……目を閉じる。彼の手が柊に触れてくる。なにも以前と変わりなく。
「ふぁぁ、きもちぃー……」
「ふふっ。よかったです。おやすみなさい……柊さん」
こんなの、ラブホテルに入っていくカップル以外の何者でもないと気づくと、もう恥ずかしくて仕方がなかった。
熱い頬を意識してしまい、俯きながら夕里のあとをついて行く。今さらながらに手の平にかいた緊張の汗を悟られていないかと冷や冷やした。
部屋の扉をくぐってまっさきにベッドが視界に入った瞬間、カチコチに身体が固まってしまう。なんか……なんか!自分が誘っているみたいだ!
「あ!寝る前にシャワーしたいよね。タオルたくさんあったから好きに使って。バスローブもあったし……」
「柊さん」
「あっ……」
なにを言っても墓穴を掘っている気がしないでもなかったが、早口に喋る以外間のもたせ方が分からない。コミュ障丸出しで焦る柊を、夕里がぎゅっと抱きしめた。
他の誰に触れられるのとも違う。彼の腕は柊を安心させるし、いい意味でドキッとさせてくる。
「ちゃんと、聞かせてくれませんか……さっきの、返事」
「ぼくも…………すき、です」
顔は見れなかった。こうして気持ちを言葉にして差し出すのが、こんなにも難しくて恥ずかしいことだと知らなかったのだ。顔だけじゃなく全身が熱い。
「ああああのっ、その、僕、人と付き合ったことなくて……ごめん。キスも、ゆりくんが初めてだった……」
「まじですか?最高かよ」
わたわたと喋って夕里の胸に押し付けていた顔は彼の両手に挟まれて上を向き、間近で見つめられる。近づいてくる顔を感じてとっさに身体を引こうとしたものの……もう拒否する理由なんてないと気づいて瞼を閉じた。
「ん……」
優しく重なった唇がすぐに離れていく。初めて柊の理想としていたものに近いキスをされたのに、胸に生まれたのは物足りなさだった。
どう伝えればいいのか分からず、潤んだ瞳でたったいま離れていった唇を見つめる。キスを反芻するように、物欲しげに半開きになった唇を舌で舐める。
「なんなんですかそれわざとですか」
「え?――んんぅっ」
ちょっと怒った声で訊かれて、聞き返す暇もなく再びキスが降ってきた。今度は……上級者向けのやつだ。
口の中に溜まった唾液を飲み込むと、身体の中から夕里のものになっていく気がする。
気づけばベッドに押し倒され、大の男に覆いかぶさられている。柊は息も絶え絶えだ。息継ぎの仕方がよく分からず、何度も酸欠になりそうだった。
天井を背景に見下ろしてくる夕里も息が荒い。はぁはぁと互いに熱い息を逃がし、この先の展開を想像する。
自分に、それがちゃんと……できるだろうか?柊は不安でパニックになった。
「このまま抱いて……いいですか?」
「……えと……ごめん。シャワーだけさせてほしい」
以前アダルトサイトを見てから調べたあれやこれやが頭に浮かぶ。やったことのない未知の行為に怖じけそうになるものの、ここで止めては男が廃ると自分を叱咤する。
深夜も深夜、かなりいい時間だが、このタイミングを逃すと我に返って動けなくなりそうだ。
夕里も嬉し恥ずかしといった様子で「あ、じゃあ俺も風呂使いたいです」と告げるので、先に譲った。その間にスマホでいろいろと調べておきたい。
名残惜しそうに風呂場へ向かう夕里を見送って、ふぅと力を抜く。備え付けのミネラルウォーターを開けてひと口飲む。
「うわっ!」
口の端から水がこぼれて、トレーナーの首元を濡らしてしまった。上手く飲めなかった理由は自分で唇に触れれば分かった。唇がまだ余韻に痺れているのだ。
「キス、いっぱいしちゃった……」
正直これだけでいっぱいいっぱいだ。でもかつて、夕里の家ではもっとすごいことをされたのだと思い出す。今日は、もっと……
うわー!と叫び出したいのを堪えて、スマートフォンを取り出した。画面上の電池マークが赤くなり、充電を要求している。
仕方なく充電器に繋ぎ、テーブルに置きっぱなしだったパソコンを立ち上げた。会社用だけど、ちょっとだけ……
そんな下心満載の柊にバチが当たったのか、目に入ってきたのはメールやチャットの通知の山。ホテルを出る前にはなかった通知が何十件も溜まっている。
――最悪だ。仕事で何かあったことは明白で、柊は恐る恐るクリックした。
「柊さーん!お待たせしまし、た……ってどうしたんですか!?」
「ご、ごめん……ッ」
夕里が出てきたとき、柊はぼろぼろと泣きながらパソコンに向かっていた。
部下が来週リリースされる新機能の致命的なバグに気づいたのだ。プライベートでリラックスしているとき、急に仕事のことを思い出しミスに気づくことは意外にある。
なんで今なんだ。もっと早く連絡に気づけばよかった。そもそも自分が前段階から気づくべきで……といくら後悔してもしきれず、会社では決して出てこない涙まであふれてくる。今日の情緒はぐちゃぐちゃだ。
「大丈夫、大丈夫ですから……今日やらなきゃいけないことなんですよね?」
「うぅ、ひっく、うん……修正点をまとめて、明日の朝イチでベンダーに投げて……上手く行けば週明けのリリースに間に合う」
「分かりました。邪魔しませんから、頑張ってください!あ、ちょっとマッサージしましょうか?仮眠とった方が落ち着いていいと思いますよ」
「え……悪いよ」
「俺が、柊さん専属のセラピストになりたいんです!」
正直嬉しい。いまの状態では全く思考が働かず、ほとんど仕事も進んでいなかった。三十分後に起こしてくれるよう頼んで、柊は大人しくベッドに横になる。
いつぶりだろう。枕に頭を置いて見上げた夕里はバスローブから胸板を覗かせていて、髪もしっとりと濡れていて色気たっぷりだ。
でも……目を閉じる。彼の手が柊に触れてくる。なにも以前と変わりなく。
「ふぁぁ、きもちぃー……」
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