敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX

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37.モテキ

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 柊は疲れていた。

「はぁ。やっぱ慣れない……」

 飲みすぎで思考が鈍く、頭も水が溜まったように重い。

「もう夜中じゃん……」

 よろよろと栄の繁華街を歩き、コンビニで買ったミネラルウォーターを呷る。二軒目で飲んだのはたった二杯だが、下戸の柊にはまるで命の水に感じられた。
 最初の一杯は良かったのだ。チャームのナッツを齧りウーロン茶を飲んで、スッキリしてきた頭でトイレに立った。さり気なくテーブル席の方まで顔ぶれを確認して、「いないか……」と撃沈する。

 手洗いを済ませシュンとした顔のまま席に戻ると、隣の席の人が入れ替わっていた。確か、向かいのカウンターに座っていた人だよな?
 スラリとした長身、綺麗な感じの顔で、同い年くらいに見える男。
 
 話したいから奢るよと言われ、情報収集のためと一杯付き合うことにした、のだが……飲み終わる頃には肩を寄せられ、気づけば腰に手が回っていた。ちょっと距離感が近いなとは思っていたけれど、まさかこれは、口説かれてる……?

 この辺りの事情について話を聞けたのはよかったものの、下心にはお応えできない。ぼうっとしていたせいでこちらでも気づけば一時間以上経っていて、柊は慌てて席を立った。
 
 隣の男もバーテンの視線を受けたのかしつこくしてくることはなく、彼の目的に気づかなかった自分も悪かったな……と反省する。帰りに同じ列のカウンターをチラリと見れば、カウンターの下で手を絡ませ合っている者たちもいた。

 そうだよな、こういったバーは出会いの場になるんだよな……。最初の店の男性もそういう意味で気をつけてと言ってくれたのだと、今さらながらに気づいた。

 夕里がバーに来るとしたら目的はそれなんじゃないかと、ふと思う。彼だって若い男だ。相手には困らなそうに見えるけど、女性を相手にできないなら同じ指向の人が集まる場で探すのもなんら不思議ではない。
 
 もしかして、聞いていないだけで恋人がいた……?いやいや、それで柊に手を出すような、そんな不誠実な男じゃないはず。けれど、なんの関係もなくなってしまった今は…………

「もー!こんなこと考えたって、仕方ないでしょ!」

 自分に言い聞かせ、バチンと両手で頬を打った。すれ違う人が柊を見てきたがそんなことに気づかないくらいにはまだ酔っている。
 もう終電を過ぎた頃だろうか。わずかに人通りは減り、千鳥足で歩く酔っぱらいや路上に座り込んでいる人は増えた。怪しげなキャッチが増え、深夜営業店のネオンが増す。

 もうホテルに帰って寝たい。長い一日の疲れがどっと押し寄せ、眠い目をこすりながら歩く。もう、最後だ。
 バーの立ち並ぶ路地裏にその店はあった。

 ここで見つからなかったら大人しく明日、東京に帰って……どうすればいいんだろう。
 夕里の家に行ってみるくらいしか方法は思いつかないし、時間が経てば自分も諦めがつくのかもしれない。
 
 なに、別に元の生活に戻るだけだ。夕里と出会ってからまだ二ヶ月も経っていないのだ。
 
 慢性的な疲れが取れず眠れない日々が続けば、また部下にきつく当たってしまうだろう。多少関係は改善したし仕事も落ち着いてきたから、以前よりは酷くならない可能性もある。
 別のマッサージ店を探して柊に合うセラピストを見つけるのも手だ。そう、つらつらと考えても……

「ゆりくんじゃないと……僕……」

 どうしても気持ちが沈んで、未来のことを考えても気力が湧いてこない。会えなくなってもう三週間たつ。
 まだ、夕里が柊の前から姿を消したことを受け入れられていなかった。
 
 消化しきれない思いがずっと胸の中心に居座っている。苦しくて、重くて、熱い。こんな気持ちにさせておいて……もう!

 重い扉を開けた瞬間、大音量のクラブミュージックに包まれた。深夜とは思えないほど、バーの店内はぎゅうぎゅうに賑わっている。
 あれ……?
 
 調べたときはシックな内観で落ち着いていそうだと思ったし口コミにも確かにそう書いてあったのに、店の奥にはDJブースが設置されその周辺にはリズムに乗って踊る人たちが集っている。

 柊が目を白黒させていると、入口のそばにいた店員が「初めてですか?」と訊いてくる。どうやら今日は周年イベント中らしく、いつもはもっと静かに酒と出会いを楽しむ店なんだそうだ。
 
 バーカウンターは落ち着いてますから、と案内された席は数段階段を上がった先にあった。横を向けばいい感じに店内を見渡すことができ、バーテンの格好をした人がにこやかに出迎えてくれる。

 反射的にジントニックを注文し、DJブースの方に目を向ける。中心にはセクシーな踊りを披露しているママらしき人や、腰を擦り付けあっていちゃつくカップルのような人たちがいる。その周囲の壁沿いには、立って音を楽しみながら談笑するグループがいくつもあった。

「ん……?」

 その中に、味噌煮込みうどん屋で見たような後ろ姿を見つけ、柊は目を凝らした。暗いし、夕里らしき人物のあとから出ていった背中を一瞬見ただけだから定かではない。
 近くに夕里らしき人物もいない。勘違いか……
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