敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX

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「はぁぁぁ……」

 疲れた。一杯で三十分ほど粘って、夕里が来ないか待ってみよう……と計画していたのに、気づけば一時間が経ち慌てて逃げるように出てきたのだ。

 小さなバーには四十代くらいに見えるママと若いスタッフ(店子みせこというらしい)、それに数名の客がいた。バーの盛り上がる時間には少し早かったからだろう、落ち着いた雰囲気の店内に柊は安心した。
 
 ジントニックを頼みこっそりと見渡すが、夕里はいない。奇跡でも起きない限りすぐに見つかるはずもないと分かっていても、ガックリくる。

 カウンター越しに飲み物を差し出され慣れない挙動で受け取ると、ママが優しく話しかけてくれた。見た目とのギャップに驚いたものの、さすが接客業のプロだ。
 みるみるうちに柊の緊張は解け、人を探して遥々名古屋まで来たことを打ち明けてしまった。

「やだ、可愛い~っ!不安そうな顔も可愛かったけど、行動力はおとこね!そのエピソード、滾るわぁぁ!本当に出逢えたら、ドラマみたいじゃない!?」
「そんな純粋な理由で来る人、久々に見た……!」
「若いなぁ、君。一杯奢るよ」

 大興奮のママに、スタッフからも他の客からも、天然記念物扱いされてしまった。柊の調査不足でしかないが、かなりアットホームな店だったらしい。
 気前のいい客に奢られるのをひたすらに恐縮しながら断り、なんとか二杯でオーダーストップした。

 情報をぼかしつつ夕里を見ていないか尋ねてみたけれど、結果は芳しくなかった。まぁ仕方ない。
 止まらない会話の隙を見てチェックを告げ、ようやっと店を出る。酒よりその雰囲気に当てられて、頭がくらくらしていた。

 しばしそこで立ち止まっていると、扉の脇で電話していた客の一人が声を掛けてきた。カウンターで何度か言葉を交わした、少し年上に見える落ち着いた雰囲気の人だ。
 次に行く店の名前を訊かれ答えると、「安全な店だけど気をつけるように」と言われて首を傾げる。彼は苦笑して、柊の履いているパンツの尻ポケットに名刺を入れた。

「いざとなったら連絡して」

 ポンと尻を叩かれて、きょとんとする。彼はそのまま店の中へと戻っていった。

「どういう意味だったんだろ?」

 深く考えずに気持ちを切り替えて、二軒目に向かう。名古屋の終電事情は分からないが、まだまだ人の減った様子はない。
 
 道ゆく人に夕里の影すら見えず、物寂しくなってくる。酒の入った人が多いのか、みんな陽気に笑っていて楽しそうだ。
 自分は一人で何してるんだろう。こんな、慣れない土地で……

 二軒目は地下にあるバーだった。調査したなかで一番大きく、人を探すのは大変そうだが可能性も上がると思えば行かない理由はない。
 
 先ほどよりは躊躇いなく店に入ると、薄青い照明に照らされたおしゃれな空間だった。
 中央で店員が酒を作っていて、それを左右から挟むように長いカウンターが伸びている。それとは別に小さなテーブルも奥にいくつもある。

 客の入りは八割といったところか。広い店に男性しかいないのは、ちょっと変な感じがするなぁと柊は今さらに感じながら、店員に示されたカウンターの端にちょこんと座る。
 
 一軒目とは違ってどの人がママなのかわからない。アットホームさはあまりなく、柊も一言二言バーテンと会話してからは放っておかれた。
 あちらこちらで談笑している声が聞こえるものの、静かに酒を飲んでいるだけの客もいて居心地の悪さはあまりない。さっきまで飲んでいたアルコールのおかげで、注意力が散漫になっているのもある。

 酔い覚ましのためのソフトドリンクをちびりとやりながら、こっそり向かいのカウンターの顔ぶれを眺める。年齢層は若めで、店の雰囲気に合ったお洒落な感じの人が多い。レンみたいに鍛えた身体を強調する薄着の人もいた。
 
 柊は自分が場違いな格好をしていないかと少し不安になった。アイボリーで大きめのトレーナーに、コーヒーブラウンで太めのスラックス。休日くらいラクに過ごしたいと、無意識にゆったりと着られる楽ちんな服ばかりが増えている。

 まぁ自分に注目する人間なんていないだろう。そう思っていたのだけれど……
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