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券売機で戻りのチケットを買い、新幹線に乗り込む。まだ日が沈むには時間があるものの、厚い雲が垂れ込め外は暗くなってきていた。
なんの収穫もないという訳ではなかった。少なくとも、夕里は実家に戻ろうとしていないことが分かったからいいのだ。
柊が指定席に座ると、同時に乗ってきた隣のサラリーマンは出張でも終えたのか缶ビールを開けた。プシュっと小気味よい音が聞こえる。ゆっくりと動き出した新幹線。
車窓からは鈍色の街がよく見えた。どうしても気分は晴れない。夕里がこれまで歩んできた道を思うと、胸が苦しくて息が詰まる。
スポーツを続けられなくなったときに、スポンサーである職場に居づらくなってしまうのはスポーツ選手の宿命かもしれない。プロになれるなんてキラキラした人生を歩んでいるように見えがちだが、注目を浴びていたからこそプライベートが望まぬ形で露呈されてしまったのだ。
険しい道だ。プロになったとしても長く続けられるのは、ごく一握りの人間だろう。その道から脱落してしまうことを、誰が責められようか?
夕里にはマッサージの才能が絶対あるし、実は他にもやりたいことがあるかもしれない。歳も柊から見れば若いから、まだまだ前途洋々な若者だ。
我ながら考えすぎで、余計な心配をしている気もする。とはいえヘッドマッサージ店での解雇が、彼のトラウマを刺激していないことを柊は願った。
――まもなく、名古屋です。
乗車して三十分経ったころ社内アナウンスが聞こえてきて、俯いて目を閉じていた柊ははたと目を開けた。眠っていた記憶が刺激される。
名古屋……確か夕里は一時期、名古屋に住んでいたと言ってなかったか?
二人で食事をした唯一のあの日、酔っ払っていたから細かいことは覚えていないし、今の今まで忘れていた。確か、仲のいい友人がいて半年ほど名古屋に住んでいたんだったか?
あ~、思い出せ!栄のバーで飲み明かしたとか、仲良くなった人にマッサージの基礎を習ったとか……そういえばそんなことを言ってた気がする。
「名古屋にいるかもしれない……」
気づくと、荷物を抱えて名古屋駅に降り立っていた。新幹線代は無駄になったし、行き当たりばったりすぎる。
けれど泊まりの用意はあるから、無謀というほどではない。新幹線であっという間の距離なのに、こちらは晴れていて夕方でも明るかった。
荷物を持って立ったまま栄のホテルを検索し、空いていたところを適当に予約した。直前でも広そうな部屋を取れてひと安心だ。
そのまま電車で移動し、荷物を預けにいく。暗くなったら栄の街に繰り出してみようと思っていた。
「え……え?ほんとにここ?」
柊は予約したはずのホテルの前で挙動不審に右往左往している。壁がグレーに塗られたシックな外観、なぜか入っていく人を隠すように入り口には石造りのついたてがあり、壁面に並ぶ窓はかなり小さい。
それだけなら今どきのシティホテルと言えなくもないが、壁に光る料金表が掲げられている。――休憩、宿泊、フリータイム。
少し離れたところから見守っている柊の目の前を男女のカップルが通り過ぎ、吸い込まれるようにそこへ入っていく。
すれ違いに濃厚な事後感を漂わせた二人組がホテルから出てきて、狼狽える。
「どう見てもラブホ……!」
スマホの予約画面を見ても、ホテルの名前は一致している。柊は大混乱だ。普通の予約サイトを使ったつもりなのに……!
中の人に確認したいけどどうしても同じ入り口を使うのが躊躇われ、予約画面に書かれていた電話番号をタップした。
「……なるほどぉ」
ホテルは合っていたようだ。電話に出た男性は「正面から入っていいですよ」と言ったが、柊が食い下がるように別の入り口を使えないか聞いた。結果として、裏の従業員通用口を開けてくれることになった。
めんどくさそうに出迎えてくれた男性を見て、柊も大袈裟だったかなとすぐに後悔しはじめる。たかがラブホテルに入るくらいで大騒ぎする成人男性とか、痛すぎ……?
なんの収穫もないという訳ではなかった。少なくとも、夕里は実家に戻ろうとしていないことが分かったからいいのだ。
柊が指定席に座ると、同時に乗ってきた隣のサラリーマンは出張でも終えたのか缶ビールを開けた。プシュっと小気味よい音が聞こえる。ゆっくりと動き出した新幹線。
車窓からは鈍色の街がよく見えた。どうしても気分は晴れない。夕里がこれまで歩んできた道を思うと、胸が苦しくて息が詰まる。
スポーツを続けられなくなったときに、スポンサーである職場に居づらくなってしまうのはスポーツ選手の宿命かもしれない。プロになれるなんてキラキラした人生を歩んでいるように見えがちだが、注目を浴びていたからこそプライベートが望まぬ形で露呈されてしまったのだ。
険しい道だ。プロになったとしても長く続けられるのは、ごく一握りの人間だろう。その道から脱落してしまうことを、誰が責められようか?
夕里にはマッサージの才能が絶対あるし、実は他にもやりたいことがあるかもしれない。歳も柊から見れば若いから、まだまだ前途洋々な若者だ。
我ながら考えすぎで、余計な心配をしている気もする。とはいえヘッドマッサージ店での解雇が、彼のトラウマを刺激していないことを柊は願った。
――まもなく、名古屋です。
乗車して三十分経ったころ社内アナウンスが聞こえてきて、俯いて目を閉じていた柊ははたと目を開けた。眠っていた記憶が刺激される。
名古屋……確か夕里は一時期、名古屋に住んでいたと言ってなかったか?
二人で食事をした唯一のあの日、酔っ払っていたから細かいことは覚えていないし、今の今まで忘れていた。確か、仲のいい友人がいて半年ほど名古屋に住んでいたんだったか?
あ~、思い出せ!栄のバーで飲み明かしたとか、仲良くなった人にマッサージの基礎を習ったとか……そういえばそんなことを言ってた気がする。
「名古屋にいるかもしれない……」
気づくと、荷物を抱えて名古屋駅に降り立っていた。新幹線代は無駄になったし、行き当たりばったりすぎる。
けれど泊まりの用意はあるから、無謀というほどではない。新幹線であっという間の距離なのに、こちらは晴れていて夕方でも明るかった。
荷物を持って立ったまま栄のホテルを検索し、空いていたところを適当に予約した。直前でも広そうな部屋を取れてひと安心だ。
そのまま電車で移動し、荷物を預けにいく。暗くなったら栄の街に繰り出してみようと思っていた。
「え……え?ほんとにここ?」
柊は予約したはずのホテルの前で挙動不審に右往左往している。壁がグレーに塗られたシックな外観、なぜか入っていく人を隠すように入り口には石造りのついたてがあり、壁面に並ぶ窓はかなり小さい。
それだけなら今どきのシティホテルと言えなくもないが、壁に光る料金表が掲げられている。――休憩、宿泊、フリータイム。
少し離れたところから見守っている柊の目の前を男女のカップルが通り過ぎ、吸い込まれるようにそこへ入っていく。
すれ違いに濃厚な事後感を漂わせた二人組がホテルから出てきて、狼狽える。
「どう見てもラブホ……!」
スマホの予約画面を見ても、ホテルの名前は一致している。柊は大混乱だ。普通の予約サイトを使ったつもりなのに……!
中の人に確認したいけどどうしても同じ入り口を使うのが躊躇われ、予約画面に書かれていた電話番号をタップした。
「……なるほどぉ」
ホテルは合っていたようだ。電話に出た男性は「正面から入っていいですよ」と言ったが、柊が食い下がるように別の入り口を使えないか聞いた。結果として、裏の従業員通用口を開けてくれることになった。
めんどくさそうに出迎えてくれた男性を見て、柊も大袈裟だったかなとすぐに後悔しはじめる。たかがラブホテルに入るくらいで大騒ぎする成人男性とか、痛すぎ……?
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