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土曜日でも練習している部活動は多い。小学校よりも遥かに広いグラウンドは、区画を分けて様々な運動部が練習をしている。
「あれはまさか、ハンドボールでは……?」
サッカーゴールの半分ほどの大きさのゴールに向かって、手に持ったボールをジャンプして投げる。ボールはソフトボールよりも大きく、サッカーボールよりは小さい。
なによりシュートの際の飛んだ姿が、ネットで見た夕里の写真で一番多かった姿に重なった。
これだ。柊は興味津々でハンドボール部の練習風景を一番近くで見られる柵に近づいた。
「なんで外で練習してるんだ……?」
「体育館は広さが限られているから、室内競技と取り合いなんですよ」
また独り言がこぼれ落ちていたらしい。近くで練習を眺めていたのは、OBだという男性だった。柊の親世代くらいの年齢に見える。
単に暇だったのか話好きなのか、ハンドボールのルールから今年は誰が有力株かなど、聞かなくても説明してくれた。こんな機会はそうそうないため、柊も人見知りを押し込め、ついでとばかりに質問してみる。
「あの……ここのOBでプロになった人、いますよね?」
「あー!暁月くんのこと知ってるんだね。彼はあっという間に引退しちゃったしなぁ……スポーツマンらしいイケメンでうちの奥さんも一時期夢中になってたんだよ。ほら、彼の実家はあそこの消防署の裏にあって近所なんだけど、お母さんは鼻高々って感じだったよね。だけどねぇ……彼はさ、致命的な怪我もしちゃったし、趣味がアレだから。残念だったよ……」
夕里のことにもすごく詳しい人だった。プライバシー的にはよろしくないけれど彼の実家の位置まで教えてくれて、柊はそこに夕里が来ていないか確認しに行こうと、話も途中に足の向きを変えた。
しかし――
「あれからお母さんがヒステリックになっちゃって。怪我をしてから一度だけ暁月くんも帰ってきてたけど、すごい喧嘩の声が聞こえてね~。お父さんが『お前なんて家の恥だ!出てけ!』って近所に響き渡るくらい叫んで。すごかったんだから。それでね……」
男性の話は止まらない。二年前に起きた一家の大喧嘩は色濃く彼の記憶に残っているらしく、ドラマティックに話してくれる。
若干脚色しているようには感じるものの、聞いただけの柊にも夕里の家庭の様子がよく分かってしまった。
夕里はそれ以来、こちらに帰ってきていなさそうだ。そんなつらい思い出のある実家に……帰ってきているはずがない。
柊は京都駅まで戻り駅中のカフェで抹茶ラテを飲みながら、もやもやする気持ちを持て余していた。
怪我で競技を続けられなくなってすぐ、週刊誌に撮られてしまったのだ。職場で居づらい思いをして、助けと癒しを求めて東京から実家に帰ってきたに違いない。
それなのに、性的指向を恥だと切り捨てられ、責められた。家族が味方になってくれないなんて……よくあることかもしれないが、酷い話だ。
帰る家をなくして、彼はどうしただろうか。柊の脳裏に、雨の中路頭に迷う大型犬の姿が浮かんだ。しとどに濡れて、項垂れている。涙を流しているように見えた。
――あぁ、拾ってあげたい!うちにおいで!
想像上の夕里を手招きするが、瞳に悲しみの色を浮かべたゴールデンレトリバーはその目に柊を映さず、お尻を向けて去っていく。フサフサの尻尾もだらんと下がり、力無く揺れていた。
――待って!
「んぁって!――あ。すみません……」
カフェなのに、気づけばうたた寝していたみたいだ。寝言で起きてしまったことが恥ずかしくて、萎縮しながら隣の人に謝る。やっぱり普段と違う行動は身体を疲弊させるらしい。
……帰るか、東京に。案外夕里も今ごろ、楽華亭で一杯やってるかもしれない。
「あれはまさか、ハンドボールでは……?」
サッカーゴールの半分ほどの大きさのゴールに向かって、手に持ったボールをジャンプして投げる。ボールはソフトボールよりも大きく、サッカーボールよりは小さい。
なによりシュートの際の飛んだ姿が、ネットで見た夕里の写真で一番多かった姿に重なった。
これだ。柊は興味津々でハンドボール部の練習風景を一番近くで見られる柵に近づいた。
「なんで外で練習してるんだ……?」
「体育館は広さが限られているから、室内競技と取り合いなんですよ」
また独り言がこぼれ落ちていたらしい。近くで練習を眺めていたのは、OBだという男性だった。柊の親世代くらいの年齢に見える。
単に暇だったのか話好きなのか、ハンドボールのルールから今年は誰が有力株かなど、聞かなくても説明してくれた。こんな機会はそうそうないため、柊も人見知りを押し込め、ついでとばかりに質問してみる。
「あの……ここのOBでプロになった人、いますよね?」
「あー!暁月くんのこと知ってるんだね。彼はあっという間に引退しちゃったしなぁ……スポーツマンらしいイケメンでうちの奥さんも一時期夢中になってたんだよ。ほら、彼の実家はあそこの消防署の裏にあって近所なんだけど、お母さんは鼻高々って感じだったよね。だけどねぇ……彼はさ、致命的な怪我もしちゃったし、趣味がアレだから。残念だったよ……」
夕里のことにもすごく詳しい人だった。プライバシー的にはよろしくないけれど彼の実家の位置まで教えてくれて、柊はそこに夕里が来ていないか確認しに行こうと、話も途中に足の向きを変えた。
しかし――
「あれからお母さんがヒステリックになっちゃって。怪我をしてから一度だけ暁月くんも帰ってきてたけど、すごい喧嘩の声が聞こえてね~。お父さんが『お前なんて家の恥だ!出てけ!』って近所に響き渡るくらい叫んで。すごかったんだから。それでね……」
男性の話は止まらない。二年前に起きた一家の大喧嘩は色濃く彼の記憶に残っているらしく、ドラマティックに話してくれる。
若干脚色しているようには感じるものの、聞いただけの柊にも夕里の家庭の様子がよく分かってしまった。
夕里はそれ以来、こちらに帰ってきていなさそうだ。そんなつらい思い出のある実家に……帰ってきているはずがない。
柊は京都駅まで戻り駅中のカフェで抹茶ラテを飲みながら、もやもやする気持ちを持て余していた。
怪我で競技を続けられなくなってすぐ、週刊誌に撮られてしまったのだ。職場で居づらい思いをして、助けと癒しを求めて東京から実家に帰ってきたに違いない。
それなのに、性的指向を恥だと切り捨てられ、責められた。家族が味方になってくれないなんて……よくあることかもしれないが、酷い話だ。
帰る家をなくして、彼はどうしただろうか。柊の脳裏に、雨の中路頭に迷う大型犬の姿が浮かんだ。しとどに濡れて、項垂れている。涙を流しているように見えた。
――あぁ、拾ってあげたい!うちにおいで!
想像上の夕里を手招きするが、瞳に悲しみの色を浮かべたゴールデンレトリバーはその目に柊を映さず、お尻を向けて去っていく。フサフサの尻尾もだらんと下がり、力無く揺れていた。
――待って!
「んぁって!――あ。すみません……」
カフェなのに、気づけばうたた寝していたみたいだ。寝言で起きてしまったことが恥ずかしくて、萎縮しながら隣の人に謝る。やっぱり普段と違う行動は身体を疲弊させるらしい。
……帰るか、東京に。案外夕里も今ごろ、楽華亭で一杯やってるかもしれない。
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