敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX

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 ――ほっとしたのはこっちの方だ。男性の客でも、女性のセラピストがいいと言う人はわりといる。この店で男性セラピストは自分だけだし、外れを引いたとあからさまにガッカリされることもある。逆に女性から指名されることもあるけど……

 でも柊に、自分じゃない人がいいと言われるんじゃないかと想像するだけで胸が苦しく、絶対に嫌だと我がままな気持ちが生まれた。技術はこの店の誰にも負けない自信がある。

 そんなことを言って困らせるわけにもいかず、すがるように質問を投げかけた夕里は瞬時に救われた。会ったばかりの客に、こんな風に一喜一憂するなんて馬鹿みたいだ。
 自分の性的指向は隠すべきもの。まぁ、心のなかで何を思おうが自由だけれど。マイナーな自分たちは、願えば叶うなんて甘い世界ではないこともよく分かっている。

 気を引き締めて施術に取り掛かろう。さっき話したことで仕事の内容はわかったし、相手の姿勢を見ればどこに問題があるかは把握できる。基本はヘッドマッサージだが、肩から触っていいのであれば彼の悩みはかなり取り除けるだろう。

「じゃあ、始めますね。よろしくお願いします」
「う、ん……」

 ショートコースだからためらいなく。彼の小さく形のいい頭に触れた。終電の時間を気にしていたし、のんびりやってギリギリになるようではセラピスト失格だ。
 
 まずは確かめるように全体を軽く指圧する。足や手のリフレクソロジーと同じく頭にも反射区があり、指に伝わってくる硬さや相手の反応で不調を見抜いたり、逆にその部分が良くなるよう働きかけることができる。

 定番は首や肩の凝りに働きかけるよう襟足のあたり、頭蓋骨と首の境目にグッと指を差し込んでほぐしたり、眼精疲労に効く側頭部の反射区を四指で刺激したり……ちょっとだけ痛みを感じるくらいの強さで刺激してあげるのが、コツ。上手くいっていれば――

「はぁーっ……なにこれ。きもちーーー……」
「よかった。今だけは仕事も忘れて……なにも考えないで、柊さん」
「あっ、そこ。やばー……」
「ふふっ」

 そう、ヘッドマッサージと侮るなかれ。これはかなり気持ちいいのだ。頭皮の凝り具合によって、弱い力でも強い痛みを感じたり、逆にどれだけ強く指圧しても平気な人もいる。
 セラピストの上手い、下手はだいたいここで分かれる。感覚の部分が多く、教えられて上手くなるものではないからだ。
 
 あとは観察力。その日の疲れ具合、凝っている場所はその人の癖はあれど毎回少しずつ違う。上手く観察ができればカウンセリングと称して長時間聞き取りをしなくても、客の求めている施術を提供できるようになる。
 まぁ病気や怪我、禁忌を把握するためのカウンセリングは基本的に必須だけどな。

 柊は恐ろしく素直だった。「気持ちいい」「ここがいい」と教えてくれる客はほとんどいない。どんなに満足している人でも良くて帰り際に「良かった」と伝えてくれる程度。あとはネットの口コミになると饒舌になる人は多い。

 というか……さっきも薄っすらと感じていたのだが、この人は皮膚刺激に対してかなり敏感だ。正直に気持ちいいと申告してくれるのはすごく嬉しい。けれど、これは…………

「あっ……んー、きもちいー……」
「……」
「ひゃあ……んん~っ……むにゃむにゃ……」
「…………」

 眠ってからも彼の声は止まらなかった。だんだんと言葉が明瞭じゃなくなって、どうにも……どう考えても!~~~喘ぎ声に聞こえるんですけど!!!
 
 もう一度聞きたいと思っていた甘い声が、惜しげもなく耳に届く。夕里は左右の部屋に他の客が通されていなかったか必死に思い出したくらいだ。
 こんな声、変なことをしているんじゃないかと疑われかねないし、何より、誰にも聞かせたくない。

 あーもーーー、ぜったいノンケなのに。なんなんだよこの人……


 
「ゆりくん、すごいね!?︎!?」

 マッサージが終わり目覚めた柊の顔色はだいぶ改善し、なによりも目元がスッキリしていた。薄い二重の線が綺麗にでていて、繊細な美しさが増した。琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、これまた素直に褒めてくる。
 照れくさいやら嬉しいやら、ニヤけそうになる口元を押さえて彼を送り出す。

 もう少しで辞めることを伝えると、「寂しい」と言ってくれた柊。彼のためだけにこの仕事を続けたいくらいだ。
 こんな一時の感情に振り回されていると、痛い目を見るのは分かっている。ああでも、せめて……もう一回くらい会えたらいいな。そのときは夕里を指名してくれるだろうか?

 また来る、といって二度と来ない客はあまりにも多い。柊の職場は近いみたいだったから、通りかかったときに思い出してくれればいいけど。
 毎日路上で客引きの真似事をする時間があれば捕まえられそうなのに……これでも指名予約の一番多いのが自分で、今日はまったくの偶然だった。
 キャンセルがでたからこうして外に出ていたのである。……待機しているときのサロンの中は居心地が良くない。

 喜多 柊(きた ひいらぎ)。ふりがなも含めて、カウンセリングシートに書かれた几帳面そうな字を撫でる。

 見送ったばかりなのに、どうしてもまた会いたい気持ちが募りだす。ただのセラピストと客の関係……そこを越えようとしたら駄目だ。プライベートで会ったら口説いてしまいそうで困る。あんな隙だらけの人、放って置けるはずもない。

 あーだめだめ。はぁ、一旦忘れよう。……次、来るとしたらいつかな……

 ――このときの夕里は、まさか柊が三日後に訪れるとは思いもしていない。
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