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14.あーあーあー!
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翌日が日曜日であったことに、これほど感謝したことはない。
幸いにも二日酔いにはならなかったものの、後悔と羞恥が重く頭に伸し掛かり、ときおり「うわー!」と叫ぶだけのどうしようもない生き物に成り果てた一日だったからだ。
自分が酒に弱いことを知っていたから、社会人になってからは飲みの場でもかなり気を付けていたのだ。決して潰れないように自制する柊を、当時の上司は「つまらない奴」としきりに否定していたけれど。
確かに自分で調べても、マッサージのあとは血行が良くなるためアルコールが回りやすいと書いてあった。
夕里は自分がわざと酔わせたような言い方をしていたが、思い返してみると酒の間にちょくちょく食事を食べるよう皿に取り分けてくれていたし、一杯飲み終わる前にセルフサービスの水を持ってきてくれて「交互に飲んでくださいね」と注意してくれていた。
……やっぱりオカン体質じゃないか?
確かにマッサージ後の酒がよくないと夕里は言わなかったけど……悪人になりきれないところに彼の優しさが表れている。柊だって心を許している相手じゃない限り、あんな風に酔わない。
あの日は心から楽しんでいたからこそ、少量の酒でもあんな風にふにゃふにゃになってしまったのだ。
夕里の前でだけ、どうしてあんなに気が抜けてしまうんだろう。彼と出会ったときからそうだった。
自分を繕わなくていい相手というのは貴重で、それこそ十年来の友人とかがそれに当てはまるものだと思う。だからといって学生時代の友人と夕里はなにかが決定的に違った。
立ち姿を見て格好いいだなんて、見目の整っている友人相手でもいちいち感じないし、あんな……性的な接触をしたいとは決して思わない。想像するだけでも嫌だし、無理だ。
「そこなんだよなー……」
不思議なのは、夕里に肌を愛撫されたことも、キスされたことも、性器に触れて抜かれたことも……恥ずかしかったものの嫌ではなかったのだ。
『気持ち悪いですよね』と彼は言った。男同士でああいった行為に及ぶのは、世間的には気持ち悪いことなのかもしれない。体験した柊にしてみれば、「相手による」の一言に尽きるが。
心のどこかで、喜びが兆していた。潜在意識下で自分は、夕里にとっての『特別』に選ばれたかったのだろう。
事前に予約をするようになって分かったのは、彼はあの店で一番の売れっ子セラピストだということだ。行きたい時間で予約が取れなかったとき、残念に感じるとともに「他の人もあの手で至高のマッサージを体験しているのか……」と実感させられて複雑な気持ちになる。
その時点で、ただの客という立場を越えた感情を抱いてしまっているのだ。夕里には言えなかったが、自分の方がよっぽど気持ち悪いと思う。
彼はあと二週間であの店を辞めてしまう。人気がないのかという予想は大きく外れ、結局どうして辞めるのかは聞けていない。
一度食事に行ったくらいでは、相手のことを充分に知ることなんて不可能だ。むしろ一緒に過ごせば過ごすほど、知りたいことが増えていく。こんなにも相手のことをよく知りたいと思うなんて初めてで、柊は欲張りな感情に自分でも戸惑っていた。
夕里があんなことをするせいだ。あんな、恋人同士みたいなこと……したことなかったのに。
付き合ってもいない相手と性的行為に及ぶのは、遊びとかセフレだとかいう括りに入るのだと、柊もさすがに知っている。――でも。
「すき、って……言ってたよな?たぶん。あのとき……」
一番忘れてしまいたい瞬間で、記憶も曖昧だけど。家に帰ってから彼の言葉を思い返し、味わうように反芻してしまっている。
しかも夕里は自分のことを後回しにして柊を高めてきたのだ。身体が目的なら、柊を無理やり抱くことだってできたはず。
まぁ、この貧弱で薄っぺらい身体が目的なんてあり得ないと思う。とはいえ、世の中には同性にしか欲情できない人も一定数いるのだ。
意外だが、夕里はそっち側なのかもしれない。意外と考えている時点で、自分が固定観念に囚われているのを感じる。
あの行為の先を、彼は求めていたのだろう。結構酔ってたみたいだったし……あれ、ガチガチだったよな……。
「あーあーあー!」
幸いにも二日酔いにはならなかったものの、後悔と羞恥が重く頭に伸し掛かり、ときおり「うわー!」と叫ぶだけのどうしようもない生き物に成り果てた一日だったからだ。
自分が酒に弱いことを知っていたから、社会人になってからは飲みの場でもかなり気を付けていたのだ。決して潰れないように自制する柊を、当時の上司は「つまらない奴」としきりに否定していたけれど。
確かに自分で調べても、マッサージのあとは血行が良くなるためアルコールが回りやすいと書いてあった。
夕里は自分がわざと酔わせたような言い方をしていたが、思い返してみると酒の間にちょくちょく食事を食べるよう皿に取り分けてくれていたし、一杯飲み終わる前にセルフサービスの水を持ってきてくれて「交互に飲んでくださいね」と注意してくれていた。
……やっぱりオカン体質じゃないか?
確かにマッサージ後の酒がよくないと夕里は言わなかったけど……悪人になりきれないところに彼の優しさが表れている。柊だって心を許している相手じゃない限り、あんな風に酔わない。
あの日は心から楽しんでいたからこそ、少量の酒でもあんな風にふにゃふにゃになってしまったのだ。
夕里の前でだけ、どうしてあんなに気が抜けてしまうんだろう。彼と出会ったときからそうだった。
自分を繕わなくていい相手というのは貴重で、それこそ十年来の友人とかがそれに当てはまるものだと思う。だからといって学生時代の友人と夕里はなにかが決定的に違った。
立ち姿を見て格好いいだなんて、見目の整っている友人相手でもいちいち感じないし、あんな……性的な接触をしたいとは決して思わない。想像するだけでも嫌だし、無理だ。
「そこなんだよなー……」
不思議なのは、夕里に肌を愛撫されたことも、キスされたことも、性器に触れて抜かれたことも……恥ずかしかったものの嫌ではなかったのだ。
『気持ち悪いですよね』と彼は言った。男同士でああいった行為に及ぶのは、世間的には気持ち悪いことなのかもしれない。体験した柊にしてみれば、「相手による」の一言に尽きるが。
心のどこかで、喜びが兆していた。潜在意識下で自分は、夕里にとっての『特別』に選ばれたかったのだろう。
事前に予約をするようになって分かったのは、彼はあの店で一番の売れっ子セラピストだということだ。行きたい時間で予約が取れなかったとき、残念に感じるとともに「他の人もあの手で至高のマッサージを体験しているのか……」と実感させられて複雑な気持ちになる。
その時点で、ただの客という立場を越えた感情を抱いてしまっているのだ。夕里には言えなかったが、自分の方がよっぽど気持ち悪いと思う。
彼はあと二週間であの店を辞めてしまう。人気がないのかという予想は大きく外れ、結局どうして辞めるのかは聞けていない。
一度食事に行ったくらいでは、相手のことを充分に知ることなんて不可能だ。むしろ一緒に過ごせば過ごすほど、知りたいことが増えていく。こんなにも相手のことをよく知りたいと思うなんて初めてで、柊は欲張りな感情に自分でも戸惑っていた。
夕里があんなことをするせいだ。あんな、恋人同士みたいなこと……したことなかったのに。
付き合ってもいない相手と性的行為に及ぶのは、遊びとかセフレだとかいう括りに入るのだと、柊もさすがに知っている。――でも。
「すき、って……言ってたよな?たぶん。あのとき……」
一番忘れてしまいたい瞬間で、記憶も曖昧だけど。家に帰ってから彼の言葉を思い返し、味わうように反芻してしまっている。
しかも夕里は自分のことを後回しにして柊を高めてきたのだ。身体が目的なら、柊を無理やり抱くことだってできたはず。
まぁ、この貧弱で薄っぺらい身体が目的なんてあり得ないと思う。とはいえ、世の中には同性にしか欲情できない人も一定数いるのだ。
意外だが、夕里はそっち側なのかもしれない。意外と考えている時点で、自分が固定観念に囚われているのを感じる。
あの行為の先を、彼は求めていたのだろう。結構酔ってたみたいだったし……あれ、ガチガチだったよな……。
「あーあーあー!」
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