敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX

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「あ、ゆりくん!……マチガエマシタ」
「ちょっとちょっと柊さん!間違ってないですよ~っご飯いきましょ」
「いや、なんか……眩しくて」

 ビルの裏と言ったのにエレベーターの扉が開いた目の前で待っていた夕里は、モデルのような出で立ちだった。眼精疲労とお別れした目でも、キラキラと若さが溢れていて眩しいくらい。
 大きめの黒いパーカーに、細身で青空みたいな色のデニム。足元は黒いローカットのスニーカー。なんの変哲もないスタイルでも、スタイルのいい人間が着ると雑誌の一ページのようだ。
 
 横に並ぶのも恥ずかしいと思ったのに、腕を掴まれてどんどん道を進んでいく。夜の営業を始めようとしている繁華街は、蛍のように不規則な光を明滅させているように見えた。
 まだ春も遠いけど、幻想的な夏の夜を思い出す。地元の自然はよかった。地味な柊もあるがまま受け入れてくれて……
 どうしよう。お洒落なキラキライタリアンとか、おじさん無理だよ!?︎

 スーツならワンチャン……というか今日自分は何を着てたっけ、と思い視線を下げると、何も考えずに着てきた黒のパーカー、履き潰したデニムとスニーカーが視界に入る。
 え。これって……

「リンクコーデみたいですね」「ペアルック……!?︎」

 言い方古いっすよーと笑われるも、夕里はなんだか楽しそうだ。腕を掴んでいた手はいつの間にか手首に移動し、はたから見れば手を繋いでるように見えるかもしれない。手のひらに汗が滲んだ。
 目的地はすでに決まっているようで、駅とは反対方向に十分ほど歩く。繁華街というよりもう住宅街に近く、隠れ家的な焼肉屋でもあるのだろうか。

「やっぱり、黒毛和牛……?」
「ふはっ、焼肉食べたいんですか?すみません。それはまた今度にしましょ?今日は俺に付き合ってください」

 そうして辿り着いたのはボロボ……かなり味のある外観の中華料理屋だった。昔ながらの光る看板には『楽華亭』と店の名前が書かれている。中華そばと書かれた暖簾は擦り切れ色褪せているが、柊にはわかった。ここは、絶対に美味い。
 夕里のような若者だったら家系や二郎系、はたまたミシュランやビブグルマンに載るようなネオ系ラーメン屋に通っていてもおかしくない。しかしこんなおじさんが好きそうなラーメン屋に連れてくるとは意外だ……エモいってやつか?
 
 正直眼の前の中華料理屋は自分のドストライクで、柊は嬉しさとわくわくする気持ちを押し隠せなかった。

「ここ、ラーメンも美味しいんですけど、つまみ系が充実してて。一人でも飲みに来ちゃうんです」
「えーめっちゃいいなそれ……」

 暖簾をくぐって店内に入ると、古くなった油の匂いと魚介系の出汁のような香りが鼻腔に届く。一気に食欲が刺激されて、腹がくぅ、と小さな音を立てた。
 カウンターは十席ないくらいで、小さなテーブル席が四つある。ちょうどいい広さだ。

 バイトのような若い女の子がお好きな席にどうぞ、と言うので夕里はテーブル席を選んだ。テーブルが小さくて、座ると膝同士がぶつかるくらい。
 メニューを見せてもらっていると、店の女将さんらしいおばあちゃんが水を持ってきて「あれー!」と大きな声を上げた。

「ゆりちゃん!いつもカウンターだからすぐに気づかなかったわぁ~。誰か連れてきたの、初めてじゃない?」
「おばちゃん……とりあえず生中ふたつね。あと茶豆ともやしと~、レバニラ」
「はいはい。今日は飲む感じね」

 綺麗な白髪にパーマをかけたふわふわヘアの女将は、柊にニコッと笑いかけて去っていく。食べられないものあります?と先に聞いてくれた夕里は、レバニラを注文するときもこちらにアイコンタクトしてきて、柊は「大丈夫」と大きく頷いた。
 なんというか……気遣いを感じさせない気遣いが上手い。こいつめちゃくちゃモテそうだなーと思うものの、『誰かを連れてきたのは初めて』という情報に心臓がドキンと跳ねる。

 家が近くだという夕里は、本当にいつもひとりでここへ来ているらしい。いつのまにかベールの向こう側に一歩踏み込んでいる。
 プライベートな一面を知ったことで思いもよらぬ喜びが胸に広がって、自分でも不思議だった。そんなに夕里のこと知りたかったってことか……?

「はい、柊さん。乾杯しましょ」
「あ、うん。なんか一気に休日らしくなったな……」

 キンキンに凍ったジョッキをぶつけ合う。なみなみと注がれたビールがちょっと零れる。
 慌てて泡と一緒に飲み込むように口をつけると、冷えた液体が炭酸を伴って喉を通り抜けていった。この喉越しと苦みがたまらない……と思うようになったのは二十歳を過ぎてだいぶ経ってからだったような気がする。

「ん~!最高」
「……柊さんって、色気のある声してますよね」
「はぁ!?」
「あらあら、ゆりちゃん口説くには早いんじゃないのぉ?」

 信じられないひと言に、声が裏返る。色気って、色気って……頭の中で言葉がリフレインしていると、冷えたつまみを持ってきた女将さんが笑いながら夕里の肩をバシンと叩いた。けっこう力強い一撃で、広い肩がぐわんと揺れる。
 もはやこういった応酬はこの店では普通なのだろう。カウンターで昼からずっと飲んでいるようなおじさんも、調理中の店主らしきおじいさんと楽しそうに談笑している。

 深く考えては駄目だ。そう自分に言い聞かせて、もうひとくちビールを流し込む。運動後みたいに全身に水分が染み渡っていく。
 眼の前には若くて気の良いイケメン。なんだこれ。美味しいなー……
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