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10.もぐもぐタイム
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「あっ、まって。あ、んぁっ……!」
「シッ!さすがに……」
慌ててアイマスクをもう一度取ると、「声、大きすぎです」と夕里が眉を下げて困ったように笑う。柊は自分でも何が起こったのか理解できなかった。頭に触れられて感じたのは、くすぐったさというより……明確な気持ちよさだ。
多分普通の人がマッサージで受け取るよりちょっと斜め上の……快感。自分でも聞いたことのない高い声が出てしまったことに気付いて、顔から火を吹いたように熱くなった。
は、恥ずかしい!おっさんが、ただのマッサージで変な声だして……恥ずかしいいい~~~!
「ご、ごごごめん!」
「いいんですよ。気持ちよさそうだな~ってわかって俺も嬉しいし。この部屋も、声が届きにくいので。ただちょっと……起きてると声が大きいですね」
「え。まさか……僕、毎回?」
夕里が頷くのを見て、今度は血の気が引いて真っ青になる。恥ずかしい、なんてものじゃない。
不可抗力とはいえ若い子にマッサージさせて一人で気持ちよくなって、気持ち悪い声で周囲に迷惑まで掛けていたなんて……死んで詫びても足りないんじゃ!?
じわっと涙が浮かんできて、身体に置かれていたタオルで目元まで覆う。恥ずかしすぎる。消えてしまいたい。
柊は完全に面倒くさい客と化していたが、もうすでに店にとって面倒くさい存在だったに違いないと思えば大したことではなかった。
「気持ち悪かったよね。ほんとごめん……」
タオルの中からくぐもった声で呟くと、ふわっと頭が撫でられた。髪の表面だけを撫でるような、優しい感触。
「謝らないでください。なにも悪いことはしていないんですから。柊さんは、人よりちょっと皮膚刺激に過敏なだけです。いつもマッサージのあと、すっきりしてますよね?マッサージは柊さんの身体に合っているはずなんです。だから少しだけ、声を抑えていてくださいね」
目元だけを出して、コクコクと頷く。夕里からなぜか母性のようなものを感じて、地の底まで落ち込んでいた心がふわりと掬い上げられる。羞恥と衝撃は薄れ、気持ちが落ち着いてきた。
緊張に上がった肩を大きな手がゆっくりと覆い、マッサージを開始する。ため息が出るような、悦楽。
たまにビクッと強い快感を得てしまい声がでそうになると、タオルで口元を抑えた。アイマスクはもう外したままだ。時おり夕里とアイコンタクトを取りながら強弱を調整してもらえれば、すぐに落ち着くことができる。
「んんぅ……」
やっぱり至高の気持ちよさだ。こそばゆくてピクンと震えたり、気持ち良すぎて変な声が出てしまうことはあるけれど。客にとっての痛気持ちいい加減なんて、どうやって夕里は分かるのだろう?
これ以上は痛すぎて、これ以下は弱すぎる。その絶妙な狭間を把握し、一番心地よいと感じる加減で、一番「そこっ」と思える場所を突いてくるだなんて……これが俗に言う“神の手”というものなのかもしれない。
マッサージは顔や耳にも及び、そのたびに柊は大きな声を出してしまわないよう耐えた。背中をほぐすため、仰向けの背中とマットの間にズボッと両手が入ってきたときも、驚いたが耐えた。
だから施術が終わったときはくたくたのへにょへにょで、額に薄っすらと汗をかいていたのだが……身体は驚くほど軽くなっていた。
「ふわぁ。すごい。今までで一番かもしれない……」
「……ごめんなさい、柊さん。それ、辛かったですよね?」
「それ?……は。えぇっ!」
達成感に放心していた柊は、夕里の指摘に首を傾げる。彼の視線の先を辿っていくと……体に掛けられていたタオルにテントを張る、自分の息子の存在が見えた。
エ~~~ッ!……確かに、確かに!気持ち良かったものの、柊は夕里に欲情したとか、マッサージに性的興奮を感じていた訳ではないのだ。
焦って起き上がり、膝を抱える。最近抜いてなかったし、朝勃ちってやつかも……今日は寝てないけど……
「ち、違うんだ!最近、アレで……その、放っておけばすぐ収まるから。気にしないで!」
「……柊さん、このあと時間あります?俺もう上がりなんで、一緒に飯、行きませんか?」
「え……行きます」
まさか飯に誘われると思っていなくて、条件反射で応えてしまう。柊にとって夕里は信頼できる人間だし、感謝してもしきれない相手だ。
夕飯には少し早いが、夜の営業を始める飲食店が開きだす時間帯。これまでの迷惑料も兼ねて、この辺りで一番高い肉を食わせてやりたい。そう決意した柊は、夕里に言われるがままビルの裏で待ち合わせの約束をした。
そこで一旦別れ、慌てて着替える。施術後のお茶も受付にいた女性スタッフに断り、店を出た。
エレベーターでひとりになると、急に不安になってくる。
柊と夕里の関係はただの客とセラピストだ。身体に触れるという近い関係のようでいて、その間には薄いベールのような壁が存在している。
このまま一歩引いた付き合いを続けたいのか、一歩踏み込んで友人のような……近い関係になりたいのか。自分でもよく分からない。
そもそも柊は、店の外で会いたいと思うような人柄ではないはずだ。面白い話もしてないし、ワーカホリックの凡人で、マッサージで声を出す変な男。
彼が大らかな人間であることを差し引いても、上半身のマッサージで勃起するような奴、どうして飯に誘ったんだろう。
「シッ!さすがに……」
慌ててアイマスクをもう一度取ると、「声、大きすぎです」と夕里が眉を下げて困ったように笑う。柊は自分でも何が起こったのか理解できなかった。頭に触れられて感じたのは、くすぐったさというより……明確な気持ちよさだ。
多分普通の人がマッサージで受け取るよりちょっと斜め上の……快感。自分でも聞いたことのない高い声が出てしまったことに気付いて、顔から火を吹いたように熱くなった。
は、恥ずかしい!おっさんが、ただのマッサージで変な声だして……恥ずかしいいい~~~!
「ご、ごごごめん!」
「いいんですよ。気持ちよさそうだな~ってわかって俺も嬉しいし。この部屋も、声が届きにくいので。ただちょっと……起きてると声が大きいですね」
「え。まさか……僕、毎回?」
夕里が頷くのを見て、今度は血の気が引いて真っ青になる。恥ずかしい、なんてものじゃない。
不可抗力とはいえ若い子にマッサージさせて一人で気持ちよくなって、気持ち悪い声で周囲に迷惑まで掛けていたなんて……死んで詫びても足りないんじゃ!?
じわっと涙が浮かんできて、身体に置かれていたタオルで目元まで覆う。恥ずかしすぎる。消えてしまいたい。
柊は完全に面倒くさい客と化していたが、もうすでに店にとって面倒くさい存在だったに違いないと思えば大したことではなかった。
「気持ち悪かったよね。ほんとごめん……」
タオルの中からくぐもった声で呟くと、ふわっと頭が撫でられた。髪の表面だけを撫でるような、優しい感触。
「謝らないでください。なにも悪いことはしていないんですから。柊さんは、人よりちょっと皮膚刺激に過敏なだけです。いつもマッサージのあと、すっきりしてますよね?マッサージは柊さんの身体に合っているはずなんです。だから少しだけ、声を抑えていてくださいね」
目元だけを出して、コクコクと頷く。夕里からなぜか母性のようなものを感じて、地の底まで落ち込んでいた心がふわりと掬い上げられる。羞恥と衝撃は薄れ、気持ちが落ち着いてきた。
緊張に上がった肩を大きな手がゆっくりと覆い、マッサージを開始する。ため息が出るような、悦楽。
たまにビクッと強い快感を得てしまい声がでそうになると、タオルで口元を抑えた。アイマスクはもう外したままだ。時おり夕里とアイコンタクトを取りながら強弱を調整してもらえれば、すぐに落ち着くことができる。
「んんぅ……」
やっぱり至高の気持ちよさだ。こそばゆくてピクンと震えたり、気持ち良すぎて変な声が出てしまうことはあるけれど。客にとっての痛気持ちいい加減なんて、どうやって夕里は分かるのだろう?
これ以上は痛すぎて、これ以下は弱すぎる。その絶妙な狭間を把握し、一番心地よいと感じる加減で、一番「そこっ」と思える場所を突いてくるだなんて……これが俗に言う“神の手”というものなのかもしれない。
マッサージは顔や耳にも及び、そのたびに柊は大きな声を出してしまわないよう耐えた。背中をほぐすため、仰向けの背中とマットの間にズボッと両手が入ってきたときも、驚いたが耐えた。
だから施術が終わったときはくたくたのへにょへにょで、額に薄っすらと汗をかいていたのだが……身体は驚くほど軽くなっていた。
「ふわぁ。すごい。今までで一番かもしれない……」
「……ごめんなさい、柊さん。それ、辛かったですよね?」
「それ?……は。えぇっ!」
達成感に放心していた柊は、夕里の指摘に首を傾げる。彼の視線の先を辿っていくと……体に掛けられていたタオルにテントを張る、自分の息子の存在が見えた。
エ~~~ッ!……確かに、確かに!気持ち良かったものの、柊は夕里に欲情したとか、マッサージに性的興奮を感じていた訳ではないのだ。
焦って起き上がり、膝を抱える。最近抜いてなかったし、朝勃ちってやつかも……今日は寝てないけど……
「ち、違うんだ!最近、アレで……その、放っておけばすぐ収まるから。気にしないで!」
「……柊さん、このあと時間あります?俺もう上がりなんで、一緒に飯、行きませんか?」
「え……行きます」
まさか飯に誘われると思っていなくて、条件反射で応えてしまう。柊にとって夕里は信頼できる人間だし、感謝してもしきれない相手だ。
夕飯には少し早いが、夜の営業を始める飲食店が開きだす時間帯。これまでの迷惑料も兼ねて、この辺りで一番高い肉を食わせてやりたい。そう決意した柊は、夕里に言われるがままビルの裏で待ち合わせの約束をした。
そこで一旦別れ、慌てて着替える。施術後のお茶も受付にいた女性スタッフに断り、店を出た。
エレベーターでひとりになると、急に不安になってくる。
柊と夕里の関係はただの客とセラピストだ。身体に触れるという近い関係のようでいて、その間には薄いベールのような壁が存在している。
このまま一歩引いた付き合いを続けたいのか、一歩踏み込んで友人のような……近い関係になりたいのか。自分でもよく分からない。
そもそも柊は、店の外で会いたいと思うような人柄ではないはずだ。面白い話もしてないし、ワーカホリックの凡人で、マッサージで声を出す変な男。
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