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7.敏感リーマンは挑戦したい
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「柊さんって、家事とかどうしてるんですか」
施術前のカウンセリングをしない代わりに、施術後にお茶を飲みながら夕里と言葉を交わす。
この男はなにも言わなくても、柊の疲れている理由や疲れているところを分かっていてくれている。まぁ、自分以上にわかりやすい客はなかなかいないんじゃなかろうか。
寝起きでぼーっとした、けれどスッキリ爽快な気持ちでなんでもないことを彼と話す時間は、マッサージと同じくらい癒し効果を持っている気がする。
会社でこんな風に気楽に話せる同僚は千尋しかいないし、やっぱり男性相手の方がなんか楽だ。
「週一で家事代行頼んでる。平日は掃除も洗濯もままらなくてなー」
「なるほど。なんか……社畜って、お金稼いでても貯まらなさそうですね」
「おい僕は社畜じゃない」
社畜だって認めたら負けと、なんとなく思っている。会社のために働いてやってるんだというスタンスを保たないと精神がつらい。
そして本当に金は貯まらない。週二でここへ通っていることも然り。節約なんてことに気を回す余裕がないのだ。
時間はお金で買う。癒しもお金で買う。そうしないととっくに柊は、人間という形を保てていなかったはずだ。
カフェイン摂取量を減らすのは困難だが、なんとか身体を壊さないよう栄養価の高そうな謎の飲料や完全食とかいう食品をネットで買ったりしている。
節約なんて時間と心に余裕のある人がするものだ。
柊は値引シールの貼られた弁当を探すより、その時食べたいものを条件反射でレジへと持っていく。そもそもスーパーの開いている時間に帰れることが少ない。
終電を逃しても、少しでもちゃんと寝たいからタクシーを使って家に帰る。
必死で毎日働いて、人によっては無駄と思えることに躊躇わず金を使う。せっせと経済を回している感じ。柊ひとりの経済なんて、この世界にとってはちっぽけなものなのに。
脳裏に車輪の中を一生懸命走るハムスターが浮かんだ。
「毎日頑張ってて、えらいですね」
にこっと微笑まれて、頭を撫でられたような心地になった。どう見ても歳下の男に褒められただけなのに、心の奥が浮ついてこそばゆい。この男の手の感触は、柊の頭が一番知っている。
なんでいつも最初から最後まで寝てしまうんだろう。もう条件反射的に、夕里の顔を見るだけで身体がふにゃつく。
いつもどんな施術をされているんだろう。確かに眠ってスッキリするものの、これだけ金を払ってるのに記憶がないって、もったいなくないか……?
「ゆりくんも頑張ってるだろ。ゆりくんのおかげで最近かなり調子がいいんだ。ありがとう。会社でもあまり怖がられなくなった気がする」
「……もしよかったら、一度休日に来てロングコースでやってみませんか?もっと調子をよくして見せます!」
「それは……。えー……」
柊の住むマンションはここから電車で四十分ほどの場所にある。休日出勤もない、完全に休みの日には会社近辺に近づかないようにしているのだ。
このヘッドマッサージ店は会社の最寄り駅のすぐそばにあり、休みの日にわざわざここまで来るのか~と考えるだけで腰が引けた。
しかし九十分のロングコースは平日には難しいし、通常コースにはないマッサージもセットになっているという。その場でははっきりと返事をできなかったのにも関わらず、一度はやってみたいという思いがむくむくと芽生えていく。
夕里は初めの客引き以来営業をしてこない。もっと頻度を上げるとか、もっと長いコースを勧めてくることもこれまでなかった。
まぁ充分すぎるペースで通い、終電の時間に合わせてコースを決める柊にこれ以上営業することなんてないだろう。ていうか無理。
そんな夕里がロングコースを勧めてきたのだから、きっと柊にその施術が合うと思ってくれたに違いない。
やっと慣れた――寝ているだけだが――のに、頭以外の場所をマッサージで触られると想像するだけでゾゾゾと産毛が逆立ってくる。でも頭だって夕里なら大丈夫だったじゃないか。
記憶にはないが、通常コースでも施術中は首や肩までマッサージしてくれているらしいのだ。
だから夕里なら大丈夫。あいつになら、どこを触られたって嫌な思いをしないという妙な自信がある。
◇
施術前のカウンセリングをしない代わりに、施術後にお茶を飲みながら夕里と言葉を交わす。
この男はなにも言わなくても、柊の疲れている理由や疲れているところを分かっていてくれている。まぁ、自分以上にわかりやすい客はなかなかいないんじゃなかろうか。
寝起きでぼーっとした、けれどスッキリ爽快な気持ちでなんでもないことを彼と話す時間は、マッサージと同じくらい癒し効果を持っている気がする。
会社でこんな風に気楽に話せる同僚は千尋しかいないし、やっぱり男性相手の方がなんか楽だ。
「週一で家事代行頼んでる。平日は掃除も洗濯もままらなくてなー」
「なるほど。なんか……社畜って、お金稼いでても貯まらなさそうですね」
「おい僕は社畜じゃない」
社畜だって認めたら負けと、なんとなく思っている。会社のために働いてやってるんだというスタンスを保たないと精神がつらい。
そして本当に金は貯まらない。週二でここへ通っていることも然り。節約なんてことに気を回す余裕がないのだ。
時間はお金で買う。癒しもお金で買う。そうしないととっくに柊は、人間という形を保てていなかったはずだ。
カフェイン摂取量を減らすのは困難だが、なんとか身体を壊さないよう栄養価の高そうな謎の飲料や完全食とかいう食品をネットで買ったりしている。
節約なんて時間と心に余裕のある人がするものだ。
柊は値引シールの貼られた弁当を探すより、その時食べたいものを条件反射でレジへと持っていく。そもそもスーパーの開いている時間に帰れることが少ない。
終電を逃しても、少しでもちゃんと寝たいからタクシーを使って家に帰る。
必死で毎日働いて、人によっては無駄と思えることに躊躇わず金を使う。せっせと経済を回している感じ。柊ひとりの経済なんて、この世界にとってはちっぽけなものなのに。
脳裏に車輪の中を一生懸命走るハムスターが浮かんだ。
「毎日頑張ってて、えらいですね」
にこっと微笑まれて、頭を撫でられたような心地になった。どう見ても歳下の男に褒められただけなのに、心の奥が浮ついてこそばゆい。この男の手の感触は、柊の頭が一番知っている。
なんでいつも最初から最後まで寝てしまうんだろう。もう条件反射的に、夕里の顔を見るだけで身体がふにゃつく。
いつもどんな施術をされているんだろう。確かに眠ってスッキリするものの、これだけ金を払ってるのに記憶がないって、もったいなくないか……?
「ゆりくんも頑張ってるだろ。ゆりくんのおかげで最近かなり調子がいいんだ。ありがとう。会社でもあまり怖がられなくなった気がする」
「……もしよかったら、一度休日に来てロングコースでやってみませんか?もっと調子をよくして見せます!」
「それは……。えー……」
柊の住むマンションはここから電車で四十分ほどの場所にある。休日出勤もない、完全に休みの日には会社近辺に近づかないようにしているのだ。
このヘッドマッサージ店は会社の最寄り駅のすぐそばにあり、休みの日にわざわざここまで来るのか~と考えるだけで腰が引けた。
しかし九十分のロングコースは平日には難しいし、通常コースにはないマッサージもセットになっているという。その場でははっきりと返事をできなかったのにも関わらず、一度はやってみたいという思いがむくむくと芽生えていく。
夕里は初めの客引き以来営業をしてこない。もっと頻度を上げるとか、もっと長いコースを勧めてくることもこれまでなかった。
まぁ充分すぎるペースで通い、終電の時間に合わせてコースを決める柊にこれ以上営業することなんてないだろう。ていうか無理。
そんな夕里がロングコースを勧めてきたのだから、きっと柊にその施術が合うと思ってくれたに違いない。
やっと慣れた――寝ているだけだが――のに、頭以外の場所をマッサージで触られると想像するだけでゾゾゾと産毛が逆立ってくる。でも頭だって夕里なら大丈夫だったじゃないか。
記憶にはないが、通常コースでも施術中は首や肩までマッサージしてくれているらしいのだ。
だから夕里なら大丈夫。あいつになら、どこを触られたって嫌な思いをしないという妙な自信がある。
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