敏感リーマンは大型ワンコをうちの子にしたい

おもちDX

文字の大きさ
上 下
3 / 56

3.ふわふわタイム

しおりを挟む
 「ふわふわタイムって……」と引いているひいらぎの呟きに苦笑いしながら、ユリが扉を開けてくれる。目の前にあった受付には女性が立っていて、「こんばんは」と目も合わせず挨拶された。
 
 扇情的な服ではなく、黒い半袖の実用的なユニフォームのようなものを着ている。ようやく、本当に性感マッサージ店ではないと確信した。そうだったら困るのに、内心ドキドキしていたのだ。
 
 同じ格好をしたユリが女性に耳打ちし、女性が椅子に腰掛けた柊に義務的な口調で「ここだけ書いてください」とカウンセリングシートを持ってきた。ここだけ……名前と住所、生年月日。
 下の方にあるお悩みとか書く欄はいいのか?まぁ時間もないし、さっき色々とあいつに話したからかな。
 
 ユリの姿は見えなくなって、この女性に担当されるのかとぼんやり思った。男は客引き兼、警備員みたいな役割なんだろうか。
 挨拶もせずに居なくなってしまったことが、胸になんとも言えない侘しさを生んだ。あんなに話したのに……そっけないな。でも、客引きなんてそういうものなんだろう。

 個室のようだけど、入り口がカーテンで閉じられただけの小さな部屋が並んでいる。店内は静かだ。
 聞き覚えのあるヒーリングミュージックが聞こえてきて、ひくっと口元が震える。あーあ。それだけで癒されるのなら、こんなところに迷い込んでいない。
 
 前払いと言われコースを確認され、ショートコースの料金を支払う。初回料金はお手頃でほっとした。
 ここまで来て違法な金額を払わされたらどうしようと、まだ心のどこかで疑っていたのだ。
 
 部屋の一つに案内されて、中には敷布団のようなマットが敷いてある。その上にポツンと置かれた服に着替えるように言われ、カーテンは閉じられた。

「こんなところで……なにしてんだろ」

 ひとりになると、急に我に返ってしまう。マッサージなんて、経験したこともないのに。
 
 疲れるといつも正常な判断ができない。仕事以外は気が抜けて、自分が何をしているのかわからなくなることも多い。
 注文したことを忘れて二回分の宅配ピザが届いたり、カップ焼きそばの粉を入れ忘れたまま味薄いな~と食べたり。ボディソープを一週間毎日買い忘れて、シャンプーで身体を洗っていた時期もある。あの時はちょっと肌荒れした。
 
 のろのろとジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。シャツから薄手のTシャツに着替え、下もハーフパンツになる。
 フリーサイズなのか、けっこうブカブカだ。でもそれがいい。
 柊は家にいるような気持ちになって、マットに座り込んだ。

「ふぅ~っ……」

 風呂に入ったおっさんみたいな声が出た。部下やユリのような若者から見れば、もう自分はおっさんだよな……。
 スーツを脱ぐだけで、リラックスモードになってしまうのは許してほしい。ひとりになって一瞬後悔していたが、またぼやぼやとしてきた頭で思考する。
 
 ――よく考えたら、美容院でのシャンプーさえくすぐったくて苦手なんだった。大丈夫かなぁ。つうか一日働いたあとなんて、頭臭くない?臭いと思われたら死ねる……
 あ~~~。金も払ってしまったし、これからなんとも言えない時間を過ごすことになっても仕方ない。うん、諦めよう。

「柊さーん、お着替え終わりましたか?」
「あっ。は、はーい!」

 カーテン越しに声を掛けられて、慌てて立ち上がる。ん?というかこの声は……

「ふふっ。なんで立ってるんですか?ここからはリラックスタイムですよ。ほら、横になってください」

 ふわっと笑ったでかいイケメン……ユリが部屋に入ってきた。促されるまま仰向けになり、タオルを身体にかけられる。

「お前が担当だったのか……」
「カウンセリングは先にしましたしね。……女の子がよかったですか?」
「ゆりくんでよかった……」
「…………」

 自分でも驚くほどほっとして、目を閉じる。少し長い前髪がよけられ、目元にタオルが乗せられた。光も通さないため真っ暗闇だが、心は落ち着いている。
 
 柊は人見知りだし、特に女性が苦手なのだ。嫌いとかじゃなくて、話そうとすると緊張でモゴモゴしてしまう。スーツを着ているときだけ、社会人としての皮をかぶる術を身につけた。
 スーツを脱いだ柊は、もう頑張れない。

「じゃあ、始めますね。よろしくお願いします」
「う、ん……」

 ピッとアラームが設定されて、低い声が耳に吹き込まれた。おいやめろ、無駄に色気のある声しやがって……こいつ、女性の客にも人気あるんだろう、な……つーか……

「はぁーっ……なにこれ。きもちーーー……」
「よかった。今だけは仕事も忘れて……なにも考えないで、柊さん」
「あっ、そこ。やばー……」
「ふふっ」

 大きな手が頭を包み込み、ぐっぐっと指圧される。ちょうど痛気持ちいい加減というものを、生まれて初めて知った。
 美容院でいつもくすぐったいのは力が弱すぎたのかもしれない。太くて力強い指が絶妙な力加減で、絶妙に気持ちいい場所を触ってくれる。女性が担当じゃなくてよかったと、改めて思った。

 ――天にも昇る心地だ。
 雲上の楽園という店の名前も、あながち間違いではない。ふわふわたいむってのは、せんすが、よくわからんけど……

 ◇
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...