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「あちゃー、お兄さん。お疲れは仕事が原因ですか?」
「あぁ……新設部署で若いやつしかいなくて、僕なんかが上司に……気張ってたら鬼上司とか言われるし。余裕ないんだよなぁ……」
「仕事ができるからでしょう?その綺麗な顔で怖がられてるの、想像つかないな」
いや大袈裟でもなんでもなく、めちゃくちゃ怖がられている。
まぁまぁ大きな会社なのに、中の体制は古い。ようやく新しいシステムを取り入れて内部改革しようと思い立った上層部が作らせた新部署には、システムに少しでも触れたことのある転職組六人が集められた。
明らかに人数が足りず、たった三十なのに中では年長者の柊が課長としてトップに立つこととなって半年。部長はいまだにいない。
他部署の部長や課長は四、五十すぎの人間ばかり。そういった人と渡り合わなければならない状況は、想像以上に重苦しいプレッシャーを与えてくる。若造だからと舐められないように気を張って、決して弱みを見せないようにした。
そんな状況でも、部下たちには優しくすべきだとわかっている。しかし限られた人数でこなすには仕事量が多すぎて、とにかく効率を重視し理詰めで話してしまう。
話しかけても部下にビクッと身構えさせてしまう。それが今の柊だ。
念のためと判断や許可を求められても「は?こっちだ。考えればわかるだろう」、おそるおそる様子を窺って柊の元へやってくる部下にも「いつから私の機嫌を窺っていた?時間の無駄だからすぐに来い」。休憩も取らずに仕事をしている部下には「休憩は義務だ。小学生じゃないんだから、言われずとも自分できちんと取れ」……
柊が休憩を一切取らずに朝から晩まで仕事をしているから、部下たちが遠慮してしまっているのに。わかっていても、部下を無理やり追い出すようなことしかできない。
ほぼ強制的に発生する残業に付き合ってくれる部下たちには本当に感謝しているのだ。だから、自分が一番の仕事量をこなすのは当然のこと。
トイレや給湯室、自分が席を外したあとの部署内で「喜多さんは鬼」「鬼上司こわい……」と言われているのを何度聞いたことか。別に自分がどう言われていてもいい。仕事さえ進めば。
しかし最近は眼精疲労で目が霞み、背中から首にかけての凝りが取れない。おかげで頭痛薬は手放せないし、不眠のせいで集中力も途切れがちだ。非効率が一番嫌いなのに、時間をかけるしかリカバリーの方法がない。
箱買いしたエナジードリンク、オーダーメイドの枕。アロマオイルからヒーリングミュージックまでありとあらゆる物を試している。
「……昔、大型犬を飼ってたんだ。リリーっていう女の子のゴールデンレトリバーで……かわいかったなぁ。一緒のベッドに乗ってきて、気づいたら寝てて……。リリー以上の癒やしはもう見つけられない」
「うーん、一人暮らしならペットは無理そうですね。どっちかというとお兄さんにお世話が必要でしょう? 彼女とかいないんですか?」
「そんな余裕ないっつーの」
強がってみたが、彼女なんていたこともない。柊は大学時代までずっとパソコンに齧りついていた、所謂オタク男子だったのだ。
それに、確かに自分は生活力が低いものの彼女にお世話させるというのは気が引ける。自分の母親が元々専業主婦で、家事ばかりはつまらない。暇も嫌だとぼやいていたからかもしれない。
頭がぼうっとして、いつの間にかプライベートの話までしてしまっている。つーかこいつは誰だ。
「俺はユリです。リリーちゃん以上にお兄さんを癒せるようにがんばりますね。さぁ、こちらですよ!」
「百合なら……リリーじゃん。……あれ?」
いつの間にかエレベーターに乗り込み、店の前まで連れてこられていた。誘導力がすごすぎる。
――まぁいいか。色々話を聞いてもらったし、三十分なら終電にも間に合う。
ガラス張りの扉から、落ち着いた感じの店内が見える。扉の真ん中には看板を見たときには気づかなかった、店の名前が金色のインクで書かれていた。
【ヘッドマッサージ雲上の楽園~ふわふわタイム~】
「名前ダサッ」
「あぁ……新設部署で若いやつしかいなくて、僕なんかが上司に……気張ってたら鬼上司とか言われるし。余裕ないんだよなぁ……」
「仕事ができるからでしょう?その綺麗な顔で怖がられてるの、想像つかないな」
いや大袈裟でもなんでもなく、めちゃくちゃ怖がられている。
まぁまぁ大きな会社なのに、中の体制は古い。ようやく新しいシステムを取り入れて内部改革しようと思い立った上層部が作らせた新部署には、システムに少しでも触れたことのある転職組六人が集められた。
明らかに人数が足りず、たった三十なのに中では年長者の柊が課長としてトップに立つこととなって半年。部長はいまだにいない。
他部署の部長や課長は四、五十すぎの人間ばかり。そういった人と渡り合わなければならない状況は、想像以上に重苦しいプレッシャーを与えてくる。若造だからと舐められないように気を張って、決して弱みを見せないようにした。
そんな状況でも、部下たちには優しくすべきだとわかっている。しかし限られた人数でこなすには仕事量が多すぎて、とにかく効率を重視し理詰めで話してしまう。
話しかけても部下にビクッと身構えさせてしまう。それが今の柊だ。
念のためと判断や許可を求められても「は?こっちだ。考えればわかるだろう」、おそるおそる様子を窺って柊の元へやってくる部下にも「いつから私の機嫌を窺っていた?時間の無駄だからすぐに来い」。休憩も取らずに仕事をしている部下には「休憩は義務だ。小学生じゃないんだから、言われずとも自分できちんと取れ」……
柊が休憩を一切取らずに朝から晩まで仕事をしているから、部下たちが遠慮してしまっているのに。わかっていても、部下を無理やり追い出すようなことしかできない。
ほぼ強制的に発生する残業に付き合ってくれる部下たちには本当に感謝しているのだ。だから、自分が一番の仕事量をこなすのは当然のこと。
トイレや給湯室、自分が席を外したあとの部署内で「喜多さんは鬼」「鬼上司こわい……」と言われているのを何度聞いたことか。別に自分がどう言われていてもいい。仕事さえ進めば。
しかし最近は眼精疲労で目が霞み、背中から首にかけての凝りが取れない。おかげで頭痛薬は手放せないし、不眠のせいで集中力も途切れがちだ。非効率が一番嫌いなのに、時間をかけるしかリカバリーの方法がない。
箱買いしたエナジードリンク、オーダーメイドの枕。アロマオイルからヒーリングミュージックまでありとあらゆる物を試している。
「……昔、大型犬を飼ってたんだ。リリーっていう女の子のゴールデンレトリバーで……かわいかったなぁ。一緒のベッドに乗ってきて、気づいたら寝てて……。リリー以上の癒やしはもう見つけられない」
「うーん、一人暮らしならペットは無理そうですね。どっちかというとお兄さんにお世話が必要でしょう? 彼女とかいないんですか?」
「そんな余裕ないっつーの」
強がってみたが、彼女なんていたこともない。柊は大学時代までずっとパソコンに齧りついていた、所謂オタク男子だったのだ。
それに、確かに自分は生活力が低いものの彼女にお世話させるというのは気が引ける。自分の母親が元々専業主婦で、家事ばかりはつまらない。暇も嫌だとぼやいていたからかもしれない。
頭がぼうっとして、いつの間にかプライベートの話までしてしまっている。つーかこいつは誰だ。
「俺はユリです。リリーちゃん以上にお兄さんを癒せるようにがんばりますね。さぁ、こちらですよ!」
「百合なら……リリーじゃん。……あれ?」
いつの間にかエレベーターに乗り込み、店の前まで連れてこられていた。誘導力がすごすぎる。
――まぁいいか。色々話を聞いてもらったし、三十分なら終電にも間に合う。
ガラス張りの扉から、落ち着いた感じの店内が見える。扉の真ん中には看板を見たときには気づかなかった、店の名前が金色のインクで書かれていた。
【ヘッドマッサージ雲上の楽園~ふわふわタイム~】
「名前ダサッ」
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