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57.冬の散歩

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 まだ医務室で生活しているものの、散歩の許可をもらった。わあいと喜んだノーナは、医務官が「ただし」と釘刺すように前置きした言葉にピクリと固まり、耳を傾けた。

「後遺症は必ず残ります。でも希望を持ってくださいね。リハビリ次第ですが、日常生活に支障がでないほどまで回復することもあり得ますから。とにかく、生きていてよかった。ノーナくん、なかなかの根性でしたよ」
「ありがとうございます……。リハビリ、がんばります!」

 肩を貫いた槍のせいで、肩の骨は折れ、一部は砕けてしまったらしい。骨折はくっついたけど、砕けたものは他の組織に入り込み医務官の持つ異邦の技術をもってしても再建できなかった。
 
 目覚めた当初から元どおりにはならないと言われていたし、ノーナは片腕を失う覚悟くらいできていた。
 本当に……生きていただけありがたい。ずっとそう思っている。それでもある程度の回復は見込めると言われて、心が浮き立った。
 
 片腕だとひとりで着替えるのさえ大変で、いまは特に体力が落ちすぎてすぐに息切れしてしまう。みんな積極的にノーナを介助してくれるとはいえ、人の手を借りつづけるのは申し訳なかったのだ。
 
 砦を離れれば、ひとり暮らしに後戻りとなる。あの小さな家が恋しいけれど、不自由な身体での生活には不安もある。
 ノーナは素直に決意した。春までにリハビリを頑張ろう!

 しかし――周囲はそれで納得しなかった。

「えぇっ。後遺症!? ノーナ、ひとり暮らしなんだろう。危なすぎる! 砦に永久就職はどうだ? ここならいつでも私が助けてやる」
「あの、日常生活には支障がないと……」
「誰かに襲われたらどうするんだ。医務官! どうにか治せないのか」
「えぇ~? これでも頑張ったんですよ。みなさん過保護ですねぇ」

 モルタ辺境伯やシルヴァにノーナの楽天的な言葉は聞き入れられず、医務官のおじいさんが宥めてなんとかやっと……渋々ながら納得してくれた。視界の端で二人が頷き合っているから、多分大丈夫。

 その日からノーナは、体力作りのため砦の中を歩き回る散歩を開始した。これまで部屋の中でしか動けなかったから、それだけでも新鮮だ。
 辺境伯に贈られた温かい外套をきっちりと着込み、昼間の明るい時間帯に出かける。

 ノーナはいつの間にか砦で有名になっているらしく、騎士や事務官たちに会うと声を掛けてくれたり手を振ってくれたりするのも恥ずかしいが新鮮で嬉しい。人によっては「あの小さな身体で……シルヴァさんを守って……ウッ!」と目頭を押さえていた。
 特に新人騎士らしき若い子たちはキラキラした目で見てきて、握手を求められたりもする。握手はちょっと照れるんです、とシルヴァに話すと、翌日からは近づいてこなくなった。……なにか言ったのかなぁ?

 別に散歩は一人でも大丈夫なのに、シルヴァたちや医務官の助手さんなど必ず誰かが付いてくれた。
 砦は広いから、うっかり迷子になりかねないと思われているらしい。ノーナも自分のうっかり加減にはいつも裏切られているので、なにも言い返せないのがつらい。

 そして、肩を動かすリハビリの方は一筋縄ではいかなかった。筋力が落ちていることは分かっていたものの、こんなにも苦戦するとは思っておらず油断していた。
 ずっと固定していたので、筋肉も骨も全て固まってしまっている。そして砕けた骨の破片があちこちの組織に入りこんで、動かすたびに突き刺さるような痛みが走るのだ。

「い゙っ……たぁ」
「もうちょっといきましょう。頑張ってください!」

 痛みに顔をしかめる。腕を少しだけ持ち上げる動作が、助手さんに支えられていてもギリギリと痛い。
 ノーナは歯を食いしばりながら、決められた回数の動作を繰り返した。
 
 痛みのせいで目尻に溜まった涙を、怪我した方の指で掬いとる。手の感覚はあるし、肘から下の動きにはそこまで問題がないのは不幸中の幸いだった。
 想像以上につらいけれど、頑張らないという選択肢はない。心配性な人たちに見せたくなくて、リハビリ中は見舞いも遠慮してもらっている。

「昨日よりほんの少し、上がってますよ! もうワンセット、いきますか?」
「ほ、ほんの少しかぁ……よしっ。がんばります!」

 先は遠い。でもノーナはコツコツと地道に努力することに関しては自信があるので、毎日真面目にリハビリをこなした。
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