惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら

おもちDX

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本編

54.

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「シルヴァ、こっちだ!」

 いつの間にかすぐ後ろにまで来ていたモルタ辺境伯に催促され、ノーナを抱き上げ別の部屋へ移動する。そこでは医務官がもう待機していた。

「あぁ、せっかく傷口が塞がりかけていたのに……しかも熱を持ってますね。一旦冷やしましょう。痛みにも多少効くはずだ」

 血の滲む包帯を変えたあと、シルヴァたちも協力してノーナを着替えさせた。
 ろくに食べられていないせいで数日前よりさらに細くなった気がする。肋の浮いた身体が痛々しい。どうして彼ばかりがこんな……!

 犯人を捕まえられたのに、気分は最悪だった。もうシルヴァにできることはない。意気消沈しふらりと部屋を出ようとすると、医務官に引き留められた。

「シルヴァさん! ノーナくんが呼んでる!」

 慌ててベッドに駆け寄る。処置中は意識を失っていたノーナが目を開けていた。
 苦しそうにはっ、はっ、と息をしながらも、シルヴァの顔を認識すると口の形は「し、る、ば」と動いた。

「どうした? 無理するな……」
「し、死のうと、しない、で……こわ、こわかった…………っ」
「あぁ、ごめん。ごめんな……!」
 
 ノーナは人質に取られたことよりも、シルヴァが躊躇いもなく自害しようとしたことが怖かったのだ。

 確かに、ノーナのためなら自分の命くらい簡単に賭けられる。それゆえの行動だった。
 でも……

「大丈夫だ。俺はあのとき、生きてノーナを救うことしか考えていなかった」
「ほっ、ほん、と……?」
「あぁ。お前と生きていきたいんだ。約束する。だから、ほら。もう無理に喋るな……自分のことだけ考えていてくれ」

 ノーナの唇に自分の唇を密着させ、強制的に口を閉じる。ノーナは少し血色の戻った顔で目を潤ませ、シルヴァを見つめた。
 しばらく間近で見つめ合っていると、限界を迎えたようにゆっくりとまぶたが下りていく。

 ――少しは胸に希望を抱いてくれただろうか。

 シルヴァは「イチャイチャしていいとは言ってません!」と医務官に怒られ、肩を冷やしていた助手にも真っ赤な顔で睨まれた。

 素直に部屋を追い出され、モルタ辺境伯の執務室へと向かう。彼女は窓の前に立ち、外を眺めていた。

「見ろ、ここ数時間で一面の銀世界だ……ノーナに見せてやりたいな」

 ノーナは初めて積もった雪を見て、子どものように目を輝かせていたのだという。数時間前に降り出した雪はひとつひとつの欠片が大きく、あっという間に景色を白く染め上げていた。

 シルヴァは雪に滲んだノーナの鮮血の色を思い出してしまい、頭を振って残像を追い払う。

「モルタ辺境伯、あの男は」
「クウィリーが地下で見てる。刑務官も手配したから、もう勝手に死なせないよ」
「すみません。騎士団のゴタゴタを持ち込んでしまって……」
「なに、膿を出せたと思って割り切ろう」
 
 辺境伯がこちらに親身になってくれるお人柄でよかった。それに、クウィリーも……彼の協力のおかげで、犯人を捕まえることができたことは間違いない。
 細身のため気づいている者は少なそうだが、彼の身のこなしは常人のものではなかった。王国軍とも関わらないといけない特殊な立場にある辺境伯のボディガードとして、幼い頃から訓練を受けてきているのだろう。

 あのとき、自分ひとりではなにもできなかったと思う。シルヴァは時間を稼ぎ、他人の協力を信じるしかなかった。以前の自分だったら身を顧みず特攻するか、自害さえ厭わなかったはずだ。
 ノーナは心配していたけれど、いまのシルヴァはもう、生きることしか考えていない。生きていなければ、弱くて無鉄砲な愛しい人を守れないからだ。

 ノーナはシルヴァの弱点であり、強みでもある。弱っている彼を人質にした犯人は卑怯だと感じたが、シルヴァに味方がいなかったら間違いなく詰んでいた。
 その反面、ノーナがいることでシルヴァは強くなれる。これまで漠然と国のために戦っていたが、また南の防衛に駆り出されるときは戦い方も変わってくるだろう。
 勝ってこの国を守るため、そして――生きてノーナの元に戻ってくるために。
 
 守りたい人のいない自分といる自分とでは、こんなにも心持ちが違うのかと驚くほどだ。

 まず確保すべきはノーナの健康だ。あの細すぎる身体に肉がつくくらい食べさせて、白い肌に血色を戻して健康的な色にさせたい。
 あの肌は日焼けするだろうか? 赤くなるだけ? なんにせよ肌は弱そうだから日光浴はほどほどがいいかもしれない。
 
 シルヴァはノーナの肌を想像して、すぐにあられもない姿が脳裏に映って焦った。
 見たこともないはずなのに、汗ばんで赤らむ肌が記憶に残っているかのようで妙に鮮明だ。自分の想像力が変な方向へ向かおうとするのを、慌てて軌道修正する。
 
 あぁ、治療は上手くいっているんだろうか。どうか大丈夫であってほしい。心配することしかできないのがもどかしくて、シルヴァは奥歯を噛み締めた。

 しかし――祈りも虚しく、夜半になって急報が届いた。

「高熱が出て意識も戻りません。今夜が山でしょう。……覚悟しておいてください」

 なんの覚悟をしろと?

 シルヴァたちは医務室へと駆けつけ、眠ったままでも苦しそうに浅い呼吸を繰り返すノーナを見舞った。
 額に浮かんでいる脂汗を、濡らしたタオルで拭ってやる。このまま目覚めることがなかったらどうしよう、と重い不安が伸し掛かり、シルヴァは思わずノーナの手を握った。

 熱で発汗しているのに、指先が冷たい。自分の体温を分け与えるように両手で包み込むと、ほんの微かに握り返される。

「ノーナッ……」
「まずい、呼吸が止まっています!」
「なんだって!?」

 医務官が即座に心臓マッサージを始め、シルヴァは人工呼吸を言い渡される。紫になりかけた唇を覆い、自分の息を吹き込んだ。
 何度か繰り返すも、ノーナの自発呼吸はない。目の前で、命がこぼれ落ちて行く。

「ノーナ、戻ってきてくれ!」
「ノーナさん!」
「ノーナぁぁ!」


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