53 / 71
本編
53.命の重み
しおりを挟む
「あれー。きみ、また来たんだ。そこで何してるの? 鍵、開いてるでしょう?」
医務官にそう言われた瞬間、全体重をかけてドアにドンッ!!と体当たりする。
ノーナが自分で鍵をかけるはずがない。つまり――
「早かったね。もう少しだったのに」
「あなたが……!」
ノーナの上半身を掴み上げ、後ろから首元に短剣を当てているのは、ノーナが刺される直前に話しかけてきていた先輩だった。
彼は共に南でも戦ったことのある人だ。実力があって、シルヴァにもよく話しかけてくる明るい人という印象を持っていた。
そんな人が、どうして……
「不思議そうな顔だね? 自覚がないってところが、嫌味だよなぁ」
「ひっ。い゙……」
「ノーナを離してください!」
ここからは血こそ見えないが、シルヴァが来るまでに甚振られていたのだろう。ノーナに着せられていた柔らかそうな室内着は短剣でビリビリに裂かれ、包帯の巻かれた肩やあちこちの肌が見えていた。
無理矢理起こされていることに加え、肩に置かれた手は傷口の上にある。ノーナの青褪めた顔は、恐怖だけが原因ではないことは明らかだった。
エメラルドグリーンの目は見開かれ、潤みながらシルヴァを見つめている。
「お前が自分で自分の首を掻っ切るなら離してやろう」
「わかった」
「シルヴァさん……っ」
「動くな、ノーナ」
どうせ目的はシルヴァなのだ。自分が交換条件になることは願ってもない。ノーナが必死に首を振ったせいで、短剣に当たった皮膚から血が滲む。もう、ノーナの血は見たくなかった。
シルヴァは懐から護身用の短剣を取り出し鞘を床に落とす。勝機を見出すため、足は少しずつ二人の方へにじり寄っていた。
「お前ら、本気なの……? キモ」
「ぃあ゙ああ!」
「やめてくれ! 先輩、お願いですから……」
男がノーナの肩に置いた手に力を込めたことは、耳に届く悲鳴で痛いほど伝わってくる。
自分のせいでノーナが辛い目に遭っている事実は、男の目論み以上にシルヴァを苦しめた。
「シルヴァくんさぁ、なーんにも興味ないって顔してたじゃん。はじめから全部持ってるくせに……ずっと胸糞悪かったよ。無鉄砲に敵に向かって行くから死にたいのかと思って期待してたのになかなか死なないし。刺客を差し向けたって死なないんだから」
「あれは……先輩が?」
「みんな日和って陰口を言うだけ。仲間がいるよって教えて、ちゃーんと段取りしてあげれば色々やってくれたなぁ」
「そう、ですか……」
男は勝利を確信しているのだろう。酔ったように自己語りしているあいだに、シルヴァはゆっくりと自分の首元へ短剣を当てる。
「まさか唯一興味を持ったのが男って。傑作だよ! まぁこの子、少年と女の中間みたいで可愛いもんなぁ。お前が死んだら、壊れるまで仲間内で輪姦してやろうっと」
「ッ!!」
「お~! その顔その顔。最高じゃん。――ねぇ、さっさと死んでくれる? お前のことを命懸けで助けた恋人の前で自殺って、クソおもしれぇ~っ」
「……さぞスカッとするだろうな」
――バリーン!!!
男が高らかに笑い、目を細めた瞬間だった。二人の背後にあった窓が割られ、人が飛び込んでくる。
紺色のショートカット、片眼鏡は外しているクウィリーだ。
彼は犯人に飛び掛かり、同時にシルヴァも飛び込むように近づいて緩んだ腕を掴んで投げ飛ばす。
「ゔあ゙あ゙っ」
男は苦痛に顔を歪めたが、簡単には捕まらずベッドから転がるように離れて立ち上がる。
シルヴァは投げ出されたノーナの身体がクウィリーによって支えられたのを横目で確認しつつ、男と相対した。
互いに持つのは短剣ひとつだ。緊迫感にこめかみを汗が伝う。
「真面目そうな顔して姑息なやつめ! どうして死なないんだ! 死ね!」
「俺は、死なない」
二人は睨み合ったまま円を描くようにじりじりと足を進めるが、先に前へと動いたのはシルヴァだった。こんなことに時間をかけていられない。
キィンッと交わった金属音が鳴り、男は受け流そうとしたがシルヴァの力とスピードが勝った。前腕に刃が入り、男の血が飛ぶ。
「クソッ」
体勢を崩し、後ろに逃げようとした身体に体当たりをかける。ドン!としたたかに後頭部をぶつけ、男はあっさりと意識を失った。
「……はぁ」
先輩として慕っていた男の哀しい末路に、どうしようもなく切ない気持ちが湧き上がってくる。
しかしシルヴァの意識はすぐさまノーナに向かった。否、ずっとノーナに向かっている。
ガラスの散らばるベッドの方へ駆け戻ると、相変わらずノーナの顔色はひどく、もはや目の焦点が合っていない。シルヴァはクウィリーの腕からノーナをしっかりと受け止めた。
「ノーナ……しっかりしろ!」
医務官にそう言われた瞬間、全体重をかけてドアにドンッ!!と体当たりする。
ノーナが自分で鍵をかけるはずがない。つまり――
「早かったね。もう少しだったのに」
「あなたが……!」
ノーナの上半身を掴み上げ、後ろから首元に短剣を当てているのは、ノーナが刺される直前に話しかけてきていた先輩だった。
彼は共に南でも戦ったことのある人だ。実力があって、シルヴァにもよく話しかけてくる明るい人という印象を持っていた。
そんな人が、どうして……
「不思議そうな顔だね? 自覚がないってところが、嫌味だよなぁ」
「ひっ。い゙……」
「ノーナを離してください!」
ここからは血こそ見えないが、シルヴァが来るまでに甚振られていたのだろう。ノーナに着せられていた柔らかそうな室内着は短剣でビリビリに裂かれ、包帯の巻かれた肩やあちこちの肌が見えていた。
無理矢理起こされていることに加え、肩に置かれた手は傷口の上にある。ノーナの青褪めた顔は、恐怖だけが原因ではないことは明らかだった。
エメラルドグリーンの目は見開かれ、潤みながらシルヴァを見つめている。
「お前が自分で自分の首を掻っ切るなら離してやろう」
「わかった」
「シルヴァさん……っ」
「動くな、ノーナ」
どうせ目的はシルヴァなのだ。自分が交換条件になることは願ってもない。ノーナが必死に首を振ったせいで、短剣に当たった皮膚から血が滲む。もう、ノーナの血は見たくなかった。
シルヴァは懐から護身用の短剣を取り出し鞘を床に落とす。勝機を見出すため、足は少しずつ二人の方へにじり寄っていた。
「お前ら、本気なの……? キモ」
「ぃあ゙ああ!」
「やめてくれ! 先輩、お願いですから……」
男がノーナの肩に置いた手に力を込めたことは、耳に届く悲鳴で痛いほど伝わってくる。
自分のせいでノーナが辛い目に遭っている事実は、男の目論み以上にシルヴァを苦しめた。
「シルヴァくんさぁ、なーんにも興味ないって顔してたじゃん。はじめから全部持ってるくせに……ずっと胸糞悪かったよ。無鉄砲に敵に向かって行くから死にたいのかと思って期待してたのになかなか死なないし。刺客を差し向けたって死なないんだから」
「あれは……先輩が?」
「みんな日和って陰口を言うだけ。仲間がいるよって教えて、ちゃーんと段取りしてあげれば色々やってくれたなぁ」
「そう、ですか……」
男は勝利を確信しているのだろう。酔ったように自己語りしているあいだに、シルヴァはゆっくりと自分の首元へ短剣を当てる。
「まさか唯一興味を持ったのが男って。傑作だよ! まぁこの子、少年と女の中間みたいで可愛いもんなぁ。お前が死んだら、壊れるまで仲間内で輪姦してやろうっと」
「ッ!!」
「お~! その顔その顔。最高じゃん。――ねぇ、さっさと死んでくれる? お前のことを命懸けで助けた恋人の前で自殺って、クソおもしれぇ~っ」
「……さぞスカッとするだろうな」
――バリーン!!!
男が高らかに笑い、目を細めた瞬間だった。二人の背後にあった窓が割られ、人が飛び込んでくる。
紺色のショートカット、片眼鏡は外しているクウィリーだ。
彼は犯人に飛び掛かり、同時にシルヴァも飛び込むように近づいて緩んだ腕を掴んで投げ飛ばす。
「ゔあ゙あ゙っ」
男は苦痛に顔を歪めたが、簡単には捕まらずベッドから転がるように離れて立ち上がる。
シルヴァは投げ出されたノーナの身体がクウィリーによって支えられたのを横目で確認しつつ、男と相対した。
互いに持つのは短剣ひとつだ。緊迫感にこめかみを汗が伝う。
「真面目そうな顔して姑息なやつめ! どうして死なないんだ! 死ね!」
「俺は、死なない」
二人は睨み合ったまま円を描くようにじりじりと足を進めるが、先に前へと動いたのはシルヴァだった。こんなことに時間をかけていられない。
キィンッと交わった金属音が鳴り、男は受け流そうとしたがシルヴァの力とスピードが勝った。前腕に刃が入り、男の血が飛ぶ。
「クソッ」
体勢を崩し、後ろに逃げようとした身体に体当たりをかける。ドン!としたたかに後頭部をぶつけ、男はあっさりと意識を失った。
「……はぁ」
先輩として慕っていた男の哀しい末路に、どうしようもなく切ない気持ちが湧き上がってくる。
しかしシルヴァの意識はすぐさまノーナに向かった。否、ずっとノーナに向かっている。
ガラスの散らばるベッドの方へ駆け戻ると、相変わらずノーナの顔色はひどく、もはや目の焦点が合っていない。シルヴァはクウィリーの腕からノーナをしっかりと受け止めた。
「ノーナ……しっかりしろ!」
210
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
狼王の夜、ウサギの涙
月歌(ツキウタ)
BL
ウサギ族の侍従・サファリは、仕える狼族の王・アスランに密かに想いを寄せていた。ある満月の夜、アスランが突然甘く囁き、サファリを愛しげに抱きしめる。夢のような一夜を過ごし、恋人になれたと喜ぶサファリ。
しかし、翌朝のアスランは昨夜のことを覚えていなかった。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる