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本編

51.

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 出ていった辺境伯を見送って、シルヴァは自分が食事の介助をしたかった……と子どものようなことを考えた。彼女が戻ってきたら部屋を出ないといけない。
 昨日医務室に居座ろうとしたせいで、医務官に長時間はやめて下さいとお小言をいただいたのだ。
 
 大人数がノーナを見ているのもよくない。無意識に緊張してしまうだろうと言われて、悔しくも納得する。自分がノーナの回復を妨げる一因にはなりたくなかった。

 辺境伯が戻ってくるまではと思い、シルヴァはノーナの視界に入る位置へと腰かけた。クウィリーは気を遣って少し離れた位置にいる。

「シルヴァさん……」
「ノーナ、ありがとう」

 やっと言えた感謝のことばに、ノーナはかすかに首を振った。
 シルヴァはやっと会話できたことに内心喜んでいたが、ノーナの表情は暗い。何事かと見つめていると、その大きな目がみるみるうちに潤む。

「ごっ、ごめ……なさ……」
「ぅわああああ泣くな! なっ、なんでだ!?」
「……なにしてる」

 魔王のような顔をしたモルタ辺境伯が、ズゴゴゴゴゴ……と効果音が付きそうな迫力でシルヴァの背後に立ち、襟首を掴んだ。シルヴァは逆らわずに立ち上がり、ポイッと部屋の外に放り出される。

 言い訳は全く聞いてもらえなかったが、ノーナに温かいスープを飲ませることが最優先だ。いまのノーナと話し合いなど疲れさせるだけだろうし、やけに仲のいい辺境伯が彼を慰めてくれるだろう。

「はぁ……」

 泣かせてしまうなんて。おおかた、事件の前日に恫喝されたことを思い出したのだろう。シルヴァは二日前の自分を張り倒して吊し上げて百回でも千回でも殴りたくなった。
 
 シルヴァが王都を発つ日も、ノーナはひとりで泣いていた。
 あのときは自分が噂の対象になったことを嘆いているのだと思っていたけれど、いま思えば、シルヴァに迷惑を掛けたと感じて涙を流していたのかもしれない。

 ノーナはおそらく、男しか愛せないのだろう。そしてそのことに後ろめたさを感じている。確かにそれを悪く言う者がいることも否定できないが、シルヴァにしたら性別など関係なく人を愛せること自体、素晴らしいことだと思うのだ。
 
 もし自分が恋人だったら、ノーナを全ての悪意から守るのに。でも自分がなにを言ったって、彼はシルヴァのことを守ろうとするんだろう……柔らかく小さな手で。

 胸に込み上げるこの気持ちをどう表現したらいいのかわからない。自分のように無骨でつまらない男が誰かをきちんと愛し、大切にすることができるのか。

 もっとも、自信がないからといってノーナを手放せるかというと、それはまた別の話だ。こんなにも危なっかしい人、つかの間目を離すだけで怪我をしたり事件に巻き込まれたりしかねない。

 その気概で年上らしさを示すときもあれば、リラックスしているときは子どものように無邪気な一面を持つ。
 部屋でキスをしたときはノーナの色気に惑わされたといっても過言ではない。なのに目の前で転んだ回数は数知れず。

 アンバランスなギャップが彼のたまらない魅力だ。シルヴァはふたりきりで過ごした数少ない場面を思い出していた。
 どこか、記憶が抜け落ちている気がするのは何なのだろうか……なにか重要なことを忘れている気がして、シルヴァは首を捻った。

 その日は医務室の前をウロウロとしてみたり、なんとか隙を縫って眠るノーナを見守ったり。
 ノーナと少し会話できたと喜ぶパテルに歯ぎしりしながらも、想定していたより順調な経過に胸を撫で下ろした。

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