51 / 71
本編
51.
しおりを挟む出ていった辺境伯を見送って、シルヴァは自分が食事の介助をしたかった……と子どものようなことを考えた。彼女が戻ってきたら部屋を出ないといけない。
昨日医務室に居座ろうとしたせいで、医務官に長時間はやめて下さいとお小言をいただいたのだ。
大人数がノーナを見ているのもよくない。無意識に緊張してしまうだろうと言われて、悔しくも納得する。自分がノーナの回復を妨げる一因にはなりたくなかった。
辺境伯が戻ってくるまではと思い、シルヴァはノーナの視界に入る位置へと腰かけた。クウィリーは気を遣って少し離れた位置にいる。
「シルヴァさん……」
「ノーナ、ありがとう」
やっと言えた感謝のことばに、ノーナはかすかに首を振った。
シルヴァはやっと会話できたことに内心喜んでいたが、ノーナの表情は暗い。何事かと見つめていると、その大きな目がみるみるうちに潤む。
「ごっ、ごめ……なさ……」
「ぅわああああ泣くな! なっ、なんでだ!?」
「……なにしてる」
魔王のような顔をしたモルタ辺境伯が、ズゴゴゴゴゴ……と効果音が付きそうな迫力でシルヴァの背後に立ち、襟首を掴んだ。シルヴァは逆らわずに立ち上がり、ポイッと部屋の外に放り出される。
言い訳は全く聞いてもらえなかったが、ノーナに温かいスープを飲ませることが最優先だ。いまのノーナと話し合いなど疲れさせるだけだろうし、やけに仲のいい辺境伯が彼を慰めてくれるだろう。
「はぁ……」
泣かせてしまうなんて。おおかた、事件の前日に恫喝されたことを思い出したのだろう。シルヴァは二日前の自分を張り倒して吊し上げて百回でも千回でも殴りたくなった。
シルヴァが王都を発つ日も、ノーナはひとりで泣いていた。
あのときは自分が噂の対象になったことを嘆いているのだと思っていたけれど、いま思えば、シルヴァに迷惑を掛けたと感じて涙を流していたのかもしれない。
ノーナはおそらく、男しか愛せないのだろう。そしてそのことに後ろめたさを感じている。確かにそれを悪く言う者がいることも否定できないが、シルヴァにしたら性別など関係なく人を愛せること自体、素晴らしいことだと思うのだ。
もし自分が恋人だったら、ノーナを全ての悪意から守るのに。でも自分がなにを言ったって、彼はシルヴァのことを守ろうとするんだろう……柔らかく小さな手で。
胸に込み上げるこの気持ちをどう表現したらいいのかわからない。自分のように無骨でつまらない男が誰かをきちんと愛し、大切にすることができるのか。
もっとも、自信がないからといってノーナを手放せるかというと、それはまた別の話だ。こんなにも危なっかしい人、つかの間目を離すだけで怪我をしたり事件に巻き込まれたりしかねない。
その気概で年上らしさを示すときもあれば、リラックスしているときは子どものように無邪気な一面を持つ。
部屋でキスをしたときはノーナの色気に惑わされたといっても過言ではない。なのに目の前で転んだ回数は数知れず。
アンバランスなギャップが彼のたまらない魅力だ。シルヴァはふたりきりで過ごした数少ない場面を思い出していた。
どこか、記憶が抜け落ちている気がするのは何なのだろうか……なにか重要なことを忘れている気がして、シルヴァは首を捻った。
その日は医務室の前をウロウロとしてみたり、なんとか隙を縫って眠るノーナを見守ったり。
ノーナと少し会話できたと喜ぶパテルに歯ぎしりしながらも、想定していたより順調な経過に胸を撫で下ろした。
212
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
狼王の夜、ウサギの涙
月歌(ツキウタ)
BL
ウサギ族の侍従・サファリは、仕える狼族の王・アスランに密かに想いを寄せていた。ある満月の夜、アスランが突然甘く囁き、サファリを愛しげに抱きしめる。夢のような一夜を過ごし、恋人になれたと喜ぶサファリ。
しかし、翌朝のアスランは昨夜のことを覚えていなかった。
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~
ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる