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 シルヴァは医務官を呼び、ノーナの言葉を伝える。

「もう強い痛み止めは使えません。こちらも使用にリスクがあるのです。効果は弱いですが、鎮静作用のある薬草を混ぜたスープを飲ませましょう。……あなたがやりますか?」

 是非やらせてくれと頷くと、医務官は手を石鹸で洗ってこいとシルヴァに命令し、自分はスープを取りに行った。
 ノーナのように弱った人間は、少しでも水分と栄養を取らないと、新しい血を作れないのだという。失った血を取り戻すことは、彼の回復に最重要といえる。

 
 背中にクッションを挟み込み、ノーナをそっと抱き起こす。ノーナは薄く目を開いたり閉じたりして、すごく眠そうだ。痛みを感じないよう、自然と眠りに逃げようとしているのかもしれない。
 こぼしてもいいようにと医務官が胸元に布を置き、シルヴァは具のないスープをスプーンに掬ってノーナの口元へと運ぶ。

「ノーナ、これを飲んでくれ」
「んー……」
「あったかいぞ? 痛みも良くなる」
「んー……」

 何をするのも億劫、というように目の前のスープを無視したノーナに、なるべく優しく声をかける。正直、重低音としか言いようがない自分の声では意味がないように思えたが、ノーナはスープの匂いに釣られたのか「あ」と口を開けた。

 小さな口にスープを落としていくと、コクンと飲み込む。その様子に、シルヴァはあらゆる感情が湧き上がってきて爆発しそうだった。が、なんとか表面上は平静を保つ。

 医務官は面白そうにノーナとシルヴァを見比べて「仲が良いんですね」と言った。仲は……最悪に拗れたところで止まっているが。
 取り戻せるだろうか。いや、絶対に取り戻す。ノーナが、元気になってくれれば……
 
 皿が半分ほど空になったところでノーナは咳をして、飲み込みかけたスープを吐き出した。傷に響くに違いない、咳をするたびに「うぅっ」「い゙っ」と辛そうに呻き、目元に涙が浮かぶ。
 
 シルヴァは代われるものなら代わってやりたいと心底思いながら背中をさすり、医務官の指示に従ってノーナを寝かした。

 疲れ切った顔でまた眠ったノーナ。涙を纏ったまつ毛は重そうに伏せられている。その姿はあまりにも儚い。

 手元に残った皿を見てシルヴァは恐ろしくなった。自分にはひとくちに思える量のスープを、たった半分しか……
 ノーナは本来なら意外なほど食べるし、飲む。酒を飲む速さなんて、シルヴァを大きく上回るほどなのだ。

「一歩ずつだよ。ノーナくんを信じよう」

 ポン、と医務官がシルヴァの肩を叩く。そうだ。絶望している暇なんてない。
 
 この件を本部に伝えるため、有志が今日王都へと発った。多少の雪では影響が出ないよう街道は整備されているし、騎士ひとりの移動なら一週間ほどで到着するだろう。

 来週には新人騎士を連れてシルヴァも王都へ帰る予定だったが、今冬は帰らないことに決めた。
 新人たちは交代で王都へ戻る騎士たちに託し、シルヴァはノーナと共に春までここにいる。勝手に決めたことだが、モルタ辺境伯からも嘆願書を書いてもらったからなんとか受理されるだろう。
 
 これまで真面目にやってきたんだ。一度くらい命令に背いたっていいはずだ。

 ノーナが回復する頃には、もっと冬が深まっているだろう。寒さに弱い彼の負担になるような移動は控えたいし、シルヴァがノーナを置いてひとりで王都に戻ることなんて……もう考えられなかった。

 まずはこの一週間を乗り切らなければならない。ノーナの容態のこともそうだし、もう一人の犯人もまだ同じ砦にいるはずなのだ。なんとか数日以内に見つけて、王都へ戻るチームに引き渡してしまいたい。
 
 あの様子だと、またノーナはシルヴァを守ろうとしてしまうかもしれない。ノーナには心から安心できる環境で回復に努めてもらわなければ。

 なにか、解決の糸口が見つかればいいが……そう願っていたのに。

 翌日、地下牢に捕えられていた実行犯が死んだ。


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