惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら

おもちDX

文字の大きさ
上 下
46 / 71
本編

46.

しおりを挟む

「遅い! 腑抜けている暇なんてないぞシルヴァ」
「……はい。まずは、知っていることを教えてください」

 執務室に行くと、先ほどのメンバーに加えてクウィリーもいた。彼を加えても、一番情報を持っておらず、何も知らないのがシルヴァに違いない。
 
「ノーナはお前に存在を知られなくないと言っていたぞ? だから隠してやったんだ」
「そんな……どうしてですか!」
「知るか! お前が怖かったんだろ」
「ストーップ! 失礼ですが、私が一番今回の件については詳しいかと」

 ピリピリとした空気に、つい辺境伯と言い合いになりかける。それを止めたのはパテルだった。

 関わりはほとんどなかったものの、気の良い事務官の彼をシルヴァは信用していた。
 いつもはきちんと纏められている水色の髪が乱れていて、顔色が悪い。彼も憔悴しているのだ。

「あの……冷静に聞いてくださいね。シルヴァ様は特に」

 そう前置きしたパテルが語った内容――ノーナがここへ来た唯一の理由――は、シルヴァに甚大なダメージを与えた。
 悲しさと悔しさが胸を覆い尽くし、目の前が真っ黒に塗りつぶされている。どうして自分が、のうのうとここに立っているのだろう。

「……全部、俺のせいだったのか?」

 一部の人間にとって、自分が良く思われていないことは分かっていた。
 父親の持つ貴族としての力が強すぎて、シルヴァへ無駄な期待が寄せられる。騎士としても、上手く公私を分けられずに嫌味な人間だと思われてしまう。

 それがここまで発展すると思っていなかったのは、シルヴァの怠慢だ。恨みが自分に降りかかるならそれでいいと思っていた。
 なにもかもどうでもいいと投げやりだった気持ちが、結果的にノーナを傷つけてしまったのだ。

「そうじゃないだろう。シルヴァほど目立つ男なら、必ず憎く思う者が出てくる。それは必然だ。だが……ノーナは勇敢だな」
「はい、とても。それにノーナさんは……驚くほど深く、シルヴァ様を愛しているんです」
「…………」
「彼を信じてあげてくれませんか? その、薬の件は本人からきちんと聞いてください。ご存知のとおり、ノーナさんは少々……わりと頻繁に……途轍もなく、ドジなんです」
「ノーナくん、仕事は完璧なのによく何も無いところで転んでますよね」

 そうそう、とシルヴァ以外の人間が小さく笑い合う。もっとも、その笑い声もすぐに立ち消え執務室はシンと静まり返った。

「ノーナさん……大丈夫かなぁ」
「弱っていたもんな……。ただ、あの医務官はただの爺じゃない。国を渡り歩いてまで最新の医学を学んできた御仁らしい」

 パテルがぽつりと呟き、辺境伯が眉間に皺を寄せる。ノーナはこの砦へくる過程で体調を崩し、やっと回復してきた頃だったらしい。
 抱き上げたときの頼りない軽さを思い出し、自らの手を見つめた。医務官の腕によっては小さな怪我でも、簡単に人の命を奪ってしまう。騎士ならば元々の体力で乗り切る例もあるが、ノーナはどうだろうか。

 元々あんなにも華奢なのに、シルヴァのために行動し、弱ってしまっていた。そこに今回の大怪我だ。致命傷になりかねないことを皆がわかっていて、あえて口にしていないのだった。
 
『たまに働きすぎちゃうだけで、意外と丈夫なんですよ』

 ノーナと話すようになった頃、本人が口にした言葉を思い出す。疲れてボロボロになることはあれど、仕事は休んだことがないのだと誇らしげに言っていた。
 あの小さな身体に、溢れんばかりの生命力が詰まっていると信じたい。祈ることしかできない自分は無力だ。

 なにか自分にできることはないのだろうか? そういえば……

「犯人はどうなったんですか?」
「それについては、私から報告を」

 ノーナとパテルが追っていた人物であり、ノーナに大怪我をさせた騎士の男。
 確か牢へ運ばれて行ったなと思い出し尋ねると、片眼鏡をかけたクウィリーが手を挙げた。

「現行犯なので犯人なのは間違いないですが、今のところ黙秘を貫いています。場合によっては刑務官を呼び寄せ、拷問にかけることも有りかと」
「あの、捕まったのは一人ですか?」
「えぇ、――あ。そういえば話し相手がいたと……」
「そうなんです。私とノーナさんが追っていた犯人は二人いました。特定には至っていませんでしたから……シルヴァさん、まだ気をつけていてください」

 まだ敵が騎士の中に紛れ込んでいるのかと思うと、ぞっとする。怖いという意味ではなく、騎士とは思えない卑しい精神に心底嫌悪感を覚えた。 
 騎士となる際に叩き込まれる騎士道精神を、どこへ置いてきてしまったのか。しかし教えは形骸化しているものも多く、こういうところがシルヴァの頭が堅いと言われる所以なのだろう。

 コンコン、と執務室のドアが叩かれる。シルヴァが警戒しながら出迎えると、やって来たのは医務官だった。
 ノーナのことを報告に来たのだろう。彼はモルタ辺境伯の目の前まで歩いてゆき、口を開いた。

 みんなが固唾を飲んで彼の言葉を待つ。

「当面の治療は終えました。いまは痛み止めも効いて落ち着いて眠っています。ただ……創傷は彼の身体に大きな負担を与えました。これから一週間は生死の境を彷徨うことになるでしょう」


しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...