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 それにしても、本当にノーナは辺境伯の秘書にさせられるのだろうか?
 なんだか彼女ならあり得る気もしたが、騎士団のほうでも事務員は必要な存在だ。パテルやノーナが立候補したところで、予定していた人員には満たなかったらしい。

 ノーナは拝命したからにはきちんと仕事がしたいと思っていた。今まで配備されていた人たちとこれから二週間引き継ぎがあって、彼らはシルヴァと共に王都へ帰る。
 シルヴァのことが解決したら、あとはもう仕事に邁進したい。仕事でもしていないと、彼のことばかり考えてしまいそうだから。

 その後ノーナは執務室に置かれた寝椅子であれこれと世話を焼かれ、気づけばモルタ辺境伯とも普通に会話していた。
 
 「モルタと呼んでくれ!」と気安く言ってくれた彼女は現在二十八歳。父親を数年前に亡くし、ホルトゥロルム辺境伯となった。
 小さくて可愛いものが大好きなんだそうだ。ノーナがそれに当てはまるという認識については、異を唱えたい。いくら童顔だからといっても、自分はもう成人を十年も過ぎているのだ。

 彼女の側近はクウィリーさんといった。モルタ辺境伯の五つ年上で、猪突猛進な彼女の軌道修正兼ストッパー役を担っている。
 片眼鏡が賢そうに見えるが、事実かなりの頭脳派らしくピンチョの問題はほぼ全て彼が捌いているそうだ。
 
 辺境伯が大人しくしていないせいで昼夜仕事に追われている彼は、ノーナが経理局の元文官だと打ち明けると「ここに一年、いや三年でいいので就職しませんか?」とスカウトしてきた。

「騎士団の仕事が終わったら……考えてみます」
「おや、王都に待っている人はいないのかな?」
「……はい。家族も恋人も、いないので」
「そうなのか!? 恋人も?」

 しぶしぶ書類を処理しながらも話を聞いていたモルタ辺境伯が、驚いた声をあげる。目が合ったので頷くと、彼女は羽根ペンをほっぽり出して顎に手を置いた。
 うーんと考える様子を見遣って、そんなに驚くようなことだろうかとノーナも首を傾げた。王宮で働いていたならまだしも、いまの自分はどこを取っても女性に好かれるタイプではないはずだ。

「わかったぞ! ノーナは男に好かれそうなタイプだ!」
「モルタ様、失礼じゃないですか?」
「別にいいだろう。私だって同性が好きだ! ノーナは私に嫌悪感を抱くか?」
「あっ。え、えっと……僕も、同性が好きなので」

 こんなにも堂々と少数派の性的指向を話してみせる人に、はじめて出会ったと思う。そのさっぱりとした様子につられて、ついノーナも同志だと打ち明けてしまった。モルタ辺境伯は「やっぱり!」と花開いたような笑顔を見せる。
 
 ノーナは彼女の好みに当てはまるらしいが、男に興味はないし、可愛いものを集めて置きたい感覚のようだ。ノーナも収集癖があるのでそれは分からなくもないような。でも、可愛い……?

 クウィリーさんは肩をすくめて首を振っている。しかし意外に理解はあるようで、女性でもいいから早く一緒になって養子を取り、後継者を育ててほしいと言っていた。
 
 エレニア王国では同性間の結婚は認められていない。けれど辺境伯が堂々としているおかげで、ピンチョの町の人は様々な性的指向を緩やかに受け入れているという。彼女がこの地域で愛されている証拠だろう。

「ほら、ノーナも生活しやすいと思うぞ? あいつなんてどうだ、さっき来てたでかいの。見た目はアレだがまぁまぁいい奴だし、確か好きな人は男だと言っていたような……」
「シルヴァさんは駄目です! あ、あの……彼の前では僕の名前を出さないでもらえますか?」
「へぇ……何かあったんですね。これは面白い。モルタ様、ノーナ君には借りがあります。ここだけの秘密にしましょう」

 ノーナはつい声を上げてしまって失礼だと自覚しながらも、気安い空気に背中を押され、重ねてお願いをした。なぜか訳知り顔のクウィリーさんが先に同意し、モルタ辺境伯も続いて頷く。
 強引にノーナを引き連れてきてしまったことに二人とも負い目を感じているようで、なんだか申し訳ない。そもそも自分が軟弱なせいだ。

 ただ、シルヴァと辺境伯が普通に話す仲であることを考慮すると、ここで口止めしておかないと危険だ。
 先手を打てたことはある意味幸運だった。
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