39 / 62
39.
しおりを挟む「うちの子って……養子をとる前に結婚して下さいよ、モルタ様」
「無理だ。砦にはむさ苦しい奴ばっかりだし……ねっ、きみ、成人してるの? 私の秘書にどうだろう、いいだろう? そうしよう!」
「はぁ……仕事が立て込んでるから一言挨拶だけって言いましたよね? その子を連れてきていいですから、行きますよ」
「えっ、えぇ!?」
片眼鏡をかけた男性は、彼女の側近だろうか? 紺色の髪は長めのショートカットで、ノーナのボブヘアに少し似ている。
彼は辺境伯に対し親しげに苦言を呈しているが、なぜかノーナは解放されなかった。状況を全く理解できないまま、ノーナは辺境伯にドナドナされる。
しかし彼女は砦の最高権力者だ。今回の遠征チームの代表格的なおじさんも彼女のことをよく知っているのか、「仕方ない」の一言でオーケーを出した。
そのまま、かなり強引に辺境伯の使っている執務室へ連れて行かれる。久しぶりに小走りしたノーナは、分厚い絨毯が敷かれた部屋に足を踏み入れたとき、ぐわんと頭が揺れた。
わ~部屋が回ってる? と思ったときには時すでに遅し。ノーナはまたもや情けないことに……眩暈を起こしてぶっ倒れた。
「どうした!? って……細すぎるし、真っ青じゃないか! 食事を与えられていなかったのか?」
「モルタ様、うるさいですよ。元々体調を崩していたのかもしれません。とにかくそこに寝かせて、医務官を呼びましょう」
近くで話し声が聞こえたが、目を開けられないほど気分が悪かった。
あぁ、早く回復して、行動しなきゃならないのに……ノーナは焦った気持ちのまま、意識を手放す。
『……、昨日来たという事務官は大丈夫なんですか? あなたが強引に連れ去ったと聞きましたよ』
『いやぁ、男だけどあまりにも好みど真ん中で可愛くて……お前だって可愛いものが好きだと言っていただろう、シルヴァ?』
ふと意識が浮上したとき、聞き覚えのある声が耳に届きノーナは固まった。しまいには決定的な名前まで聞こえてきて、慌てて目の上まで毛布を引き上げる。
ここはどこだっけ? わからないけど……
(同じ部屋に……いる!)
しかも辺境伯と仲が良さそうだ。ノーナは久しぶりに会うシルヴァの様子が気になって仕方なかったが、ここで顔を出すわけにはいかない。
思わず毛布の端をぎゅっと握りしめていると、身じろぎに気付いたのか二人が近づいてきてしまった。
「きみ、体調はよくなった? さっき医務官に見せたけど、疲労が溜まってるだけだから休めば治るって。ごめんね、急に連れてきちゃって」
「ぁの……ケホッ、だい゙じょゔぶです……」
「個室のほうがいいでしょう。私が連れて行きますよ」
「!!」
ノーナは掠れた小声で答えた。普段とは似ても似つかない声に、シルヴァも気が付いていないようだ。しかし彼の優しさがここでも発揮されてしまい、ノーナはビクッと震えた。
到着するまではあんなにも大丈夫だと思っていたのに、さっそくの危機だ。なんでこんなことばっかり?
ノーナはどうしようもなくて、毛布にくるまったまま声のする方に背中を向け、焼かれた海老のように丸まった。
「あぁ、怖かったね。この男は追い出すから、安心していいよ。――シルヴァ。君さぁ、自分を鏡で見たことある?」
「そ、そこまで怖いですか……?」
「私のミューズには狼に見えるんだよ。ほら、退いたのいた。好きな子にも逃げられないようにね」
おそらく辺境伯の手がノーナの背中をよしよしと撫で、声が離れていく。シルヴァに誤解を与えてしまったのは申し訳ないが、二人の声が遠ざかっていってノーナはやっと全身の力を抜いた。
よかった……元気そうだ。いまは姿を見れなかったけど、いずれ遠くから見られる時も来るだろう。
115
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる