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本編
36.一歩踏み出す
しおりを挟むノーナは自分になにができるだろうか、と熟考しながら王宮内を歩いていた。
もう定時を過ぎ、人影は少ない。王宮にいられる最後の瞬間まで有効に使いたくて、なかなか帰る気になれなかった。
(もういっそのこと、北の砦に特攻しちゃおっか……)
王都ほどではないが、北の地にも栄えている街があると聞く。国境付近の山脈の麓は避暑地として貴族に一時期人気だったし、海の方にも港町があり魚介の産地として有名である。
砦の内部に入り込むことはできなくても、砦の周辺に滞在すれば情報が入ってくることは十分に考えられる。シルヴァはどこにいても目立つし。
あとは移動と滞在費の問題だ。乗合馬車を乗り継いでいけば三週間ほどで辿り着けるが、雪が降ったら街道も一時的に閉ざされるらしい。いくつかルートを確認して……
滞在費に関しては港町なら労働者向けの安宿がありそうだ。貴族も訪れない閑散期なら、交渉してもっと安くなるかも。
雪で帰れなくなった場合は数ヶ月滞在することになる。今まで貯めてきた資金で足りるだろうか。
向こうで短期の仕事を見つける? それなら住み込みで宿代を節約できる方がいいな……
頭の中であらゆる計算をしていたとき、遠くから「ノーナ!」と名前を呼ばれ振り返った。後方から走ってくるのはピークスだ。
彼はノーナの傍で立ち止まり、膝に手をついて息を整えている。ブラウンの癖毛も乱れているし、ずっと探してくれていたように見えた。
「はぁっ、はぁ……間に合ってよかった。どこにもいないからもう帰ったのかと……」
「ごめんピークス。最後だと思ってふらふらしちゃってた。なにかあった?」
「いや、大丈夫かなって……心配で。って、なに? その顔。早まっちゃだめだよ!」
早まるってなんのことだ。しかし何かを決意したようなノーナの顔に、ピークスだからこそ気づいたのかもしれなかった。
ノーナはピークスに、シルヴァを追いかけようと思っていることを説明した。数日前に発覚した陰謀と、それをパテルに話したこと。それでも自分は気になって仕方がなくて、放っておけないのだと。
「なにそれ……危ないよ! ノーナなんてたどり着く前にトラブルに巻き込まれそうじゃん」
「ゔ。そこは、なんとか……気をつけるつもり」
「はぁ~っ。絶対だめ。パテルのところに行こう。関わるなって言われても関わるんだったら、協力してもらうしかないよ」
「え! いや、邪魔をしたいわけじゃなくて……」
「ノーナ自身も守らなきゃいけないの! 心配してるんだよ馬鹿!」
ひどいことを言われている気もするが、愛のある叱責に頷かざるを得ない。
ピークスに小突かれ怒られ、引きずられるようにして騎士団本部の方へ向かうと、正面から走ってきた男によってノーナたちは空き部屋に押し込まれた。水色の髪を束ねた彼は、パテルだ。
ノーナは年下の彼にも怒られるかとビクビクしていたのだが、パテルは「ちょうど良かった!」と焦った声で話しはじめた。
「ごめん……駄目だったんだ。派閥が複雑に絡み合っていて、誰が味方で誰が敵なのか見分けるのに時間がかかりそうで……結局上の人にもシルヴァ様なら大丈夫だって言われた。あの人の味方になってくれそうな人、みんな南に行っちゃったんだよ。だから俺、来週出立するチームについて行くことにした。本人に危険があるってことだけでも伝えれば、多少は意味があると思うから」
「僕も行く!」
「えぇ!? でも、仕事は?」
「今日で辞めた。雑用でもなんでもするから、連れて行って!」
切れ長の目を大きく見開いたパテルは、戸惑ったようにノーナとピークスを交互に見た。ピークスは諦めたように肩を落として首を振り、「放っといても行こうとするから、連れて行ってあげて」とパテルの肩を叩く。
北の砦に常駐する騎士団員の入れ替えのため来週にも出立するチームには、事務官も含まれている。寒くて遠い北に行きたがる事務官は少ないようで、パテルの立候補は歓迎されたらしい。ノーナの申し出も直前だが受理されるだろう。
「行ったら半年は帰れないよ……? シルヴァ様は途中で帰っちゃうだろうし」
そんなの関係ない。シルヴァと一緒にいるために行くのではなく、彼に迫っている危機を可能な限り排除するために行くのだ。彼の安全を見届けられたら、その後はどうなったっていい。
ノーナが意思を変えないつもりだと理解したパテルは、少し腰を落として目線を合わせてきた。
「よし、一緒に行きましょう!」
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