上 下
36 / 71
本編

36.一歩踏み出す

しおりを挟む

 ノーナは自分になにができるだろうか、と熟考しながら王宮内を歩いていた。
 もう定時を過ぎ、人影は少ない。王宮にいられる最後の瞬間まで有効に使いたくて、なかなか帰る気になれなかった。
 
(もういっそのこと、北の砦に特攻しちゃおっか……)

 王都ほどではないが、北の地にも栄えている街があると聞く。国境付近の山脈の麓は避暑地として貴族に一時期人気だったし、海の方にも港町があり魚介の産地として有名である。
 砦の内部に入り込むことはできなくても、砦の周辺に滞在すれば情報が入ってくることは十分に考えられる。シルヴァはどこにいても目立つし。

 あとは移動と滞在費の問題だ。乗合馬車を乗り継いでいけば三週間ほどで辿り着けるが、雪が降ったら街道も一時的に閉ざされるらしい。いくつかルートを確認して……
 滞在費に関しては港町なら労働者向けの安宿がありそうだ。貴族も訪れない閑散期なら、交渉してもっと安くなるかも。
 
 雪で帰れなくなった場合は数ヶ月滞在することになる。今まで貯めてきた資金で足りるだろうか。
 向こうで短期の仕事を見つける? それなら住み込みで宿代を節約できる方がいいな……

 頭の中であらゆる計算をしていたとき、遠くから「ノーナ!」と名前を呼ばれ振り返った。後方から走ってくるのはピークスだ。
 彼はノーナの傍で立ち止まり、膝に手をついて息を整えている。ブラウンの癖毛も乱れているし、ずっと探してくれていたように見えた。

「はぁっ、はぁ……間に合ってよかった。どこにもいないからもう帰ったのかと……」
「ごめんピークス。最後だと思ってふらふらしちゃってた。なにかあった?」
「いや、大丈夫かなって……心配で。って、なに? その顔。早まっちゃだめだよ!」

 早まるってなんのことだ。しかし何かを決意したようなノーナの顔に、ピークスだからこそ気づいたのかもしれなかった。
 ノーナはピークスに、シルヴァを追いかけようと思っていることを説明した。数日前に発覚した陰謀と、それをパテルに話したこと。それでも自分は気になって仕方がなくて、放っておけないのだと。

「なにそれ……危ないよ! ノーナなんてたどり着く前にトラブルに巻き込まれそうじゃん」
「ゔ。そこは、なんとか……気をつけるつもり」
「はぁ~っ。絶対だめ。パテルのところに行こう。関わるなって言われても関わるんだったら、協力してもらうしかないよ」
「え! いや、邪魔をしたいわけじゃなくて……」
「ノーナ自身も守らなきゃいけないの! 心配してるんだよ馬鹿!」

 ひどいことを言われている気もするが、愛のある叱責に頷かざるを得ない。

 ピークスに小突かれ怒られ、引きずられるようにして騎士団本部の方へ向かうと、正面から走ってきた男によってノーナたちは空き部屋に押し込まれた。水色の髪を束ねた彼は、パテルだ。
 ノーナは年下の彼にも怒られるかとビクビクしていたのだが、パテルは「ちょうど良かった!」と焦った声で話しはじめた。

「ごめん……駄目だったんだ。派閥が複雑に絡み合っていて、誰が味方で誰が敵なのか見分けるのに時間がかかりそうで……結局上の人にもシルヴァ様なら大丈夫だって言われた。あの人の味方になってくれそうな人、みんな南に行っちゃったんだよ。だから俺、来週出立するチームについて行くことにした。本人に危険があるってことだけでも伝えれば、多少は意味があると思うから」
「僕も行く!」
「えぇ!? でも、仕事は?」
「今日で辞めた。雑用でもなんでもするから、連れて行って!」

 切れ長の目を大きく見開いたパテルは、戸惑ったようにノーナとピークスを交互に見た。ピークスは諦めたように肩を落として首を振り、「放っといても行こうとするから、連れて行ってあげて」とパテルの肩を叩く。
 
 北の砦に常駐する騎士団員の入れ替えのため来週にも出立するチームには、事務官も含まれている。寒くて遠い北に行きたがる事務官は少ないようで、パテルの立候補は歓迎されたらしい。ノーナの申し出も直前だが受理されるだろう。

「行ったら半年は帰れないよ……? シルヴァ様は途中で帰っちゃうだろうし」

 そんなの関係ない。シルヴァと一緒にいるために行くのではなく、彼に迫っている危機を可能な限り排除するために行くのだ。彼の安全を見届けられたら、その後はどうなったっていい。
 
 ノーナが意思を変えないつもりだと理解したパテルは、少し腰を落として目線を合わせてきた。

「よし、一緒に行きましょう!」

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます

はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。 睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。 驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった! そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・ フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

狼王の夜、ウサギの涙

月歌(ツキウタ)
BL
ウサギ族の侍従・サファリは、仕える狼族の王・アスランに密かに想いを寄せていた。ある満月の夜、アスランが突然甘く囁き、サファリを愛しげに抱きしめる。夢のような一夜を過ごし、恋人になれたと喜ぶサファリ。 しかし、翌朝のアスランは昨夜のことを覚えていなかった。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?

藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。 なんで?どうして? そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。 片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。 勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。 お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。 少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。 (R4.11.3 全体に手を入れました) 【ちょこっとネタバレ】 番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。 BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...