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本編
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翌週は冷や冷やしながら出勤して、シルヴァに捕まってしまわないか毎日怯えていた。彼がノーナに襲われたと訴えれば、自分なんかあっという間にお縄だろう。
もっともその心配は杞憂だった。シルヴァは新人騎士の訓練で、王都の端にある森――もちろん迷いの森とは違う――に一週間缶詰めらしい。
そもそも怪我や盗難の被害はないわけだし、こんな貧弱な男に襲われただなんて言えないはずだ。彼ほどの男ならハニートラップもありそうだが、ノーナには目的がないのでトラップもない。
記憶が抜け落ちていれば狐につままれたような気持ちにはなっただろうけど……「たぶん大丈夫」と結論づけた。
願わくば、目覚めた時には完全に事後であったことに、彼が気づいていませんように。男なんかと寝てしまったという汚点に悩まされていませんように。
男同士の恋愛なんて、シルヴァは考えたこともないだろう。彼が悩んで落胆してしまわないか、かなり心配だった。
◇
そんなこんなで冷や冷やドキドキ、いろんな心配をしながら一週間を過ごしたノーナの心労は甚大だったのである。
詳細な話を聞いたピークスはだんだんと真剣な表情になり、途中青褪めたりもしたが、最後は呆れた顔ではぁーっと大きなため息を吐いた。
「え、馬鹿なの? 怪しげな薬を貰って、それを使って実験してみよう! って普通ならないでしょ」
「おっしゃるとおりで……」
「しかも、間違えた相手がよりにもよって狼騎士様とはねぇ……よく殺されなかったね」
「えっ、ころ……?」
ピークスもシルヴァの噂は聞いているようだった。職場でも良好な関係を築いている彼は、ノーナよりも情報通だ。
残酷非道な彼について、戦場での振る舞いに眉をひそめる者もいるらしい。捕虜を勝手に殺してしまったとか、感情が荒ぶると味方にも剣を向けることがあるとか。
仲間を殺されてしまった敵がシルヴァを恨むあまり、野営地に忍び込み彼が眠っているところを襲ったこともあるようだ。反撃されて瞬殺だったらしいが。
「瞬殺……」
「いつも短剣を枕の下に忍ばせていて、目を閉じて眠ることはないって。ノーナ、いくら魔法で惚れられたからって……命知らずすぎるよ」
「そんな怖い人じゃなかったけどなぁ……」
あと、目は閉じていた。じゃないと眠れなくない?
だが短剣の謎は解けた。枕の下にあったのか……確かに傷を与えられなくてよかった。今さらながらブルッと震えが湧き上がってきて、ノーナは両手で自分を抱きしめた。
「とにかく! たとえ本物だとしても、惚れ薬に頼ろうとするなんて虚しくない? おれはあの上司も気に食わないけど……好きならちゃんと告白くらいしなよ」
「う……」
正論が耳に痛くて、グラスを煽り白ワインを飲み干す。ノーナが曖昧な関係を続けてしまっているのは、自分にトゥルヌスさんを問いただす勇気がないからだ。
好きだと伝えて、ノーナを愛して欲しいと言ったら、面倒くさい男だと捨てられてしまうかもしれない。そんな思いが心のなかに重く伸し掛かっていて、考えるだけで息苦しくなる。
惚れ薬の魔法に頼らなければ、好きになってもらえる自信もない。それがとても虚しいことだと、自分が一番分かっていた。
「……はじめてだったんだ」
「え?」
「初めて、人に恋してもらえて……全力で愛されて…………すごく、しあわせだった」
「うん……そっか」
ノーナの性的指向を、ピークスは理解して応援してくれている。どうしようもない自分の本音を告げられる貴重な友人だ。あの時間は……小さな箱に一生大事にしまっておきたいほどの幸せが詰まっていた。
ポンポンと頭を撫でられて、ノーナは自分が泣きそうな顔になっていることに気づいた。スンと鼻を啜る。
「……泣かないでよ」
「泣いてない。……ありがとう」
男同士の恋愛が難しいことは、考えるまでもないのだ。
いろいろと間違えていることは自覚しているけれど、ノーナはどうしても、シルヴァとの夜を後悔できなかった。
もっともその心配は杞憂だった。シルヴァは新人騎士の訓練で、王都の端にある森――もちろん迷いの森とは違う――に一週間缶詰めらしい。
そもそも怪我や盗難の被害はないわけだし、こんな貧弱な男に襲われただなんて言えないはずだ。彼ほどの男ならハニートラップもありそうだが、ノーナには目的がないのでトラップもない。
記憶が抜け落ちていれば狐につままれたような気持ちにはなっただろうけど……「たぶん大丈夫」と結論づけた。
願わくば、目覚めた時には完全に事後であったことに、彼が気づいていませんように。男なんかと寝てしまったという汚点に悩まされていませんように。
男同士の恋愛なんて、シルヴァは考えたこともないだろう。彼が悩んで落胆してしまわないか、かなり心配だった。
◇
そんなこんなで冷や冷やドキドキ、いろんな心配をしながら一週間を過ごしたノーナの心労は甚大だったのである。
詳細な話を聞いたピークスはだんだんと真剣な表情になり、途中青褪めたりもしたが、最後は呆れた顔ではぁーっと大きなため息を吐いた。
「え、馬鹿なの? 怪しげな薬を貰って、それを使って実験してみよう! って普通ならないでしょ」
「おっしゃるとおりで……」
「しかも、間違えた相手がよりにもよって狼騎士様とはねぇ……よく殺されなかったね」
「えっ、ころ……?」
ピークスもシルヴァの噂は聞いているようだった。職場でも良好な関係を築いている彼は、ノーナよりも情報通だ。
残酷非道な彼について、戦場での振る舞いに眉をひそめる者もいるらしい。捕虜を勝手に殺してしまったとか、感情が荒ぶると味方にも剣を向けることがあるとか。
仲間を殺されてしまった敵がシルヴァを恨むあまり、野営地に忍び込み彼が眠っているところを襲ったこともあるようだ。反撃されて瞬殺だったらしいが。
「瞬殺……」
「いつも短剣を枕の下に忍ばせていて、目を閉じて眠ることはないって。ノーナ、いくら魔法で惚れられたからって……命知らずすぎるよ」
「そんな怖い人じゃなかったけどなぁ……」
あと、目は閉じていた。じゃないと眠れなくない?
だが短剣の謎は解けた。枕の下にあったのか……確かに傷を与えられなくてよかった。今さらながらブルッと震えが湧き上がってきて、ノーナは両手で自分を抱きしめた。
「とにかく! たとえ本物だとしても、惚れ薬に頼ろうとするなんて虚しくない? おれはあの上司も気に食わないけど……好きならちゃんと告白くらいしなよ」
「う……」
正論が耳に痛くて、グラスを煽り白ワインを飲み干す。ノーナが曖昧な関係を続けてしまっているのは、自分にトゥルヌスさんを問いただす勇気がないからだ。
好きだと伝えて、ノーナを愛して欲しいと言ったら、面倒くさい男だと捨てられてしまうかもしれない。そんな思いが心のなかに重く伸し掛かっていて、考えるだけで息苦しくなる。
惚れ薬の魔法に頼らなければ、好きになってもらえる自信もない。それがとても虚しいことだと、自分が一番分かっていた。
「……はじめてだったんだ」
「え?」
「初めて、人に恋してもらえて……全力で愛されて…………すごく、しあわせだった」
「うん……そっか」
ノーナの性的指向を、ピークスは理解して応援してくれている。どうしようもない自分の本音を告げられる貴重な友人だ。あの時間は……小さな箱に一生大事にしまっておきたいほどの幸せが詰まっていた。
ポンポンと頭を撫でられて、ノーナは自分が泣きそうな顔になっていることに気づいた。スンと鼻を啜る。
「……泣かないでよ」
「泣いてない。……ありがとう」
男同士の恋愛が難しいことは、考えるまでもないのだ。
いろいろと間違えていることは自覚しているけれど、ノーナはどうしても、シルヴァとの夜を後悔できなかった。
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