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本編
21.
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「あぁ、ノーナ……君はなんて可愛らしいんだろう。ノーナのことを考えるだけで胸が苦しい」
「トゥルヌスさん……」
「やっぱり君が一番だ」
「……」
やっぱり、一番? トゥルヌスさんは誰と比べているのだろうか。
ノーナは頭の上に疑問符を浮かべていたものの、さらりと頭を撫でられてハッとした。これは彼がキスをするときの癖だ。
後頭部が支えられる。ゆっくりと顔が近づいてくるのを感じて、ノーナも目を閉じる。
このままキスをしてしまっていいのか、わからない。腰から尻にかけてを撫でられて、ぞわぞわと鳥肌が立つ。「ノーナ、大好きだよ」という言葉とともに唇が重ねられる――その瞬間。
――キィ、とドアの開く音が聞こえた。
思わずふたりして入口に目を向ける。そこには……書類を片手に持ったシルヴァがいた。
彼はつかの間目を見張ったが、すぐに「失礼」と硬く告げ視線を逸らす。近くの机に書類を置き、何事もなかったように部屋を出ていく。
その数秒のあいだ、ノーナはトゥルヌスさんに腰を抱かれたままだった。トゥルヌスさんもキスをしようと顔を近づけたまま、固まっていた。
「び、びっくりしたね……ノーナ、ここじゃ落ち着かないから私の部屋へ行こうか」
「あ。えっと……」
トゥルヌスさんの部屋。彼が王宮内で与えられている部屋に呼ばれるのは、ノーナが前々から夢見ていたことだった。……でも。
ノーナは彼の腕を解いて一歩離れる。もう、彼の部屋に行きたいとは思えなかった。
――自覚してしまった。
(あの人に見られちゃった……)
心臓をギュッと鷲掴みにされたみたいに、苦しい。ずっと感じていた違和感の正体にようやく気付く。
トゥルヌスさんを好きだと、ノーナは長らく自分に言い聞かせてきたのだ。彼を好きだから、彼の気持ちが自分にないと分かってからも関係を続けているのだと。
初めてトゥルヌスさんに抱かれたとき、ずっと一人で寂しかった心の隙間が埋まった気がした。男の自分でも誰かに愛されることができると、認めてもらえた気分になれた。
その肯定感を失うのが怖くて、必死でしがみついていたのだ。
ノーナは惚れ薬を使ってでも、自分を愛してくれる人を望んでいた。愛されれば、自分は幸せになれると思っていた。……けれど、それは違ったみたいだ。
いざトゥルヌスさんの気持ちが自分に向いてみてはじめて、自分の気持ちの方向が違うことに気付いてしまった。
ノーナは、いつのまにか――――本気でシルヴァのことが好きになっている。
「ごめんなさい。僕、帰らないと!」
「えっ、ノーナ!?」
驚き戸惑うトゥルヌスさんを置いて、部屋を飛び出す。今から追いかければ、シルヴァに追いつけるかもしれない。追いついてそれで、なにを言えばいいのかはわからないけど。
廊下を左右に見渡しても、彼の影は見えなかった。正面玄関から帰ろうとしているのなら右だし、騎士団本部やシルヴァの部屋がある方へ向かうなら左だろう。
こんな時間だし……と思ったものの、ノーナは直感で左へ走った。
すぐに息が切れてきて、自分の短い足と体力のなさが嫌になる。しかしノーナの第六感が冴え渡っていたのか、曲がった廊下の先にシルヴァを見つけて思わず叫んだ。
「ウィミナリス様!」
声を掛けたことでシルヴァは立ち止まった。おかげで追いつくことができたが、ぜえぜえ荒い呼吸をすることに必死でなにも喋れない。彼は歩幅が広いし、基本的に速歩きなのだ。
「ノーナ、どうしたんだ? あぁ、さっきのは見なかったことにするから安心していい。でも……」
「はぁっ、はぁっ、待ってください。違うから……」
「あちらこちらと浮つくのは……どうなんだ? 俺の言えたことじゃないが」
「あ。えっと……」
えっとぉ……言い訳のしようがない。シルヴァの記憶では、ノーナはシルヴァに告白して振られ、街で会ったときは魔法が掛かる前に連れ込み宿にいたところを見られている。さらには今日の出来事だ。
ノーナはいったい何人の男と関係を持っているように思われているのだろう。尻軽にもほどがある。それでもなんとか自分の印象を回復しようと、口を開いた。
「ウィミナリス様、僕は……」
……どうしよう。なにを言っても言い訳にしか聞こえないと気付いてしまえば、それ以上の言葉が出てこなかった。ここでやっぱりシルヴァのことが好きだ、なんて伝えても逆効果としか思えない。
ノーナは馬鹿だ。どうしようもできないのなら、彼を引き止めては駄目だった。誠実なバーガンディの瞳が、不誠実なノーナを見下ろしている。自分の不甲斐なさに俯いて、唇を噛む。
「……名前で呼んでいいと言っただろう」
「へ?」
「家名で呼ばれるのは好きじゃないんだ。年上なんだから、遠慮はいらない」
「……え?」
「トゥルヌスさん……」
「やっぱり君が一番だ」
「……」
やっぱり、一番? トゥルヌスさんは誰と比べているのだろうか。
ノーナは頭の上に疑問符を浮かべていたものの、さらりと頭を撫でられてハッとした。これは彼がキスをするときの癖だ。
後頭部が支えられる。ゆっくりと顔が近づいてくるのを感じて、ノーナも目を閉じる。
このままキスをしてしまっていいのか、わからない。腰から尻にかけてを撫でられて、ぞわぞわと鳥肌が立つ。「ノーナ、大好きだよ」という言葉とともに唇が重ねられる――その瞬間。
――キィ、とドアの開く音が聞こえた。
思わずふたりして入口に目を向ける。そこには……書類を片手に持ったシルヴァがいた。
彼はつかの間目を見張ったが、すぐに「失礼」と硬く告げ視線を逸らす。近くの机に書類を置き、何事もなかったように部屋を出ていく。
その数秒のあいだ、ノーナはトゥルヌスさんに腰を抱かれたままだった。トゥルヌスさんもキスをしようと顔を近づけたまま、固まっていた。
「び、びっくりしたね……ノーナ、ここじゃ落ち着かないから私の部屋へ行こうか」
「あ。えっと……」
トゥルヌスさんの部屋。彼が王宮内で与えられている部屋に呼ばれるのは、ノーナが前々から夢見ていたことだった。……でも。
ノーナは彼の腕を解いて一歩離れる。もう、彼の部屋に行きたいとは思えなかった。
――自覚してしまった。
(あの人に見られちゃった……)
心臓をギュッと鷲掴みにされたみたいに、苦しい。ずっと感じていた違和感の正体にようやく気付く。
トゥルヌスさんを好きだと、ノーナは長らく自分に言い聞かせてきたのだ。彼を好きだから、彼の気持ちが自分にないと分かってからも関係を続けているのだと。
初めてトゥルヌスさんに抱かれたとき、ずっと一人で寂しかった心の隙間が埋まった気がした。男の自分でも誰かに愛されることができると、認めてもらえた気分になれた。
その肯定感を失うのが怖くて、必死でしがみついていたのだ。
ノーナは惚れ薬を使ってでも、自分を愛してくれる人を望んでいた。愛されれば、自分は幸せになれると思っていた。……けれど、それは違ったみたいだ。
いざトゥルヌスさんの気持ちが自分に向いてみてはじめて、自分の気持ちの方向が違うことに気付いてしまった。
ノーナは、いつのまにか――――本気でシルヴァのことが好きになっている。
「ごめんなさい。僕、帰らないと!」
「えっ、ノーナ!?」
驚き戸惑うトゥルヌスさんを置いて、部屋を飛び出す。今から追いかければ、シルヴァに追いつけるかもしれない。追いついてそれで、なにを言えばいいのかはわからないけど。
廊下を左右に見渡しても、彼の影は見えなかった。正面玄関から帰ろうとしているのなら右だし、騎士団本部やシルヴァの部屋がある方へ向かうなら左だろう。
こんな時間だし……と思ったものの、ノーナは直感で左へ走った。
すぐに息が切れてきて、自分の短い足と体力のなさが嫌になる。しかしノーナの第六感が冴え渡っていたのか、曲がった廊下の先にシルヴァを見つけて思わず叫んだ。
「ウィミナリス様!」
声を掛けたことでシルヴァは立ち止まった。おかげで追いつくことができたが、ぜえぜえ荒い呼吸をすることに必死でなにも喋れない。彼は歩幅が広いし、基本的に速歩きなのだ。
「ノーナ、どうしたんだ? あぁ、さっきのは見なかったことにするから安心していい。でも……」
「はぁっ、はぁっ、待ってください。違うから……」
「あちらこちらと浮つくのは……どうなんだ? 俺の言えたことじゃないが」
「あ。えっと……」
えっとぉ……言い訳のしようがない。シルヴァの記憶では、ノーナはシルヴァに告白して振られ、街で会ったときは魔法が掛かる前に連れ込み宿にいたところを見られている。さらには今日の出来事だ。
ノーナはいったい何人の男と関係を持っているように思われているのだろう。尻軽にもほどがある。それでもなんとか自分の印象を回復しようと、口を開いた。
「ウィミナリス様、僕は……」
……どうしよう。なにを言っても言い訳にしか聞こえないと気付いてしまえば、それ以上の言葉が出てこなかった。ここでやっぱりシルヴァのことが好きだ、なんて伝えても逆効果としか思えない。
ノーナは馬鹿だ。どうしようもできないのなら、彼を引き止めては駄目だった。誠実なバーガンディの瞳が、不誠実なノーナを見下ろしている。自分の不甲斐なさに俯いて、唇を噛む。
「……名前で呼んでいいと言っただろう」
「へ?」
「家名で呼ばれるのは好きじゃないんだ。年上なんだから、遠慮はいらない」
「……え?」
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