惚れ薬の魔法が狼騎士にかかってしまったら

おもちDX

文字の大きさ
上 下
15 / 71
本編

15.

しおりを挟む
 宿に入って受付をスルーし、階段を登る。どこの部屋にトゥルヌスさんがいるのかは、ドアノブに茶色のリボンを結びつけてあるからわかる。彼の目の色だ。
 この習慣は彼が考えたものなのだが、じわじわとこの宿で浸透し、ときどき他の人も待ち合わせなのかドアノブにリボンを付けているのが可笑しかった。
 
 しかしこの日はそのブームに悩まされる羽目となった。いくつも並ぶドアの2つに、茶色のリボンが結んであったのだ。

(えー……どっち!?)

 間違えて違うドアを開けてしまったら大惨事だ。先ほどの緊張がまだ続いていて、気持ちが急いてしまう。
 ノーナはなんとかリボンの材質や結び方からトゥルヌスさんらしさを見出そうと、ドアノブに顔を近づけて考える。そんな、端から見ればとても怪しい行動をしていたとき。

「何をしている!」
「えっ、いや! 違います!」

 叱責するように声をかけられて、ノーナは飛び上がった。これは決して、不審者とかじゃないんです……ていうか……

 ああーーーーー!!!!!
 
 またやってしまった! 今度はだれ?
 ノーナはびくびくと怯えながら声の主を確認しようとした。いや待って、声に聞き覚えが…………
 
 階段のところから――さっき別れたはずのシルヴァが見ていた。
 
 さすがに偶然じゃないだろう。でもどうして追いかけてきたのかわからない。あんぐりと口を開けたままでいると、彼はズンズン近づいてきてノーナの腕を握り、外へと導いた。
 宿の外に出たところで立ち止まって、彼は複雑な表情でノーナを見つめる。

「ノーナは……どうしてこんなところに」
「あっ、えーと……」
「誰かとあそこで会う約束を?」

 最悪だ……また、シルヴァに魔法がかかってしまったに違いない。彼は好きな人が連れ込み宿を訪れているのを見て、どう思っただろうか。
 感情的になっているようには見えないけれど、ノーナは浮気が見つかったみたいに罪悪感で胸がいっぱいになった。
 
 それに、あの部屋でトゥルヌスさんが待っているのに……どうしよう。自業自得すぎるが、ノーナは板挟みになってしまった。
 なにもかも放りだして、強い酒をカッと煽りたい気分。びっくりボーナスは一度でいいのだ。わーだめだめ、現実逃避している場合じゃない。

「あの……ウィミナリス様。お察しの通り、僕はあそこで人と待ち合わせをしています。だから、行かせてください」
「俺も行く」
「えぇっ。そんな、会ってどうするんですか」
「決闘を申し込む」

 瞬殺だよぉ……。
 
 それに、魔法でノーナに惚れているシルヴァをトゥルヌスさんに会わせたら、シルヴァも男が好きなのだと勘違いされてしまうに違いない。それは彼にとって、絶対に良くない醜聞だ。
 
 逆に今からこの人を置いて、予定通りトゥルヌスさんに会いに行ったとしても……もはやそんな気分になれる気がしなかった。
 ああ、なんて自分勝手なんだろう。ノーナはなにか理由をつけて、今日の逢瀬は断らせてもらおうと決心する。

「とにかく、今日は断ってきますから……少し時間をください」
「ノーナは、俺のことが好きなんじゃなかったのか?」
「え……」
「俺が断ったから、もう次の男へ?」
「えーっと……」

 そうか。騎士団本部の近くで会った日のノーナの言葉は、魔法と関係ないから覚えているのか。じゃぁ、ひと月前の記憶はどうなってる? もし残っていたとしたら、とてもおかしな記憶になっているはずだ。
 
 いまの言動からシルヴァに何かを思い出したような混乱は読み取れない。魔法にかかっているあいだの記憶は、完全に消えている可能性が高かった。
 
 ノーナは仕方なく頷く。眉間に皺を寄せているシルヴァは、つらさをこらえているようにも見える。胸は痛むけれど、ここで彼の幻の恋心に好きだと応えてしまう方が不誠実だろう。
 
 不甲斐ない自分に嫌気が差して視線を合わせられず、唇を噛む。自分はいさぎよく諦めて、次の恋に進んだのだと説明するしかなかった。

 落ち込むシルヴァを説得し、トゥルヌスさんにお断りしようとノーナはひとりで宿へと戻る。体調が悪いということにさせてもらおう。さすがにそんな状態でも抱かせろというような人じゃない。
 ……最近は嘘をついてばっかりだ。
 
 ところが今度は、リボンの付いたドアノブが見つからずノーナは途方に暮れた。たぶん、ノーナが遅いから帰ってしまったのだろう。トゥルヌスさんは忙しい人だから、逢瀬のあとも宿に長居したことはない。

 トボトボと元の場所へ戻り、シルヴァと合流する。大きな影は人の邪魔にならないよう、もう閉まっている店の軒先で立っていた。
 姿勢が良くどこにいても目立つ彼は、ノーナの姿を見つけた瞬間ほんのわずかに頬をゆるませる。
 
 ――もう、戻ってこないと思っていたのかもしれない。
 シルヴァは表情をあまり崩さないから、ノーナは胸に込み上げてくるものを抑えるのに必死になった。自分が彼に対して、柔らかい感情を持つ資格なんてない。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ
BL
 8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。  家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。  思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!  魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。 ※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。 ※表紙はAI作成です

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...