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 まぶたの裏に夜明けの光を感じ、グランツは目を覚ました。ずいぶんと深く眠っていた気がする。昨日は早く寝たんだったか……?

「おはよ」

 胸元から声がして、うたた寝から覚めるときのようにビクンと大袈裟に反応してしまった。
 視線を下げると、エルフィが起きてこちらを見ている。――そうだ。昨日はこいつを拾ったんだった……

「……おはよう」

 もう雨の音はない。エルフィの瞳も澄んで、仄明るい中でも優しい薔薇色に見えた。昨晩感じた、言いようのない不安感は拭い去られている。
 グランツはエルフィから毛布を奪ってしまわないようにゆっくりと身体を起こした。

「待って! それ……昨日の?」

 突然声を張り上げたエルフィが起き上がったから、気遣いは無駄になる。だが露わになった裸体よりも、彼はグランツのことが気になるらしい。
 その視線を辿れば、自分の肩に行き着く。そこは一部が青黒く変色していた。エルフィを事故から救った際にぶつけたところだ。

「ああ、これか。平気だ」
「そんなわけないよ! 昨日の……おれのせいだよね? ああ、どうしよう。折れてない?」

 グランツは肩を動かしてみる。鈍く重い痛みがあるものの、折れた感じはしない。腫れてもいないし、ただの打ち身だろう。
 騎士をやっていればひと通りの怪我はとっくに経験済みだ。本当に平気なのだが、エルフィは形の良い眉を寄せ、心配そうな表情を隠さなかった。

「人の心配をする前に、自分の心配をしてくれ……。俺は昨日、フィーがふらふら歩いてるのを見て、生きた心地がしなかった」
「あ……。ご、ごめん……」

 つい零してしまったグランツのぼやきに、エルフィはしおしおと萎れる。そうしていると親に叱られた子どものようで、なぜだか心臓をぎゅっと掴まれた心地になった。
 
 淡い光を透かし、キャラメルのような色になっている頭をそっと撫でる。はじめて彼の輪郭に触れたような気がした。

「昨日はなにかあったのか?」
「……雨が駄目なんだ」
「雨?」
「そう。雨の日に……おれの親友だった男は死んだ」

 グランツへの罪滅ぼしもあるのかもしれない。エルフィはぽつぽつと、降りはじめた雨が石畳に丸い跡を残すときのように少しずつ、語りはじめた。

 エルフィは下級貴族の出身で、平民の親友がいた。同郷で同い年。同じ時期に王都へ出てきて働きはじめた。仕事は違ったけれど、頻繁に会ってふたりで飲むくらいには気安く、いつしか親友と呼べる存在になっていた。

 何気ないきっかけだったという。その日、親友の部屋で一緒に飲んでいたエルフィは彼と喧嘩し、親友のほうが部屋を飛び出してしまった。

「雨の日の、夜だったんだ。ちょうど昨日みたいな……。おれはこんな天気だしすぐに戻ってくると思って、ずっと待ってた。だってあいつの部屋なんだから」

 しかし待てども親友は戻ってこない。あくる朝、エルフィが探しに外へ出ると、馬車との事故で男がひとり死んだと聞いた。親友のことだった。

「恋人だったのか……?」
「違う。好きだったのかと訊かれても、やっぱり違うかな。それでもあのころ僕達には恋人がいなかったし、そういう相手を探すよりあいつと一緒にいるほうが楽しかった」
「そうか……」

 二年前のことだそうだ。それ以来ずっとエルフィは罪悪感を抱えて生きている。雨の日にはどうしようもなく過去のことが思い出され、抱いてくれそうな男を誘ったり、昨日みたいにふらふらと歩いてしまう。

 つらい経験だ。親友の男が亡くなったのは残念だが、決してエルフィのせいではない。でも、それを簡単に口にすることは憚られた。
 グランツが押し黙っていると、エルフィは突然ひっ、と引きつるように息を吸う。

「あいつに……告白されたんだ。でもおれは冗談だと思って『なに言ってんの? らしくないじゃん』って、笑って取り合わなかった。そしたら…………あんなことに」
「お前のせいじゃない」

 結局口に出してしまった。エルフィの自分を責める言葉を、それ以上聞いていられなかった。誰にも言わずにおこうと、秘めておいた記憶に違いない。それがエルフィを強く蝕んでいる。
 涙は出ていない。しかし瞬きもせず宙を見つめ、苦しそうに息が荒い。目尻のほくろがその心情を表している気がして、思わず震える身体を抱きしめた。

「エルフィ。彼は戻ってくるつもりで外に出た。でも、不幸な事故で戻れなくなってしまった。きっと、自分のせいでエルフィが気に病むんじゃないかって、最期に思っただろう。失恋の痛みなんて忘れるくらい、エルフィのことを心配していたと思う」
「…………」
「だから、もう気に病むのはやめにしないか? その親友のためにも。お前は前を見て生きるべきだ。投げやりに生きたって、誰も救われない」
「あいつが心配してるって……そんなの、推測じゃん」

 グランツは喋るのが得意ではない。もともと無愛想だし、他人を元気づける言葉なんて考えたところで思い浮かぶものでもなかった。
 なんとか言葉を重ねると、腕の中のエルフィが拗ねたような声を出す。分かっているけど納得しかねる、みたいな声。

「分かる」
「どうして断言できるの?」
「俺もエルフィのことを好きだからだ」
「……へ?」

 エルフィの話を聞いて、唐突に理解した。グランツとは立場も状況も全く異なるものの、その親友の気持ちは痛いほどに分かったからだ。
 理由なんて分からない。一目惚れだったような気もするし、肌を重ねて心まで奪われたのかもしれない。

 ただ、興味のある素振りをするくせに、人に興味を持っていないのが気に食わなくて。グランツの方を見てほしいと思った。
 人の心を奪っておいてどこか遠くを見つめるエルフィの、視線と心が欲しい。

「俺にしろ。まぁまぁ気に入ったんだろ?」
「ちんこがね」
「それでいいから、俺にしとけ」

 他の男のことなんて何も考えられなくなるくらい、愛してやる。――という言葉は飲み込んだ。恋愛初心者なので、自分に自信があるとは言いがたい。グランツも平民出身の身分だ。
 とりあえず今、エルフィを繋ぎ止めたい。先のことはあとから考えればいい。
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