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しおりを挟むエルフィは王宮の文官として働いている。職務自体は真面目にこなしているものの、その容姿はいつもどことなく憂いを帯び、あちこちで視線を奪っていた。
今日は朝から霧のような雨が降っていて、静かなのに湿度は高い。昼間でもゆるくウェーブしてきた髪が濃い艶で白い顔を彩っている。
「あ……あれ?」
廊下を歩いていると、外の訓練場が見えた。模擬試合でもやっているのか、大勢の騎士が集まって円を作っている。
彼らの騎士服を見てエルフィは首を傾いだ。近衛騎士団の白い騎士服のなかに、中央騎士団の黒い騎士服が混じっている。
反対色だからなお目立つ。中央騎士団は王宮の外に本部を持っているため、あまり仕事中見ることはないのだ。
「へ~。一緒に訓練とかやるんだな」
実力主義の中央騎士団と華やかさを重視する近衛騎士団は、水と油のように相性が悪い。まさか喧嘩? 「やっちまえ!」などと柄の悪い声援が聞こえ、輪の中心ではどんな闘いが繰り広げられているのだろうと気になった。
エルフィは急いでもいなかったので、野次馬がてら輪に近づく。隙間などなかったが、「ちょっと見てもいい?」と微笑みながら頼むと気づいた男たちは慌てて道を空けてくれる。
果たして、輪の中が見える位置にたどり着いたエルフィはぽかんと口を開いた。刃を潰した訓練用の剣で闘っているのは二人とも知った顔だったのだ。
「グラ、ンツ……?」
一度だけ寝たことのある近衛騎士と、つい先日寝たばかりのグランツが向かい合っている。あの体つきとインディゴブルーの髪は間違えようもない。
「騎士だったんだぁ……」
あのときは傭兵だと決めつけていたのに、黒い騎士服をまとい剣を振るっている姿を見ると清廉な騎士にしか見えない。キンッ、キィンッと金属同士のぶつかり合う音が聞こえ、まもなく決着がついた。
白い近衛騎士が剣を取り落とし、黒い騎士が相手の首筋に剣をひたりと当てる。グランツの勝利だった。
どうやら有望な若手同士の模擬試合だったらしい。周囲がワッと湧き、流されてもみくちゃになりそうだったエルフィは輪を抜けた。
いいものを見せてもらった。目の前で見た試合の迫力に、まだ心臓がドキドキしている。ちょっとぞくぞくとした興奮もあって、身体の疼く感じがする。
頬を赤らめ瞳を潤ませながら訓練場を出ようとするエルフィを、脳筋の騎士が放っておくはずもない。
もとの廊下へ戻る前に、途中の通路で周囲を近衛騎士たちに囲まれてしまった。彼らは見目も家柄もそれなりに良く、文官ひとりくらいどうとでもできると思っている。
「エルフィさん、ですよね? うわぁ、近くで見るとすごい色気だ」
「……どうも」
「こんなところをひとりで歩いてたら危ないですよ。今日は特に、中央の下品な奴らがいるんで。僕らが安全な場所まで送りましょう」
「ありがとう。でも大丈夫だよ? すぐそこだから、ひとりで行ける」
にやにやする男たちはエルフィを知っているらしい。もしかしたら誰とでも簡単に寝所を共にする尻軽だと思っているのかもしれない。
あながち間違いではないけど……こういうときは面倒くさいな、と思ってしまう。
ひとり相手に集団でしか声をかけられない男には興味がない。これでも職場の男とは関係を持たないようにしているのだ。ただし、知らなかった場合を除く。
「遠慮しないでよ~。お礼は身体で支払ってくれればいいからさ」
男たちはハハ!と下品な嗤いで盛り上がる。
呆れから零れるため息を飲み込む。さっさと引き離そうと強引に足を踏み出すも、四方に自分よりも大きな男たちが立っていると進めない。さすがに困り果ててしまったときだった。
「何をしている」
壁の一角を担っていた男の肩を掴み、突き飛ばす。輪の中心にいたはずのグランツが眉間に深いしわを寄せ、近衛騎士たちを睨みつける。睨まれた男たちは「ひぃっ」「やべっ」と足早に散ってしまった。
黒いオーラを背負って、白い騎士たちをあっという間に追い払ったグランツはさながら魔王のようだ。とはいえ……
「助かったよ~。グランツって、騎士だったんだな」
「べ、別にお前だから助けたわけじゃないからな!」
「そうなのか。さすがの騎士道精神だな、ありがとう。それにさっきの試合、偶然見たんだけどすごく格好よかった」
「あれくらい余裕だ! フィーが見えたから張り切ったわけでもなんでもないっ」
エルフィはもう一度「そうなのか」と空返事で頷く。聞いてもないことを答えるグランツに疑問は感じたが、目の前の身体の方に俄然意識がいっていた。
まだ若干息が荒く、呼吸のたびに長袖の騎士服の下で筋肉が盛り上がる。別に筋肉フェチではないのだけれど、この分厚い身体に抱かれたときのことを思い出すと身体が熱くなるのだ。
「ねぇ、またしようよ。おれ、惚れちゃったかも……」
「なっ。……ふぃ、フィー! え、ほれ……!?」
「グランツのちんこに」
「は? はぁぁああ??」
エルフィはうっとりとグランツの股ぐらを見つめる。凶器のような質量、えげつない形がそこに隠れているのだ。
忘れられるもんか。何も考えられなくなる、あの素晴らしい感覚を。
グランツは大きな身体をふくらませ、わなわなと震えだした。褒めているのに、どうしたんだろう?
「ふっ……ざけんな変態! 淫乱め!」
「えー? ひどい言い草。別に誰も彼も誘ったりしてないってぇ」
グランツになじられると、ついふふっと笑ってしまう。これまで上手く立ち回ってきた自信があるので、こんな風に正面からあれこれ言われたことは実はない。
純粋培養の男からすれば、エルフィが変態で淫乱に見えるのも当然だ。「正解!」と言ってあげたいくらい。
「そんなだからろくでもない男に絡まれるんだ! もっとキリッとして歩け! 無理なら頑丈なボディーガードでもつけとくんだな。たとえば……お、俺みたいな……」
「……はやく雨季終わらないかなぁ」
しかも続いた言葉はエルフィを心配しているようにも聞こえた。尻すぼみになった言葉には注意を向けず、確かに絡まれたのは厄介だったなと頷く。
生まれつきの垂れ目でどうすればキリッとして見えるのか、なかなか難しい問題ではある。それでも、弱い雨くらいで憂鬱になっている場合じゃないと決意を新たにした。
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