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 ナージが戻ってきたとき、リュヌは覚悟を胸に宿していた。

「遅くなって悪かったな。ほら、肉串だ……」
「よしっ。行きましょう!」
「はっ?どこへ……って、肉はいいのかよ!」

 リュヌの関心はとっくに肉を離れていた。スタッと椅子から降りると、ナージのマントを引く。
 眉を上げて驚く顔は思ったよりも若いけど、やっぱりこの人がいいと思う。
 
「そんなことより!僕を抱いてください……ね?お願い」
「ちょっ、ちょっと口を閉じろ!……何を言っている?」
「だから抱いてって……」
「わー!!!」

 大きな手に口を覆われ、店の隅に追いやられる。自分のせいだと分かっているものの、面白いほどの焦りようだ。
 別に店のどこにいたって他の客はいないし、店主にはとっくに聞こえているだろう。リュヌははっきりと告げたのだから……自分の望みを。

「……だめ?」
「首を傾げるな。見上げるな~!なんだ。なんでなんだ?俺に一目惚れしたってわけじゃ……なさそうだな」
「処女を捨てたいんです!結婚する前に……」
「しょっ……処女ぉ……!?」

 正直に言葉を重ねる。
 結婚が決まったけど政略結婚だし、相手は得体の知れない人間だ。なよなよとした男に自分の処女は捧げたくない。
 最後の自由を得るため、好みの――ナージのような――獣人に処女を奪ってもらってから嫁に行きたいのだと。

 自分でも話しているうちに焦燥が募り、切実な響きが声に乗った。
 単純な思いつきの行動ではあったが、リュヌの見た目にしか関心のない周囲の人々や、同じようになるだろう未来の結婚相手に、ずっと意趣返しをしたいと感じていたのだ。
 
 ナージは顔を顰めている。だめ……だろうか。ここで駄目ならもう帰るしかない。どうせ外出はバレるだろうし、もう二度とこんなチャンスは訪れない。
 閨教育で学んだなかに色仕掛けはあったかな……と頭の中で考えながら、まずボディタッチしようとリュヌはナージに抱きついた。
 胴に飛びつくとその逞しい身体がよくわかる。リュヌが小さいから頭はその胸までにしか届かない。

「わぁ!?や、やめろ!俺は……」
「恋人や伴侶はいる?ナージ、お願い。好きにしていいから」
「いや、まだいないが……好きにって、リュヌは本当に俺でいいのか?」
「僕は守ってくれる強そうな人が好きなの!ナージがいい」
「なーるほど、な…………いいだろう。、しようぜ」

 脇の下を持ってふわりと抱き上げられる。ナージが言い切る前に成功だと気付いたリュヌは舞い上がった。嬉しくて尻尾がふりふりと揺れてしまう。
 
 獣人は発情期があるため、婚姻していなくても性行為は一般的な営みのひとつだ。リュヌのように特殊な事情がない限り。
 男の猫獣人に発情期はないが、相手の発情に釣られて発情する性質がある。つまり相手さえ発情していればいつでも性行為可能なのだった。
 
 市井でモテる人はかなり経験豊富だという。ナージは魅力的だから絶対にそっち側だ。
 豊富な経験を持っているなら、リュヌに興奮してさえくれれば、あとは入れて出すだけ。簡単に遂行できそうだと思った。

 ナージはリュヌを子どものように抱えたまま歩いていた。店の二階を使っていいと店主は申し出たが、ナージは断ったのだ。
 フードをすっぽりと被せられて周囲は見えないが、リュヌも彼の発情を促すため首に擦り寄ったり尾を腕に巻きつけたりしていたからそれでよかった。

「そ、それ……やめてくれ。我慢できなくなる」
「発情する?して貰わないと、困るんだけど……」
「してます!!!」

 スンスンと首筋から匂いを嗅ぐ。確かに、ほんのりと感じるものがナージのフェロモンかもしれない。思考を芯からとろっと蕩けさせようとするような……
 フェロモンに決まった匂いはないが、相手の理性を溶かし本能のままに行動させようとするのがフェロモンである。


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