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しおりを挟むリュヌはぴゃっと飛び上がってしまった。王子の自分は突然他人に触れられたことなどほとんどない。見上げると、日焼けた小麦色の肌をもつ大男がリュヌの手を掴んだまま店主を睨みつけていた。
男もフード付きの長いマントを羽織っていて、その容貌は窺い知れない。ただその体格から、熊やライオンなどの大型獣人であることは容易に想像ができる。
店主はすでに後悔を濃く滲ませた表情で男にすまないと謝った。リュヌにもごめんねと謝ってくるから、困った表情で返す。
肉串が食べたかっただけだし、現金はない。確かに宝石はやりすぎだったかも……というのは分かるけど!
まさかリュヌがここで売り子をできるはずもない。これ以上の解決策はなかったはずなのだ。
リュヌがなおも肉を見ていることに気づいたのか、店主が眉を下げて串を一本持ち上げた。リュヌの垂れていた耳が期待でピンと立ち、フードが少し持ち上がる。もしかして……!
「お詫びにこれ、持っていっ」
「おい、行くぞ」
「ちょっ、えぇっ!?」
え……!あともう少しで貰えそうだったのに!
男はリュヌの手を引いて歩き出した。彼からすれば子どものような体格の自分が逆らえるはずもない。
「ねぇ、ちょっと。……ねぇってば!」
「あぁ?そこで離してやるって。噛み付くなよ」
人目につかない脇道でようやく手を離した男は、まだ宝石を持ったままの手をリュヌの胸元に押し付ける。子どもに諭すように言葉を重ねた。
「いくら持っているからって過ぎたものを与えたら駄目だろう。悪い奴が見ていたら金目当てでお前を狙うかもしれないし、店主だってどこで手に入れたんだとまずい立場になるかもしれない」
「だって……」
「今日はもう大人しく家に帰るんだな。親にでも買ってきてもらえ」
「だって、お肉食べたかったんだもん!!!」
リュヌはぷちんとキレた。男の話は聞けば聞くほど正論だ。でもあの瞬間、確かに肉串はリュヌのものになりそうだった。それをこの男が邪魔したのだ。
屋台の肉串なんて誰が買ってきてくれるものか。怒りに任せて大声を出す。タシタシと大きく尻尾が振れ、マントがずれてフードが滑り落ちた。
「おっ、おま……!」
「ひどい!お前のせいだ!偉そうに言うなら、買ってきてよ!」
男は大きく目を見開いている。リュヌもようやく男の顔を正面から見た。ふうん。正直……タイプかも。
けぶるようなグレーの瞳。かなり整った顔をしているけど、ぽかんと口まで開けた様は間抜けでちょっとかわいい。
リュヌの容姿は有名だから、王子だと分かったのだろう。近くに他の人は見えないし、バレたならまぁいいかと頭を晒したままにした。
それにこの反応。驚きすぎな気もするが、王宮内でも慣れない人はリュヌの美貌に驚いて見惚れていることがよくある。
押せばイケるかも。蝶よ花よと育てられてきたリュヌには、甘えて欲しいものを手に入れる強かなところがあった。
まぁ、肝心なところ……苦手な父親に結婚相手を変えてもらうよう頼むことはできないのだけれど。
「ねぇ、僕……あの肉串が食べたかった。責任とって買ってきてほしいな~」
「ゔ」
宝石を握った手と反対の手で、男のマントの端をツンツン引っぱる。コテンと頭を肩に落とし斜め上に見上げれば、男の顔は瞬く間に真っ赤に変貌した。
よしよし、あとひと押しだ!
「ねっ、独り占めなんてしないから、ね!一緒に食べましょう?」
「あ゙ー!わ、わかった。わかったから……ちょっと待っててくれ。いや、こんなところ危険だ。あそこにしよう」
やった!嬉しくて、子どものようにぱあっと顔を輝かせてしまう。リュヌを見下ろす男はまだ褐色の肌を紅潮させていたが、眉根に皺を寄せたりして複雑な表情をしていた。
眉が濃く目との距離が近い。あまり見たことのない顔立ちかもしれない。何より背が高いし、太くはないが身体に厚みがある。強そうな雰囲気を端々から感じて胸がキュンと跳ねた。髪は濡羽色で、リュヌとは正反対の色だ。
フードを被るように言ってくるから、リュヌは「ん」と男に頭を差し出した。お世話させてあげてもいいよ?という親切心からの行動だ。一瞬の間を置いて、そろそろとフードが被せられる。
これだけサービスしてやったのだから早く食べたい。行こう、とマントを引っ張ると方向が違っていたようで「はぁ……そっちじゃない」と諦めた様子の男に手を引かれて裏路地を歩いた。
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