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しおりを挟む五日後、ミネットはカルミナの部屋で支度していた。身に纏うのは瞳と同じ、勿忘草色のドレスだ。
上品な形のドレスは華奢なデコルテを見せつつ肩から二の腕を隠し、胸元は小花柄のレースで彩られている。腰はキュッと締まっているが、そこからふんわり重ねた生地が足元まで広がっていた。
これはカルミナの合わなくなったドレスで、ヒールを履かなければほぼぴったりだった。ぎゅうぎゅう締められたコルセットが苦しい。
「分かっていたけど、恐ろしく似合うわね……」
「そう? うーん、やっぱり胸元が寂しいなぁ。ま、初めて会うならカルミナがぺたんこって設定でいいか」
「もうっ」
「イテッ」
ぺしりと殴られて、髪が崩れてないかと鏡で確認する。薄化粧をして髪を緩く巻いた、カルミナそっくりの女性が自分を見返していた。
――そう。ミネットは先輩を欺くために女装しているのだ。
あの日ミネットは、提案を呑んでもらうため必死になって説明した。事情を説明するうちにカルミナの表情はみるみる変化し、ぽかんとした表情から思案げに、最後は楽しそうにニヤニヤとしていた。
なにが楽しいのか……自分としては最後の悪あがきで、駄目なら先輩に嫌われ、親にも勘当されるかもと不安でいっぱいなのに。
とはいえ、びくびくしながら先輩に会ってもすぐにバレてしまうだろう。愛想を尽かして帰られてしまわないよう、なんとかカルミナのふりをして二人きりになって……それでそれで……
「どうすれば先輩を落とせるかな!?」
「お馬鹿なの? ミネット……まぁでも、既成事実を作っちゃうのが一番簡単じゃない?」
「キセイジジチュ……? き、既成事実だって? ど、ど、どこが簡単なんだ!」
「目の前で発情できたらいいんだけど、そればっかりは読めないものねぇ。ミネットなら、ぺらっと脚とかチラッと胸とか見せちゃえば、イチコロだと思うの」
「ぺら……ちら……」
発情期はまだ少し先のはず。ヒートを起こしたオメガを目の前にすると、アルファもベータも発情し欲に抗えなくなるという。ミネットは学校では必ず抑制剤を飲んでいるし、ヒート期間中は魔法で隔離されたオメガ専用の部屋に籠もっていたから実感は湧かないけれど。
でもそんなの完全にルール違反だ。自分は望んでいたとしても、相手の気持ちを無視して強制的に番ったって幸せになれるとは思えない。
ミネットは普段から髪で隠れている自分の項を、そっと撫でる。ドレスと同生地で作られた淡いブルーのチョーカーは、喉仏という違和感をさり気なく隠してくれていた。
ここはもう、脚でも見せるしかない。こんな薄い胸を見せたところで色気もなにも無いだろうし。
脚を見せるのも本当ならはしたないことだけど、膝から下くらいなら、勇気を出せば……
「先輩が脚フェチだといいんだけど」
「……なにもしなくてもめろめろだと思うわよ」
めろめろにさせられたらいいなぁ。そうすれば、自分がミネットだと打ち明けてもなんとか受け入れてもらえないだろうか。
「あ、来たかも」
客人の来訪を告げる声が聞こえて、二人で窓から下を見る。数日前に別れたばかりのレヴリー先輩とそのご両親であろう人たちが、馬車から降りてくるのが眼下に映った。
彼は初めて見る姿をしている。学校のローブでも普段着でもなく、成人貴族らしい華やかなスーツ姿だ。モノトーンを基調として装飾は華美すぎず、チーフの差し色は勿忘草色。
「よし、行ってくるね」
「応援してるから。パパとママに怒られるときは一緒よ?」
「うん。ありがとう……カルミナ」
両手を繋いで瓜二つの双子は見つめ合う。生まれる前から一緒にいたからか、相手の幸せは自分の幸せにも繋がると確かに感じるのだ。
ミネットは、妹のためにも幸せを手に入れたい。
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